DX(デジタルトランスフォーメーション)の推進や働き方改革、パンデミックへの対応など、環境の変化によるニューノーマル(新しい常態)への適用が求められています。特に、企業や組織においては、あらゆるヒトやモノがネットワークでつながり、コミュニケーションがオンラインでなされる状況において、いかに競争力を高めるかを追求する必要に迫られています。

企業の競争力を強化するために、現在、社内人材の教育やリスキリングが注目されていますが、ニューノーマル時代の「ラーニング」として海外で活用され始めている「拡張エンタープライズラーニング(Extended Enterprise Leaning)」をご存じでしょうか?

拡張エンタープライズラーニングとは

組織における「ラーニング」と聞いて、多くの方がまず頭に浮かぶのは研修でしょう。企業では一般的に、新入社員研修や階層別研修など、特定のタイミングで実施されるものが多いです。また、経営上のリスクを低減させるために社内を教育するセキュリティやハラスメント対策研修やeラーニングなどもあります。

これらの一般的な社内教育は、実務と直接的な関係が乏しいという側面から、義務的なものに感じてしまったり、少し面倒に感じたり、どちらかというとネガティブな印象を持たれると思います。

一方で、拡張エンタープライズラーニングは、生産や販売など日々の実務に近しい領域で実践されるラーニングで、従来の従業員向けの研修と大きく異なる点があります。

それは、学習の対象者が社内の従業員だけでなく、顧客や代理店、その他パートナーなど社外のステークホルダーにまで拡張されている点です。

「つながり」を活用し競争力に転換する、“拡張”の重要性

「拡張エンタープライズ」という言葉は、 元々、1990年代に自動車メーカーのクライスラー社が生み出したと言われています。自社の事業を自社単体で捉えるのではなく、仕入先などを含めたサプライチェーン全体で捉えるという考え方です。

昨今、ビジネスの世界では、「拡張現実 (AR、Augmented Reality) 」という言葉が注目されています。Augmentedも「拡張」という意味ですが、そこには本来存在しなかったものを追加して拡張するというニュアンスが含まれます。確かに、ARアプリなどでは本来存在しないキャラクターなどが現実世界に表示されます。

一方、Extendedには「本来存在するものをさらに延長する」というニュアンスがあり、拡張エンタープライズは「仕入れ → 製造 → 販売」という実在するサプライチェーンやバリューチェーンにおいて、自社の前後の工程のステークホルダーを巻き込んだものと捉えるといいでしょう。

それでは、なぜ、ニューノーマル時代にステークホルダーを巻き込む拡張エンタープライズが注目されているのでしょうか? それは、企業や組織を取り巻くネットワークが複雑化し、今後もその傾向が続くと考えられるからです。

インターネット上で大量の情報が流通するようになり、現代人が1日に受け取る情報量は江戸時代の1年分と言われています。個人だけではなく組織においても同様に、各社が1日に接する情報量は増加の一途をたどっています。取引先や仕入先の数、業務で使うソフトウェアの数やそのベンダーの数が増加し、企業間のつながり(ネットワーク)は複雑な網の目のように広がり続けています。

複雑で広大なつながりを活用し、事業の競争力に転換していくためには、自社の事業の延長線上に存在するステークホルダーに意識を向ける「拡張」の発想が重要になるのです。

代理店、顧客などの学習を管理するEE-LMS

拡張エンタープライズラーニングの具体例としては、代理店向けの製品説明会や、顧客への操作説明のオンラインセッションなどが挙げられます。これらは、今まで「教育」や「研修」と捉えられていなかった活動であり、また、人事部でなく、各事業部が管轄するものがほとんどでした。

対面で行われる活動のほか、拡張エンタープライズラーニング向けにデザインされた学習管理システムである「EE-LMS (Extended Enterprise Learning Management System)」を活用する方法もあります。EE-LMSとの対比のために、従来型のeラーニングシステムのことを、HR(人事部)が主体となって提供するシステムという意味で「HR-LMS(Human Resources Learning Management System)」と呼びます。

  • EE-LMSとHR-LMSの対象範囲の違い

EE-LMSとHR-LMSを比較すると、利用する受講者の属性や利用シーンのほか、受講者のモチベーションなど、いくつかの違いがあります。例えば、HR-LMSの場合は従業員向けに受講を強制することも可能ですが、EE-LMSは顧客や代理店に受講を強制させるのが難しいです。

本連載では、日本の社会・経済環境からEE-LMSが必要な理由、EE-LMSの機能的な特徴や企業で導入する際のコツ、先行して導入が進む海外での活用事例などを紹介しながら、これからの時代に必要な組織における新しい学びの形について考えていきたいと思います。