新潟県は「暮らし」「産業」「行政」という3つの柱の下、DX(デジタルトランスフォーメーション)に取り組んでいる。本連載では、そんな新潟県が進めるDXに迫る。第3回となる今回は、価格の高騰が止まらず、日本国民の最大の関心事でもある稲作などを支援する「農業DX」についてお届けする。
これまで本誌は大分県、佐賀県など、さまざまな自治体が進めるDX(デジタルトランスフォーメーション)についてお伝えしてきた。新潟県は「暮らし」「産業」「行政」という3つの柱の下、DXに取り組んでいることから、本連載では、新潟県が推し進めるDXに迫る。
第3回となる今回は、「農業DX」について伺った。備蓄米が放出されて米不足が解消しつつあるが、日本有数の米どころである新潟県ではどのような取り組みが進められているのだろうか。
新潟県 農林水産部 農業総務課 主任 山吉恭平氏、農林水産部 農産園芸課 技師 原田和則氏、農林水産部 農産園芸課 主任 本田賢幸氏に話を聞いた。
生産者減少、高齢化という課題を解決するスマート農業
初めに、山吉氏が農業DXの概要について説明してくれた。同氏は「現在、資材価格が上がっているうえ、気象変動の影響を受けており、農業は深刻な状況にあります。そうした中でも、日本国民が必要とする食料の安定供給は大きな課題です。最近は米価の上昇もあって、農業は注目を集めています」と語る。
しかし、農業は生産者が減り、高齢化が進んでいる業界だという。こうした状況においても、100年、300年先まで農業を持続する手段の一つとして「スマート農業」が注目を集めている。山吉氏は「スマート農業を活用していかないと問題を解決できません。生産や経営の改善につながるに新しい技術を積極的に取り入れています」と話す。
ただし、「ドローンを導入したからといって必ず生産性が向上するわけではありません。DXはあくまでも手段です」と、山吉氏はDXがゴールではないことを強調する。
ドローンや自動給水栓で稲作の生産性を向上
では、稲作ではどのような形で技術が活用されているのだろうか。原田氏は稲作におけるスマート農業の代表例として、ドローンを挙げた。ドローンは肥料をまく際に使われている。
ドローンを使う前は、炎天下の中、人が機械を使って肥料をまいていた。労働安全の観点に加えて体力の限界もあり、一度にまける量は限られていたという。しかし、ドローンを導入したことで一気に生産性が上がった。ドローンを導入した農家の方からは「こんなに楽になると思わなかった」という声が上がっているそうだ。
また、自動給水栓も生産性向上に役立っている。通常、田の水量を管理するため、農家の方は頻繁に、田に足を運び自ら栓でひねるという作業をしている。しかし、田の水量を自動で調整してくれる装置をつけたことで、現地に行かずにスマートフォンから管理できるようになっている。
稲作におけるDXの課題を聞いてみたところ、「ドローンに限らないかもしれませんが、それなりのコストがかかります。費用面で導入をためらう農家の方もいらっしゃるでしょう」と、原田氏は話す。
そのため、農協で購入して共同利用したり、ドローンの専門会社が虫の駆除をしたりといった利用の形態も増えているそうだ。
ベテラン農家のイチゴ栽培のノウハウを初心者にシェア
一方、野菜や果樹の生産におけるDXはどのように進められているのだろうか。本田氏は、新潟県においてスマート技術が進んでいる例として、イチゴを紹介してくれた。
イチゴを育てるビニールハウスでは、生育に適した温度になるよう調節が行われている。「ベテランの方は温度調節がうまいです。これまで勘と経験で温度のコントロールが行われていたので、新しくイチゴ栽培を始めた方はこうしたノウハウがありません。日々の温度調節の差が品質や収穫に影響してしまいます」と、本田氏は話す。
そこで、イチゴを栽培しているハウスの気温、湿度、日射量、CO2濃度を測定・記録する環境モニタリング装置に設置した。IDを共有すると、グループ内でリアルタイムで収集したデータを見ることができるので、イチゴ栽培を始めたばかりの人もベテランの農家の管理のノウハウを習得できるという。
県の指導の下、ベテラン農家と若手農家の方々を1つのグループにして、データの共有を行うようにしたところ、若手の人がベテランの成果を上回る例も出てきたとのこと。加えて、産地全体の底上げにつながっている例も出てきているそうだ。
「データの分析も県が協力していますが、経験を積んでノウハウを習得した後は、農家の方々が自走するフェーズになります。われわれは農家の方と一緒に考えながら伴走しています」と、本田氏は県として農家の方々が自走できるよう支援していることを強調する。
さらに、本田氏は、「果樹の場合、機械が動きやすいように畑をデザインする必要があります。今あるものに機械を合わせるには限界があります。次の段階は、機械に合わせて生産方式を変えることです」とも話していた。苗や木がきれいに並んでいると、草刈りや駆除が効率よく行えるという。
効率を上げるために、現状のやり方にこだわらず技術に合わせることは、DXの基本姿勢であり、農業の世界においても例外ではないというわけだ。
数百年続く農業、優良な生産基盤を守って次世代に引き継ぐ
そして、山吉氏は「農地はいったん荒れると、復元が難しいです。だからこそ、優良な生産基盤を守っていくことも大事です」と話す。
現在、生産性向上と持続可能性を両立するため、さまざまな取り組みを行っているが、難しい局面も出てきているそうだ。
「例えば、有機栽培は手間がかかります。そうした中、生産性向上と持続可能性を両立するとなると、先端技術を最大限に活用しないと、環境に調和した農業は難しいのです」(山吉氏)
山吉氏によると、新たに農地を作り上げるまでに多くの時間と手間がかかるという。「農地は土をつくるところから始まっており、農地の持続性を考えると、いかによい条件で次の世代に渡していくかという長期的な視点が大切」と同氏は話す。
昨今の米騒動を受け、「米が足りないなら、作付けを増やせばいいのでは?」と安易に考えていたが、お三方の話を聞いて大間違いであることに気づいた。急に米の作付けを増やそうと思っても、すぐにはできないのだ。
さらに、「収穫しすぎると、今度は土地がやせてしまいます」と山吉氏はいう。将来、世界中で人口が増加すると、食料の争奪戦が起きるともいわれている。子孫が食べられなく困ることがないよう、私たちは農業を含め食料問題に真剣に取り組んでいかなければならない。
技術の力で、農家がもうかり、農業を持続可能な産業に
最後に、新潟県の農業DXの展望についてうかがった。
原田氏は、「米を作る農家が減ってきているので、限られた労働力と低コストで農地を維持できるようにしていきたいです。例えば、イネの生育に合わせて自動で肥料の量を変えるといったことが考えられます。農家の方がもうかって、希望する人が増えるような仕組みを作りたいですね」と語った。
また、本田氏は「今後は指導員、生産者、関係者でプラットフォームを活用していきたいです。AIを活用して、栽培管理の提案を自動生成するという取り組みも始めていますが、イチゴがいつどのくらいの量がとれるかをシミュレーションできるシステムも開発できたらいいですね」と話す。
山吉氏は「経済活動の一環として環境負荷の軽減に取り組み、農業を持続可能な産業にする必要があります。農業は国のベースとなる産業なので、DXを推進してより少ない人で多くの農地を担えるようにしたいです」と、あらためて農業の持続可能性の大切さを力説していた。
日本人の命の源である米作りを支える新潟県。その灯を絶やさないためにも、国が一丸となって、農業のDXに本腰をいれる時ではないだろうか。