2025年までに、127万もの中小企業が黒字のまま廃業を迎えるといわれている。その理由は、優良な中小企業の経営者の多くが高齢で後継者がいないためだ。仮に127万の中小企業が廃業したとすると、日本全体で650万人の雇用と22兆円のGDPが失われると予測されている。

若手自らが個人で企業を買収して経営するアメリカで生まれた仕組み「サーチファンド」を活用し、この大廃業時代を食い止める存在として活躍することが期待されているのが「ネクストプレナー」という存在である。本稿は「ネクストプレナー」として事業承継した河本和真氏が、自身の経験やそれから得られた知見をまとめたものである。

河本氏は後継者候補を育成・輩出する目的で経営者に必要な知識や経験を提供するネクストプレナー大学を運営しているが、その生徒の中で、特に印象的だったという冨田氏の事例について紹介する。

クリエイトマネジメント協会
代表取締役 冨田氏
1985年生まれ。関西学院大学経済学部卒業後、2008年4月に三井住友銀行に入行。2カ店で100社を超える中堅中小企業を担当し、企業の抱える課題を解決。事業承継を目的とした組織再編やプロジェクトファイナンス、事業再生案件など1件50億円を超えるディールを実行。2015年2月より、中堅専門商社の経営戦略室室長として、社長の右腕として営業から新規プロジェクト、採用、人事と幅広い領域の業務に従事。2021年8月クリエイトマネジメント協会代表取締役に就任。温故知新の精神に基づき経営に邁進中。

元メガバンカーが事業承継を決断した理由

冨田氏は関西学院大学を卒業後、メガバンクに新卒で入社し、法人営業や新卒採用に従事。その後、中堅の優良中小企業にて経営企画室長として業務を推進していた。

かねてより経営することが自身の夢であり、社会に対して新しいサービス・商品・価値を届け、社会貢献をすることが自身の生きる意味だと考えていた冨田氏は、ネクストプレナーというキャリアに魅力を感じ、そのためのスタートを切ったのである。

経営者になるために後継者不在に悩む中小企業のリサーチを始めた冨田氏は、夢に近づくために退職を決意。なんとしても事業承継を成功させて、ネクストプレナーになるのだという強い覚悟が、その決断の後押しになっていたようだった。

必要な知識を身につけた後、多くの企業のIM(インフォメーション・メモランダム)と呼ばれる概要書を見て、企業分析を行い、中小企業経営者との面談を通じて対象会社についてのヒアリングを始めた。サーチャーとして事業承継をするための最初の活動となる「サーチ活動」を行ったのだ。

サーチ活動のために甲信越地方にある製造業を営む中小企業に面会に行った時、彼は社長の生い立ちや創業の経緯から、現在抱えている課題、対象会社の将来展望について、多くの情報を収集した。また、工場を見学し、材料仕入れから完成品となるまでの作業工程や、各種機械設備の機能性、工場の導線、誰がどのラインを担当しているかなど、多くの事項を念入りに確認した。

帰りの車中、私と彼は、「この会社のどこに真のコア・バリューがあるか」、「どのように事業開発とビジネスモデルの変革を行って企業価値を向上させていくのか」、「事業を継続していく上でのリスクがどこにあるか」といった議論で盛り上がった。

「企業研修」事業との出会い

数多くの中小企業経営者との対話機会を経て、彼は「株式会社クリエイトマネジメント協会」と出会う。この会社が後に彼が承継する会社となる。

冨田氏と先代経営者や役員の方々は大きく年齢も離れていたが、持ち前の明るさと人当たりの良さで彼自身を認めてもらうのに長い時間はかからなかった。

彼の承継したクリエイトマネジメント協会は、事業として企業研修を実施する会社だったため、コロナ前までは多くの企業が研修の依頼をしていた。そのため、膨大な顧客リストが存在しており、冨田氏はお得意先に順次挨拶を行い、少しずつ事業承継のコマを進めていった。

現在、冨田氏は、この研修事業に磨きをかけるべく、世の中に存在しているたくさんの企業研修を自分自身で受講し、本質的な企業研修とはどのようなものなのかという分析から始めている。そして、研修コンテンツから得られる効果と、顧客となる企業が本質的に抱える課題をマッチングさせて、効果性の高い研修教育を実現するべく日々日本全国を走り回っている。

ネクストプレナーとしての2つの資質

事業承継に成功し、晴れてネクストプレナーになるに至った彼の大きな強みは2つあったように思う。1つは明るく、とても前向きで人当たりの良い人柄、そして2つ目は人を巻き込む力である。

1つ目の「いつ会っても明るく、人当たりの良い人柄」は、中小企業経営者との対話にとても重要な要素となっていたように思う。中小企業経営者にとってこれまで大切に経営をしてきた会社は、わが子のようなものである。これを親族外の人間に承継するというのは、簡単な決断ではない。「この人に後を継いでもらいたい」と決断するまでには、後継者候補について深く理解することが必要だ。その点、冨田氏の人柄は先代経営者や役員の方にとっても非常に好印象で、事業承継を前向きに検討できる要素になっていた。

また、2つ目の「人を巻き込む力」も重要な強みであった。彼の場合は特に「覚悟の強さ」に要因があった。彼はサーチ活動を始める前に現職を退職しているが、これはサラリーマンにとって簡単にできることではない。彼自身が持つネクストプレナーになるという強い覚悟が、私たちのような周囲のサポートメンバーの覚悟もより一層深めるという好循環を起こしていた。

ネクストプレナーにとって、このような「人を巻き込んでいく」という資質は大きな武器となる。なぜならば、事業承継をするときは多くの利害関係者(先代経営者、対象会社役員、従業員、顧客、取引先、投資家等)とのコミュニケーションが非常に重要となるからだ。ネクストプレナーになるためには現職を退職しなければならないというわけでは全くないが、覚悟の見せ方の1つではあるだろう。

教育は「減価償却のしない投資」

私は、教育への投資は唯一「減価償却のしない投資」であり、むしろコストをかければかけるほど付加価値が向上していくものであると考えている。会社は教育に予算を設けて投資していくことで、会社の継続的な成長を支え、サステナブルな組織へと体質を改善していくと捉えている。

したがって、事業を承継した冨田氏には、企業に対する「研修教育」の大切さを多くの日本企業に啓蒙していただきたいと期待している。そうすることで、筋肉質な会社が増え、失われた30年と言われる日本の現状を変える一助になると確信している。