今回から何回かに分けて、ステルス技術を取り上げる。ステルス技術を日本語に訳すと「低観測性技術」となるが、その実現にはコンピュータが不可欠である。

ステルスとは

一般的にステルスと聞くと、真っ先に想起されるのはレーダー探知を避ける「対レーダー・ステルス」だろうが、それ以外にも「赤外線ステルス」というものがある。ステルスとは、赤外線センサーによる探知を避けるために、赤外線の放出を抑える策のことをいう。

実は、迷彩や偽装も目視による探知を避けるという意味では、広義のステルス技術といえる。水上戦闘艦や潜水艦では静粛性の追求を図るが、これは音響ステルスである。ただ、話を拡げすぎると収拾がつかなくなるので、まずは最もなじみが深い対レーダー・ステルスの話から始めることにしよう。

レーダーは御存知の通り、電波を出して、それが何かに当たって反射波が戻ってくることで探知を成立させている。ということは、発信源のところに反射波が戻ってこなければ、探知はできない。

発信源のところに反射波を戻さないようにする主な手法は、「反射波が戻っていく方向をコントロールする」「レーダー電波のエネルギーを吸収して反射波を弱くしてしまう」の2本立てである。そして前者にコンピュータが関わってくる。

レーダー電波が発信のほうに返っていくから、探知が成立する。それなら、レーダー電波を浴びた時に明後日の方向に逸らしてしまえば、発信源のほうには戻っていかない。

また、移動しているヴィークルの場合、レーダー電波を各方面に満遍なく(?)反射するよりも、特定の方向にだけ反射するほうが有利である。なぜなら、それを敵レーダーから見ると瞬間的な探知にしかならないからだ。

探知対象が移動していて、それがレーダー電波を反射する方向が限られていると、反射した電波が向かう方向は時々刻々、変化する。すると、敵レーダー側でその反射波を受信できたとしても、瞬間的な探知にとどまる可能性が高い。

一瞬だけ、レーダー・スコープに探知を示す輝点(ブリップ)が現れても、次の瞬間に消えてしまったのでは、本物の探知目標かどうか判断できない。また、それがどちらにどれぐらいの速度で移動しているのかもわからない。そんな状態では、交戦しようとしてもできない。

反射の方向を計算する

レーダー電波の反射方向を限定するには、反射源となるモノの形が問題になる。ステルス機は大抵、主翼の前縁と後援、あるいは胴体の側面と垂直尾翼の傾斜角をそろえているが、これは反射方向を限定するための基本。

  • F-22Aラプターを、ほぼ真下から見たところ。空気取入口の前縁と、主翼・水平尾翼の前縁ならびに後縁の角度がそろっている様子が見て取れる

艦艇も同様で、上甲板を境界としてそれより下の船体は下方に、それより上方の上部構造物や煙突などは上方に向けて傾ける設計が一般化している。そして、上部構造物も煙突も、可能な限り、傾斜角をそろえている。

また、電波の想定飛来方向に対して尖った形状にすることで、明後日の方向に反射波を逸らしてしまう効果を期待できる。F-117Aの平面型はまさに、前方からのレーダー電波を斜め後方に逸らすことを企図したものである。

しばらく前に、突発的に導入の話が取り沙汰されて話題になった、AGM-158B JASSM-ER(Joint Air-to-Surface Standoff Missile Extended Range)空対地ミサイル、あるいはそこから派生したAGM-158C LRASM(Long Range Anti-Ship Missile)対艦ミサイルは、弾体の断面形状を上部が絞られた台形にすることで、上方からのレーダー電波を側方に逸らす効果を狙っている。

  • JASSM-ERの展示用縮小模型。上部を絞った台形断面の弾体が明瞭にわかる

ただ、こうやって形状面の工夫をするだけでなく、それが意図した通りの効果を発揮できるかどうかを検証する必要がある。特に基本設計の段階ではさまざまな形状案を出して試行錯誤する必要があるが、その度に模型をこしらえて電波暗室に持ち込んで、電波を当てて計測するのでは、手間も費用もかかってしまう。

かといって、理論値だけ持って行って「この機体はレーダーに映らない "はず" です」といっても、現場の人間は相手にしてくれない。ちゃんと検証しなければならない。

そこでコンピュータによる計算が不可欠となる。まず、対象物の外形を細かい平面型の集合体と見なす。そして平面ごとにレーダー反射を計算して、その結果を合成することで対象物全体のレーダー反射を割り出す。この辺の考え方は、有限要素法と似たところがある。

ということは、できるだけ細かい平面に分割するほうが精度が上がるはずだが、その分だけ計算量が増えてしまう。F-117Aが機体の表面を平面の集合体にしてしまったのは、当時のコンピュータの能力では、こうでもしないと計算ができなかったからだ。

その後のF-22AやB-2AやF-35は曲面構成の外形を持っているが、それはコンピュータの処理能力向上による部分が大きい。おかげで、空力的な不利につながらない滑らかな機体形状、あるいは搭載する機器や兵装に合わせた凸凹があっても、ステルス性を妨げない機体形状を実現できた。

艦艇の難しさ

ここまでは飛行機の話を書いたが、艦艇でも同じである。ブツが大きいだけに、ステルス設計を取り入れても「完全にレーダーに映らない」というわけにはいかないが、レーダーによる探知を多少なりとも妨げることができれば、敵の航空機や対艦ミサイルによる脅威を減らす役に立つ。

  • 先日に就役した護衛艦「あさひ」。船体の側面と上部構造の側面がそれぞれ傾斜しているが、これは側方からのレーダー電波を上下に逸らす狙いによる

ただ、ステルス性を持たせるとともに「フネ」としての機能、「軍艦」としての機能は維持しなければならない。例えばの話、錨があると艦首の側面が凸凹するから止めましょう、とはいえない。錨がなければ錨泊ができない。

フネとして必要な艤装品は維持しなければならないが、それがステルス設計の妨げになるのであれば、何かしらの対策が必要になる。つまり、形状に工夫をするとか、凹みの中に収容して蓋をするとかいう仕儀になる。実際、最近の海上自衛隊の護衛艦を見ると、岸壁に接岸した際の乗降に使用する舷梯を内部に収納して、蓋をしてしまう設計になっている。

それでも、ステルス機と比べるとステルス艦のほうが、どうしても凸凹が残ってしまう。だから、レーダー反射の計算はその分だけ複雑なものになる。コンピュータに要求される処理能力も増えるだろう。