建設産業の内外に「建設DX(デジタルトランスフォーメーション)」を実現しなければいけないという意識はあるのに、なかなか進まない現状があります。
本連載では、その理由が何なのか、建設DXの普及を牽引する企業である野原グループの代表取締役社長兼グループCEO、野原弘輔氏をホストに、建設産業に携わる多様な立場のゲストの方との対談を通じて、建設産業への思い、DXへの取り組みについて浮き彫りにします。
第3回は、リフォーム、電気工事、内装仕上げの現場で活躍するベテラン職人であると同時に組織の代表を務める3人の方に、現場の現状とこれからについてお話を伺います。
野原: 皆さんは長く建設産業で働かれていると伺っています。10年、20年と現場を見続けてきた中で、最近の建設現場で変わってきたと感じるところはありますでしょうか。
小泉: 普段は電気工事を生業とした会社を営んでいて、新築の物件を多く手がけています。10年前と比べて、最も大きな変化は「スマートフォン(以下、スマホと省略)の普及」です。
昔は連絡を取り合うのが大変で、現場監督との調整に苦労していま した。しかし今はスマホが普及し、LINEなどのアプリケーションが増えてきたので、コミュニケーションの形とスピードと質が変わりました。
従業員たちとのコミュニケーションで言えば隙間時間でも気軽に連絡がしやすくなりました。スピードの質という点でも、自分がいない現場で問題が起きた時に、以前なら私が現場を離れてその現場に向かって確認することがなくなり、すぐに解決できることが増えたと思います。
豊崎: 当社はリフォームに特化した大工工事をしています。LINEの登場は本当に画期的でした。撮影した写真をLINEですぐに共有できるのが大きな変化です。トラブルが起きた場所を撮影して遠くにいる担当者に確認 してもらえるので、現場間を移動する回数がすごく減ったと思います。
スマホがなかった時代は、問題が起きるたびに電話で「今すぐに来い!」なんて現場に呼び出されるのは当たり前でしたので。
野原: 反対に仕事のやり方やコミュニケーションなどについて、昔 と今で変わっていないと感じるところはありますか?
吉富: 私の主な仕事は窓ガラスへのフィルム貼りです。事前に誰が現場に入るかという情報は提出していますし、グリーンサイト(※1)やキャリアアップシステム(CCUS:建設キャリアアップシステム)といった登録は済ませているのですが、新規入場者調査票を紙で提出するのを求められるのは変わっていません。
昔よりも建設現場で働く外国人労働者が増えてきたこともあり、スマホのバーコードリーダーでQRコードを読み込んで入退場記録を付ける現場も増えてきています。しかし、働いている人の大半が10年前、20年前と変わっていないせいか、昔ながらのやり方が残る現場はまだまだ多い印象です。このあたりの対応は、現場によって濃淡があります。
※1 グリーンサイト:施工体制や労務安全書類を作成・提出できるシステム
野原: 確かに、スマホを使った入退場記録など、ゆっくりではありつつもデジタルの導入は進んでいます。
吉富: データをスマホでやりとりできるのは便利なんです。図面や指示書などのペーパーレス化も進んでいて、スマホの画面上で確認することも増えてきました。
ただ、ずっと紙を使った仕事に慣れ親しんできたので、画面上で見ることになかなか慣れない人も多いです。図面を見ながら電話ですり合わせできるのがベストですが、「電話しながらスマホ画面上の図面をどうやって見るんだ」と言われることもあります。そのためなのか、かえってミスが増えたという話も聞きます。
豊崎: リフォームにおける大工の仕事の仕方で言うと、この10~20年では、技術面はほとんど変わっていないと思います。材料も変わらないし、現場の条件も昔から同じです。その家に住む方の要求次第で現場ごとにやるべき仕事が変わりますから、標準化が難しいのです。
こうした部分は、10~20年というスパンではなく、もっと以前から変わっていないように思います。一方で、戸建住宅の新築工事では工場でプレカット(※2)した部材を組み立てるなど、簡便な工法が出てきていますね。
