本稿のネタ出しをしていた2013年10月2日に、防衛省が開発を進めている「機動戦闘車」の報道公開があった。そういえば、今年の富士総合火力演習では一般公開枠に過去最大の応募があったというし、この辺で陸戦について取り上げてみるのも良いのではないか、と考えた次第である。

もともと、海戦や航空戦と比べると泥臭く(失礼)、IT化という点でも後れをとっている傾向がなきにしもあらずだった陸戦である。しかし最近では、急速にIT化が進んできた。

斥候と紙の地図とグリース・ペンシル

「ハイテク兵器」「精密誘導兵器」が注目を集めた1991年の湾岸戦争だったが、最後に決着をつけた地上戦の指揮統制は、第二次世界大戦の頃からあまり変わっていないやり方で行われた。

つまり、斥候や前線部隊からの位置情報報告や接敵報告を無線機で後方の指揮所に伝達すると、それを紙の地図の上に書き込んでいく形である。ただし実際には紙の地図をそのまま使うのではなく、上にトレーシング・ペーパーやアセテート・フィルムを重ねて、そちらにグリース・ペンシルで情報を書き込む。

こうすると、地図の再利用が可能になるし、情報漏洩対策にも役立つ。地図とトレーシング・ペーパーやアセテート・フィルムの両方を揃えて、かつ精確に位置合わせしなければ、正しい情報にならないからだ。どちらか一方だけが敵手に落ちても意味が薄いし、両方が敵手に落ちても位置合わせを間違えれば意味がなくなる。

紙の地図なら故障しないし電源も要らないが、問題は情報伝達の部分にある。口頭で上がってきた報告を地図に書き込むまでにはそれなりに時間と手間がかかるし、伝達ミスや記入ミスの可能性もある。敵軍の位置に関する報告や記入を間違えて、それに基づいて火力支援や航空支援を要請したら、場合によっては同士撃ちになりかねない。

また、そうした現場部隊レベルの状況をとりまとめて上級司令部の指揮官に提示するまでには、さらに時間がかかる。だから、全体像を見て的確な判断を下さなければならない上級司令部と指揮官が、古い情報に基づいて間違った判断を下してしまったり、「進撃が遅い」といって癇癪を破裂させたりすることになりがちだ。

では、こういった問題を解決するにはどうすればよいか。

GPSによる測位とFBCB2

それを解決するには、測位手段と情報伝達手段が要る。前者は、個々の車両にGPS(Global Positioning System)の受信機を搭載すれば解決可能だ。湾岸戦争のときにはNAVSTAR衛星が出揃っていなかったので測位不可能な時間帯があったし、受信機も足りなかった。しかし現在では、そうした問題は解消できている。

GPSを使えば緯度・経度を小数点以下のレベルで精確に把握できるが、その情報を個々の車両や小規模部隊ごとに報告するとなると、口頭でやっていたら、伝達も処理もパンクする。だから、無線データ通信網と、受信した位置情報を処理・表示するコンピュータは必須だ。この、位置情報の報告を上げる機能を実現するのが、EPLRS(Enhanced Position Location Reporting Systems)である。

そして、その他の情報も含めて戦術情報を整理統合する機能を実現したのがFBCB2(Force XXI Battle Command Brigade and Below)である。米陸軍が21世紀を見据えて「Force XXI」という将来構想を打ち出した中で出てきた機材のひとつで、旅団(Brigade)とそれ以下のレベルについて、指揮下の部隊の位置情報やステータス情報を、データ通信網を通じて収集・提示するシステムだ。もしも接敵報告があれば、その情報も表示する。

FBCB2端末機の例(DoD)

この手のシステムがありがたいのは、リアルタイムで情報が上がってくることだ。無線による口頭の報告では、現場から無線機で報告してこなければ、情報は存在しないも同然である。特に交戦中で忙しいときには、報告が途切れ途切れになってしまうかもしれない。ところがEPLRSとFBCB2の組み合わせなら、多忙だろうが何だろうが、機械が自動的に報告を上げ続けてくれるから、リアルタイムないしはそれに近いレベルで位置情報の把握が可能になる。

そのFBCB2が提供する機能のひとつにBFT(Blue Force Tracker)があり、友軍の位置情報をリアルタイムで追跡し続けてくれる。これが役に立つ場面としては、同士撃ちの回避が挙げられる。近距離で敵味方が錯綜することの多い陸戦では特に、目視でも熱線映像装置でも、見た相手が敵か味方なのかを区別するのは簡単ではない。そこでBFTによる位置情報と突き合わせれば「あそこにいるのは味方だ」と分かる。

航空機との位置情報共有

そのFBCB2/BFTの情報は、航空機に支援を要請する場面でも役に立つ。

地上軍が友軍の航空機に近接航空支援(CAS : Close Air Support)を要請して、最前線で直面している敵軍、あるいは後方から敵軍を支援している砲兵隊などを叩いてもらうのはよくある場面だが、敵と味方が近接している場面で、しかも高速で飛行している飛行機から攻撃するとなると、敵味方の識別が問題になる。実際、CASを担当する航空機が間違って友軍の車両を撃ってしまった事例は少なくない。

そこで、BFTの情報を上空の友軍機にデータ通信網で伝達、それをコックピットのディスプレイに表示するようにすれば、誤射・誤爆の可能性が減る。それを実現するのが、米空軍で導入しているSADL(Situational Awareness Data Link)で、A-10攻撃機で導入している。30mm機関砲を筆頭として強力な打撃力を持つA-10だが、それを間違って味方に指向されたらたまったものではない。くわばらくわばら。

米陸軍以外では、イスラエル国防軍(IDF : Israel Defense Force)がDAP(Digital Army Program)という計画名称の下でエルビット社製のTsayadシステムを導入、すでに実戦で運用した経験もある。Tsayadは、陸戦に留まらず、陸・海・空を連携させた実績がある。

ただ、この手のシステムが助けてくれるのはあくまで「状況認識」の部分だから、それを受けて最後に目標を達成できるかどうかは、やはり最前線の兵士にかかっている。

2012年の富士総合火力演習に登場した、陸上自衛隊の10式戦車。10式戦車はネットワーク化による情報共有が可能だが、他の車両や兵科との情報共有実現が今後の課題だ(筆者撮影)

執筆者紹介

井上孝司

IT分野から鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野に進出して著述活動を展開中のテクニカルライター。マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。「戦うコンピュータ2011」(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて「軍事研究」「丸」「Jwings」「エアワールド」「新幹線EX」などに寄稿しているほか、最新刊「現代ミリタリー・ロジスティクス入門」(潮書房光人社)がある。