多種多様な業界でデータを活用したビジネス変革が進んでいる。従来、根強い紙文化が残り、情報の属人性が高いと言われていた不動産業界でも、データ活用の重要性が認識されつつある。では実際、不動産業界におけるデータ活用は今、どのような状況なのか。今後どうなっていくのか。
今回は、不動産業界向けのSaaSの提供などを行うイタンジ 代表取締役 社長執行役員 CEOの永嶋章弘氏に、不動産業界における課題やデータ活用の事例、今後考えられる展開についてお話を伺った。
紙文化と属人化が不動産業界のデータ活用を阻む
永嶋氏によると、不動産業界は他に比べ、そもそもデジタル化やデータ活用が進んでいない業界だという。その理由の1つは、紙文化が根強く残っているためだ。例えば、小売業であれば、在庫データがレジやPOSシステムと連携し、購入のトランザクションがデジタルとひも付いている。その結果、比較的早くデータ活用の文化が進んだ。一方、不動産業界では今も申込、契約などが紙の書類でやり取りされているケースもあり、その傾向はとくにテクノロジー化に手が回りにくい小規模事業者や取引件数の少ない 地方ほど顕著である。そのため、まずはデータを活用するための地盤の構築が必要であり、データ活用への着手は遅れているというわけだ。
もう1つの理由は、商習慣上、属人化しやすい点である。多数の同一商品を扱える業種とは異なり、物件を扱う不動産業界には全く同じ商品は存在しない。端的に言えば、Aというマンションの101号室はこの世に1室しかないのだ。この1室を少しでも高く売る/貸すため、営業担当者は自身の顧客ネットワークを駆使し、最も高値でスムーズに取引ができる顧客を見つける。
「一部の不動産会社では“囲い込み”が行われることもあります。“囲い込み”とは、一部の宅建業者が自社の利益のため、売主・買主双方の媒介を行うことを目的として、故意に 物件の取引状況を隠し、売主の意向に反して物件の紹介を行わないような行為を指します。 結果として、売主や買主の利益を損なう可能性があり、不動産取引の透明性が損なわれる可能性もあります。 とくに単価の高い売買物件では、情報をオープンにするよりも、囲い込みによって、少しでも自社の利益を優先するという事例もあり、情報の属人性が高いという特徴があります」(永嶋氏)
一方で、このような業界ならではの慣習が在庫データや取引の可視化を妨げ、「生産性の低下、消費者体験の低下につながっていた」と同氏は指摘した。
不動産業界にデータ活用が必要な3つの理由
ではそんな文化の不動産業界でもデータ活用の必要性が認識されるようになったのはなぜか。永嶋氏は3つの理由を示した。
1つ目は、人手不足だ。他の業界と同じく、不動産業界も人手不足の影響を受けている。従来は属人的にやっていた業務を、業務経験の少ないメンバーであっても同じクオリティで提供する必要が出てきたのだ。また、退職に備えて、担当者のデータをしっかりと管理・活用することも必要になった。
2つ目は、世の中のコンプライアンス意識の高まりである。今、企業はコンプライアンスを意識した経営を求められている。「売れるなら、何をしてもいい」わけではない。一部の企業で行われていた“囲い込み”や、すでに入居者が決まっている物件情報を利用して集客する“おとり物件”など、情報の非対象は企業にとって大きなリスクになる。
「どこで、どの担当者がどんな話をしているのか、何も分からないというのは、レピュテーションリスクを鑑みても、良い状況ではありません。企業としては、コンプライアンスに則った行動ができているか、しっかりと管理したい考えがあります」(永嶋氏)
3つ目は、市況の変化だ。同氏によると、これまでの不動産業界は拡大路線であり、「極端に言えば、誰がやっても伸びる市場だった」が、人口減少が進んだ今、苛烈な市場競争が繰り広げられているという。
「不動産業界は人口動態に影響を受けやすい業種です。人口が減るなかでは、きちんと情報管理をしなければ、業績を上げにくい状況になっていきます」(永嶋氏)
データの力で適切な家賃設定を実現
いち早くデータ活用を進めたことで、成果を出している企業もある。いくつかの不動産会社では営業担当者の行動を可視化して適切に行動管理をしたり、市況データを活用し、適切な家賃設定の提案ができる環境を整えたりしている。
不動産業界では旧来、取り扱う物件の家賃設定は「オーナーと担当者の間で“なんとなく”決まってしまうこともあった」と永嶋氏は話す。「本当は1万円の値上げがしたいけど、あまり高くすると引っ越されてしまうから……2千円で」、といった風だ。あるいは、家賃が高すぎて空室が出ているのに、オーナーが頑なに値下げを拒否するという理由で、ずっと空室のままといったこともあったという。
