
社長就任直後に見舞われた医療用医薬品の回収事例は当社始まって以来の大惨事でしたが、原因が特定でき、工場のある千葉県庁に報告して一応の収束を見ました。対策済み製品の供給も軌道に乗り、取引先にお詫びに伺うと、なんと新規取引の話が舞い込んで来たのです。
ニュースを見て当社が医療用医薬品も製造できることを知り、興味を持っていただいたということでした。
実際にご発注いただいた開業医の先生に面談すると、「お宅の去痰剤は良く効くね。流石は龍角散だね」と言っていただくこともあり、回収事件後なので内心複雑でしたが、聞いてみると「自主回収」ということで逆に信頼度が上がったということでした。社内では批判されましたが内心、私の判断は正しかったと確信しました。
そもそも医療用後発医薬品は、特許の切れた主成分は使えますが、それ以外の成分や製造方法も先発とは異なります。生物学的同等性といって体内に入った医薬品が先発と同等であるという分析データはあるのですが、異なることは事実です。
しかも急激な高齢化によって高騰する医療費を抑制するため、薬の値段である薬価が際限なく引き下げられることが予想されていました。しかし当社のようなのんびりした家庭薬メーカーに、火のようなコスト競争力はありません。
実は私はこの時点で、この事業の先行きに限界を感じており、それが後の大きな経営判断に繋がるのです。
回収問題は収束しましたが、会社が低迷していることは変わりありません。このようなときに現場の社員に聞くべきだとの意見もありますが、当社では通用しませんでした。
社員に会社のどこが悪いかと聞くと決まって「社長が悪い」というのです。そのようなことは分かりきっていましたが、建設的な意見はまるでありません。そこで考えたのは、何とかして実使用者の意見を聞こうと思ったのです。
確かに売り上げは低迷していましたが、それでもゼロではありません。実使用者の使用実態を調査すれば何か出てくると思ったのです。
しかし、そこでまたも社員の反対意見で、売り上げが低迷しているのだから今更何を調べても無駄だ、というのです。しかし興味深い現象がありました。丸缶の龍角散で、大中小とある中で一番大きい缶の季節変動が最も少ないのです。これは何かあるなと思いました。
現在はIT技術を駆使すれば比較的安価でユーザー調査が可能です。しかし当時は、やっとウィンドウズの初期バージョンがリリースされた頃で、ネット環境も充分ではありません。そこで工場に頼み込んで、製品に小さく折り畳んだ調査用ハガキを同梱して出荷しました。
固唾を飲んで待っていると、予想外に多くの返送があったのです。しかも小さなハガキに細かい字で、いろいろと書いてあるのです。この会社に来て初めての嬉しい結果でした。