工業用画像処理で用いられるカメラは、90年代から2000年頃まではソニー社製CCDを利用するのが当然であり、そのシェア率はほぼ100%と言ってよかった。この頃が、日本製のアナログカメラが世界中の工場で活用されていた頃である。前回は2000年代初頭からインターフェースのトレンドが変化したと述べたが、実はその後すぐの頃から「インターフェース」だけでなく「センサー」のトレンドも大きく変化しようとしていた。

CCDからCMOSへ

一眼レフカメラや携帯電話を見ても、民生のカメラはCCDからCMOSへ早い時期から変化を遂げた。これはCMOSがCCDより安価に大量生産できる、電力消費が少ない(つまり低発熱)、そしてスミアが発生しないといった理由からである。CMOSは画質がCCDより劣るのが欠点だったが、世代を重ねるごとに改善されて今ではCCDを超える性能となった。一眼レフにCMOSが採用され始めたのが2007年頃であり、現在ではCCDを使った民生カメラを量販店で見かけることはほとんどなくなった。

一方、工業用画像処理の世界はというと、民生の世界と比較するとCMOSへの移行が大きく遅れた。これは当然のことであり、工業用の各種製造装置は一度部品を採用して品質テストをパスすると、装置全体の品質を確保するために、よほどの理由が無い限り部品を交換しない。だからこそ、工業用カメラには長期の供給補償が求められることは前述した。2015年の時点で、工業用画像処理の世界ではCCDとCMOSの割合は50:50であると認識している。

しかしここで注目すべきは、民生と比較して動きが遅い工業用の世界でも2015年の時点で50%がCMOSに移行していて、誰がどのようにこの大きな変化のイニシアチブをとったのかという点だ。

日本メーカーがCMOSへ移行しなかったのはなぜか

ここでは市場を4つのカテゴリーに分け、ハイエンド、ミドルエンド、ローエンド、エントリーレベルと呼ぶことにする。使用されるカメラの台数としては、ハイエンドがもっとも少量で、エントリーレベルがもっとも多いと考える。

工業用の世界でいち早くCMOSに移行したのは、CCDより極めて高速に画像を取り込みたい、という特定のハイエンドの顧客層だった。装置メーカーは常に他との差別化を探しているが、その中でも特定の装置メーカーは差別化の対象にCCDではできないことをCMOSでやることで、高速に画像を処理することを考えた。しかし、この層の顧客は、工業用画像処理の全体からするとごく一部であり、市場全体の50%にまでは遠く及ばない。

大量にカメラを使用するエントリーレベル、そしてローレベルの市場で何が起きているかを解析すると分かりやすい。エントリーレベルに出現したのが、Aptina社(2014年にON Semiconductorが買収)が供給するCMOSセンサーである。もともとAptina社は自動車および監視用途向けにセンサーを供給しており、そのため長期供給や動作環境(温度など)の要件を満たしていた。また、自動車や監視は市場規模が大きいため、大量生産によりすでに価格がCCDと比較して非常に安くなっていた。しかしここでの問題はやはり画質であった。

「Aptina社のセンサーを用いて工業用カメラを作ろう」と考えたカメラメーカーが2008年頃に国内にどれだけいたか不明であるが、そこにチャレンジしたのがBaslerをはじめとする海外勢であった。「工業用カメラはソニーのCCDを利用するのが当たり前」「工業用途のCMOSがCCDと同等レベルの画質が出せるわけがない」といった固定観念に少なからず縛られていたのではないだろうか。国内のカメラメーカーが2008年頃の当時に、CMOSセンサーをエントリーレベルからローエンドレベルに向けて採用しようと、どれだけ積極的にセンサーメーカーを探し研究開発を行ったかである。

Aptina社製のセンサーを工業用途に活用するには、画質補正のための複雑なアルゴリズムを開発する技術力が求められるが、それを見事に克服したのがBaslerをはじめとする海外勢であった。CMOSのトレンドをいち早く嗅ぎ付け、工業用途に耐える得るCMOSセンサーメーカーを探し、それに画質補正という研究開発の投資を行う、これら一連の動きを素早く実現したことが、現在の工業用カメラメーカーの立ち位置につながっている。

ちなみに、機種にもよるがCCDとCMOSカメラを比較して、当時でCMOSカメラの方が2倍から4倍まで価格が安くなった。

Good enough is good enough

最近ではソニーも工業用途のCMOSをリリースした。その画質はさすがのソニーであり、カメラメーカーが画質補正を施す必要がほとんどないくらいの素晴らしい性能である。ハイエンドにはCMOSIS社が超高速CMOSセンサーを提供し、ローエンドにはe2v社も参入を果たし、これらも市場である程度のシェアを獲得するに至った。工業用CCDの時代はほぼソニー1社であったが、工業用CMOSの世界はこのように価格と性能(画質、撮像速度)で数社のCMOSメーカーが競合する構図が出来上がった。

Aptina社の廉価なセンサーがすべての市場で活用できるものではないのは確かである。どれだけ画質をカメラ内部で改善しても限界があり、ソニーのCMOSに耐え得るものにまではどう考えても届かない。重要なのは、「Good enough is good enough」という考え方である。どれだけのユーザ層がソニーの CMOSほどの画質を期待していて、どれだけのユーザ層が画質以上にコストを重要視しているかという、市場を的確に見極める能力がカメラメーカーには求められる。

著者紹介

村上慶(むらかみ けい)/株式会社リンクス 代表取締役

1996年4月、筑波大学入学後、在学中の1999年4月、オーストラリアのウロンゴン(Wollongong)大学に留学、工学部にてコンピュータ・サイエンスを学ぶ。2001年3月、筑波大学第三学群工学システム学類を卒業後、同年4月、株式会社リンクスに入社。主に自動車、航空宇宙の分野における高速フィードバック制御の開発支援ツールであるdSPACE(ディースペース、ドイツ)社製品の国内普及に従事し、国内の主要製品となる。2003年、同社取締役、2005年7月、同社代表取締役に就任。

同社代表取締役に就任後は、画像処理ソフトウエアHALCON(ハルコン、ドイツ)を国内シェアトップに成長させ、産業用カメラの世界的なリーディングカンパニーであるBasler(バスラ―、ドイツ)社と日本国内における総代理店契約を締結するなど、高度な技術レベルと高品質なサービスをバックボーンとした技術商社として確固たる地位を築く。次のビジネスの柱として2012年7月にエンベデッドシステム事業部を発足し、3S-SmartSoftware Solutions(スリーエス・スマート・ソフトウェア・ソリューションズ、ドイツ) 社の国内総代理店となる。