近年、データ活用が進むことによって従来のような曖昧な家賃設定ではなく、周辺エリアや類似物件の家賃をデータとして提示することで、オーナーや契約者に対し、適切な提案ができるようになったそうだ。更新のタイミングで適切な提案をしているかどうかは、行動管理ツールで可視化されているので、提案の抜け漏れもない。
「市況が良かった頃は、ある程度担当者の感覚で家賃を設定していても、うまく回っていたのでしょう。しかし市場が伸びなくなった今は、適切な管理・提案が必要です。また、社会の倫理観が高まっている現代では、フェアに事業を進めていくことも求められているのです」(永嶋氏)
入力される仕組みづくりが重要
データ活用の成功例がある一方、上手く進められていない企業も多々ある。永嶋氏が過去に直面したケースの一つが、データ入力が根付かない企業だ。「架電をしたら、その内容をシステムに入力してください」と伝えても、なかなか入力してもらえない。データ管理システムを導入した直後は入力していたが、やがて面倒になり、入力をやめてしまった。似たような話は、どの業界でもよくあるだろう。
そんな悩みに同氏は「“データを入力しなければいけない”と考えなくても、勝手にデータが集まるように業務とシステムを設計すべき」だとアドバイスする。例えば、架電をするという動作とシステムをひも付けることで、担当者がわざわざ架電内容を入力しなくても、自動的にシステムに要約が入力されるといった具合だ。あるいは、「データを入力しないと、次の業務ステップに進めない仕組みをつくるという方法もある」と言う。仮に、架電実績の入力がなければ、見積もりを発行できない仕組みであれば、担当者は架電の内容を入力せざるを得ない。
「我々はよく、『業務のステップとデータの入力をそろえてください』とお伝えしています。それくらいしっかりと仕組みを整えなければ、適切にデータを入力してもらうことは難しいのです。ですが正しくデータが管理されれば、その先の分析やAI活用などへつなげていくことができます」(永嶋氏)
人が不要になった世界で、人がすべきこととは
今後、不動産業界のデータ活用はどのような進化を遂げる可能性を秘めているのだろうか。永嶋氏は「不動産は実はITとの相性が非常に良い」としたうえで、「実際の“もの”を動かして取引をしているわけではなく、動いているものは情報・権利だけ。であれば、証券取引のように、全てを自動化できるのではないか」と語った。
「全てがデータでやり取りされる世界、間に紙や人を挟まなくてもいい世界を目指しています」(永嶋氏)
そのための強力な味方がAIだ。例えば、AIに物件情報や最近成約した近隣物件の情報、エリア情報などを学習させたシステムを用いることで、これまで担当者が自分で考えて行っていた物件の価格査定や家賃設定、さらに顧客への提案までを自動化することができる。
「車のディーラーであれば、自社で扱う車のスペックを知っておけばよいでしょう。不動産業界の場合、それぞれの物件のスペックに加え、賃貸や実需、投資用などさまざまな不動産に関する知識、エリア特性などに詳しくある必要がありますが、それだけ多くの情報を全て把握できている人はなかなかいません。その部分にAIを活用すれば、人よりも容易に適切な物件を提案することができるでしょう」(永嶋氏)
では最終的に、データやAIの活用で“人が介在しなくてもいい世界”になったとき、人は何をすべきか。同氏は「不動産会社こそ、ライフプランナーになるべき」だと力を込めた。不動産業界では「どの物件を買うか(借りるか)」と同様に「どの担当者から買うか(借りるか)」が重視される傾向にあるそうだ。上京して初めて住んだ家、結婚して引っ越した家、子どもが生まれて引っ越した家……家にはそれぞれの節目があり、思い出がある。そこに寄り添う不動産事業者はまさに、人生のターニングポイントを知る人でもあるのだ。そこで得た機会や情報を生かすことで、不動産会社はエンドユーザーと深い“つながり”を得られ、ひいては人生の「パートナー」となることも可能だ。デジタルやAIの力でできる業務は全てそれらに任せ、つながりをつくったり活かしたりする、まだ人にしかできない業務こそを担うべきである。
「例えば、顧客の誕生日にメッセージを贈ったり、節目の年に連絡をしたりといったOne to Oneマーケティングに取り組むこともできるでしょう。適切な保険や金融商品を提案することも考えられます。デジタルでできることはデジタルに任せ、人は顧客のロイヤリティを高める部分に注力していく。それが各不動産会社の差別化につながります。不動産業は究極のサービス業です。とくに地方の不動産会社は地域密着でお仕事をされており、地域愛が強い方が多いと感じています。その方たちがライフプランナーのような存在になれれば、新たな価値創出につながるのではないでしょうか」(永嶋氏)
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