顧客や代理店、その他パートナーなど社外のステークホルダー向けに行われる研修や学習機会の提供を指す「拡張エンタープライズラーニング」は、ビジネスの拡大に効果的であると認知され、2010年代後半から米国で導入が進みました。一方、日本国内においては、2022年現在、まだ多くの企業の関心事になっていません。

しかし、将来の経済・社会状況を予想すると、「拡張エンタープライズラーニング」は日本企業こそ必要な取り組みだと、筆者は考えます。

本記事では、日本企業が共通して抱える3つの課題にフォーカスを当てて、その理由を解説します。

社内のナレッジを兼業・副業人材と共有し、デジタル人材不足を解消

企業・産業のDXは官民を挙げて推進している取り組みですが、実現に不可欠なデジタル人材が不足しています。また、高度なスキルを持った人材が特定のIT企業に集中するなど、人材の遍りの問題も指摘されています。そうした課題に対しては社内での人材育成だけでなく、高度なデジタルスキルを持った兼業・副業人材など、外部人材とのネットワークを構築し、その数を増やしていくアプローチが有効でしょう。

DXの実現に向け、個人やパートナー企業と共に課題に取り組む関係性を築き、その数を増やすうえで、拡張エンタープライズラーニングは効果的です。

例えば、兼業・副業人材やパートナー企業が、社内のナレッジを素早く身につけ、課題の状況を理解できるようなプログラムを作成します。オンラインでいつでも、誰でも学べるようにEE-LMS(拡張エンタープライズラーニング向け学習管理システム)で配信すれば、さまざまなステークホルダーに横展開していけます。

顧客教育に活用して、事業のサブスク化に対応

顧客との関係性は、成約をゴールとした一過性の関係(短い関係)から、成約後もつながり続ける継続的な関係(太い関係)へと変化しています。

製造業においては、モノを販売するモノ消費に立脚したビジネスモデルから、体験やサービスを中心とするコト消費への転換が図られています。また、さまざまな産業で、売り切り型の販売モデルから、継続課金型のサブスクリプション化が進んでいます。

コト消費を取り込み、事業のサブスクリプションを目指す。言わば、顧客と「太い関係」を構築するために、CRM (Customer Relationship Management) が注目されますが、その中でも顧客教育の領域において、拡張エンタープライズラーニングのアプローチは有効に働くと考えます。

見込み客に対する製品の啓蒙記事やウェビナーを活用したマーケティング、既存顧客に対する説明会や製品詳細サイトの構築などが例として挙げられます。自社の事業特性や製品特性から、どのような顧客教育施策を実行すべきかを検討するといいでしょう。例えば、製品が複雑で機能が多く、製品に対する習熟度が顧客満足度に直結することがわかっている場合、製品マニュアルをベースに、解説動画を作成したり、わかりやすい解説記事を公開するなど、複数のフォーマットで製品知識コンテンツを展開していく施策が有効です。

海外進出でつまづく、「製品理解」や「コミュニケーション」に生かす

日本は少子高齢化の進展に伴い、国内市場の縮小と労働人口の減少が予測されています。対策の1つとして、海外市場への進出と外国人人材の登用が挙げられます。いずれの対策についても、拡張エンタープライズラーニングの対象を、海外の企業や個人まで広げるアプローチは有効に働くと考えます。

例えば、現地の販売代理店や広告代理店を活用する際、自社の製品知識やマーケティング戦略を適切にコンテンツ化し、代理店教育をいかに効果的に行えるかが、海外進出の成否を左右します。

実際、海外の大手外資系ソフトウェア企業などが日本に進出する際は、製品トレーニングを適切に行い、代理店網を効率良く行っています。また、代理店向けのコンテンツは海外人材を登用する際にも役立ちます。空気を読む、言外に意図を含ませる、背中を見て学ぶといった方針の日本企業で多いOJTは海外人材の育成においては、うまく機能しないからです。

求められるのは、空気や文脈に依存するハイコンテクストなコミュニケーションではなく、定義が明確でシンプルなローコンテクストなコミュニケーション。国や地域が異なるメンバーでも、社内のナレッジやノウハウを素早く理解できるコンテンツを準備できるような、拡張エンタープライズラーニングの体制整備が海外展開ではますます重要になると考えます。

次回は、社内にある仕様書や手順書、勉強会の資料などをコンテンツ化し、社外向けに提供するうえでの具体的なポイントを紹介します。