野原: 多くの方が「2020年代のデジタル化は失敗しない」と口を揃えています。今度こそ成功するという確信につながる自信の理由はどこにあると思われますか?

村上: なんといってもスマートフォンの存在が大きいと思います。今や業務上の連絡や情報共有は、ほとんどスマートフォンでできるようになりました。作業所の中にステーションを設ければ、設計者が遠隔地で手直しした図面を現場の職長がリアルタイムで確認できます。かつては全員が一堂に会して行われていた朝礼も、今やフロア単位でできるようになりました。

そうしたデジタルの活用を広められたのは、今ではスマートフォンを使うことに誰も抵抗がないのが一番大きいですね。かつては協力会社の方に「属性を持たせたいのでCADデータを提供して」といっても対応してもらえないことがありましたが、今ではすぐにスマートフォンへ送ってくれます。

野原: 私も大変便利な世の中になったと痛感しています。一方で、デジタルツインを使うにしても、図面をデータ化することが重要なのではなく、その先の使い方を考えていく必要があるのではないかと感じています。

村上: まさにその通りですね。建設産業の方は皆さん真面目なので、BIMのデータを作れと言われたら実現のために必死になるんですよ。しかしBIMのデータを作れば何かが変わるわけではなく、それをどう使って何を実現するかが大切です。

いま現在、建設RXコンソーシアム内にあるBIMの分科会では、デジタルデータの使い方の検討を進めています。使い方がわからないからデジタルツインやBIMを入れる気にならないという方もまだまだ多いので、まずはわれわれが使い方を考えようと。

野原: なるほど。ところで、10年、15年ほど前からでしょうか。若い人たちが所長になりたがらないといった話を聞く機会が増えたような気がします。

村上: 結局、デジタル化して効率化すれば、今まで通りの仕事をするならば、時間は減ります。ところが、デジタル化でいろんなことができるようになると、逆に仕事が増えるケースもあります。仕事がデスクワークに偏りがちになるのがその典型です。取り扱えるデータ量が増大したことで、作る資料の種類が膨大に増えてしまう。

また、かつては自分の担当する現場は直接見に行くものでしたが、今はデジタルでオフィスの中から全ての現場を見ることができてしまう。テレビ画面から目が離せず、現場へ行くこともできない。

デジタルによって、どんどん便利になり、遠隔でいろんなことができるようになりました。検査とか、品質向上とか、安全性の向上とか素晴らしいことがたくさんあります。デジタル技術がもう一歩進んで、AIが現場の管理までできるようになればいいんでしょうが、今は、人間がやるしかない。一般職の業務がものすごく便利になったのとは逆に、管理職の仕事はどんどんきつくなる。結果、若い人は管理職になりたくないと考えるわけです。

野原: 新しい働き方や新しい環境への転換などの過渡期なんでしょうね。

村上: 教育についても新しい働き方によって、変わってきています。私が若いころは、いわゆる技師長など偉い人が現場を巡回し、悪いところをどんどん指摘されたものです。その後は大体飲みに行き、若手は偉い人の周りに座り、酒を飲みながら武勇伝を聞かされたものです。そうした中で想いを教えられました。

今は、コロナ禍の影響もあり、巡回もリモートが増えました。そもそも飲み会がありません。想いはどうやって伝えるのでしょうか。建設RXコンソーシアムに「想い検討分科会」を作らねば(笑)。

野原: 発注者との関係性についてお伺いしたいと思います。建設産業側もデジタルの使い方を考える必要があるのは大前提ですが、デジタル化に重要課題として取り組まれるお客様も多くいらっしゃるかと思います。建設産業の立場から見て、発注者側のデジタル化に対する反応をどのように感じていらっしゃいますか?

村上: ご発注いただいた建物を使って実現したい目標がはっきりしているお客様は、総じて現場のデジタル化を受け入れてくださっていますね。

そうしたお客様には、理想に向けた話し合いにも応じていただけています。われわれが提案するコスト削減のための標準化も、お客様の側でしっかり検討していただいた上で受け入れていただくケースが多いです。

また、そうしたお客様は自社がDXに関する課題を抱えていることも多く、建設中に別途ご相談をいただくケースもあります。最近の建設現場では資材の運搬に配送ロボットを活用していますが、お客様にご希望いただいた際には、ロボット本体と管理用地図のBIMデータを提供しています。ロボットのほかにも、エレベータや人感センサーをそのまま渡したケースもありますよ。

こうした対応ができるのも、お客様との密接な関係があってこそです。一緒にひとつの建物を作り上げようという目標に向かって走れる関係はわれわれも快適ですし、何らかの形で少しでも貢献したいと思えます。