※2 プレカット:事前に(プレ)切断(カット)するの意。従来は、職人が現場で切断から加工、組み立てを行っていたが、プレカット工法では工場であらかじめカットした木材を現場まで運び、組み立てを行う
小泉: 電気工事でもプレファブ(※3)で細かな配線が組まれた「ユニットケーブル」が普及したことで、ジョイントのつなぎ込みなどがすごく楽になりました。マンションなどの大きな建物を建てるときに仕事のスピードが大幅にアップしました。
とはいえ、全ての個所で使えるわけではないので、昔ながらの仕事の仕方は今でも残っています。また、便利な道具を使えるようになったとしても、配線の組み方を考えるような仕事の本質的な部分は変わらないと感じています。
※3 プレファブ:プレファブリケーション。事前に(プレ)制作(ファブリケーション)するの意。各配管部材を現地で組み立てずに、事前に組み立てて、現地に運ぶ
吉富: ガラスでのフィルム貼りでは、安全や品質、コストのように求められるものは変わっていないと思います。ただ、昔よりも機械で貼ることが増えてきましたね。
以前は飛散防止フィルム(ガラスが割れても破片が飛び散らないようにするフィルム)は現場で貼ることが多かったんですが、最近は、ほとんど工場で事前に貼るようになっています。ですから、最近は意匠性の高いフィルム貼りやレーザー加工といった技術が求められる仕事や、昔に貼ったフィルムを剥がして貼りなおす改修の仕事が増えています。
野原: リフォームの現場ではあまり仕事の仕方は変わっていない一方で、技術や環境の変化があった工事も多いというお話でした。道具や工法が変わっていくことで作業スピードが向上し、仕事が楽になったと感じる面はありますか?
豊崎: 新築はかなり変わったのではないでしょうか。プレカットされた建材を使うと、墨付けが要らなくなります。私は岩手県出身で、15歳から大工を始めて25年以上この仕事をしているのですが、当時は家を一棟建てるのに2~3カ月かかるのが普通でした。今は着工から1カ月くらいで終えられる物件もあります。東京に出てきたときは、あまりに速く完成するのでビックリしました。
小泉: 電気工事も昔に比べると道具が発達したこともあって、進みは早くなりました。2人でやらないといけなかったところが1人で済むようになったケースもあるので、だいぶ施工が省力化していると思います。
吉富: 確かに大工の領域で、仕事の質が変わったのはわかりやすい例ですね。「手刻み」(※4)とか、もともとの職人技がものすごいですからね。
窓ガラスの領域に関して言うと、実はあまり生産性は変わっていないんです。以前に比べると気をつかわないといけない材料が増えてきているので、逆に手がかかるようになっているかもしれません。
※4 手刻み
構造材に墨付け、刻みと、大工が全ての工程を行い、建て上げる昔ながらの工法のこと
野原: 反対に、便利さから生まれた弊害のようなものを感じることはありますか?
豊崎: 大工に関して言えば、年々技術の水準が落ちていると思います。昔の大工は、新築の時には自分で図面を描いていたんです。平面図から墨付け用に図面を起こしてから作業した。あの工程が大工の仕事の半分を占めるといわれるくらい大事な仕事だったのです。
今は新築はプレカットされた部材を組み立てるようになったので、その工程が要らなくなってしまいました。結果、新人の大工が建築の基礎を覚える機会が減ってしまったように思えます。
吉富: 言い方は悪いかもしれませんが、職人から作業員になってしまったような気がします。便利で効率は良くなっているでしょうけど。
豊崎: そうなんですよ。それが嫌なので私は新築から離れて、リフォーム専業に切り替えたんです。新築は便利になっていく分、職人としての付加価値を出しにくくなりました。その点、リフォームは個人の技術差が出やすいので、品質の差を提示しやすいんです。
小泉: どう品質の差を出していくかというところは大事です。電気工事も便利にはなりましたけど、結局は施工する人がどんな価値を生み出すか、そうした意識の差で、品質は左右されると思っています。