アメリカのシャドーIT

先だってアメリカに出張に行って、 IT関係者やインサイドセールス関係者等と情報交換を致しました。意外とアメリカで困ることのひとつとして、「ひとり情シス」を表す直訳の英語が無いことです。「One Man IT」で、ニュアンスがかろうじて分かる人もごく少数いますが、こと細かに説明しても、そのほとんどが、「あーなるほど、それは一人だけのヘルプデスクだね!」と大雑把に理解されるだけで、一人で何でもやらなければならず、絶体絶命のトラブルに一人立ち向かい、悲哀もあるが大きなやりがいのある立派な仕事なので応援していると言っても、なかなか理解されないものです。

しかし、「シャドーIT」という言葉は、もともと外来語ではないかと思われるのですが、アメリカ人に「シャドーIT」の話をすると「Yes! Shadow IT!」とすぐ分かることが常です。私が担当する事業部門内にITに詳しいスタッフがいて「簡単なプログラムがすぐできる」、「すぐに必要なデータベースが構築できる」、「とても便利でシャドーITみたいだよ!」と言う話をすると、「それはラッキーじゃないか?そういうスタッフがいて羨ましい!」と賞賛されるものです。

しかも、シャドーITは別名、「クライアントIT」「ユーザーIT」「ステルスIT」などと呼ばれていて、そのすべてが親しみの込められた愛称のような意味合いです。クライアントITやユーザーITは事業部門の中にあり、事業部のユーザーすべてがお客様であるかのような対応をしてくれ、事業部のビジネスの立場になって、さまざまな要求をすべて受けてくれるとても役立つ人との認識がされています。さらに、ステルスITというのは、ステルス戦略爆撃機のごとく、情シス部門の社内レーダーでは探知されないものの、事業部のビジネスを考えて難題を次々と解決する破壊力を持った、頼りがいのある戦略的なチームメンバーの位置づけとして慕われています。

諸悪の根源?

しかし、日本国内では、シャドーITというのはさまざまなリスクの可能性が先行して議論され、「あってはならないこと」として認識されており、存在を言葉にして発することもなかなか難しいような状況であるかと思います。確かに、今までの情シス部門の長い歴史の中で、事業部門が独自のITを活用してしまい、いろいろな問題を引き起こして解決に骨を折った事実もあるかと思います。

今までシャドーIT的なこととして、情シス部門が標準仕様と決定したCAD/CAM/CAEを全事業部で運用しなければならないことになり、それに立ち向かった話はとても多いです。事業部間であまりに製品分野が異なり過ぎ、しかも相互での技術供与があまりなく、製品体系がかけ離れている分野でもあるため、情シス部門が推奨するCAD/CAM/CAEでは、どうしても部門の設計思想に合わなくなり、自分たちで最適なツールを選びたい状況がありました。

しかし、情シス部門は、運用方法やデータがバラバラになるということで反対一辺倒だったので、標準仕様のものは最低台数導入し、使い勝手の良い自部門で検討して選んだCAD/CAM/CAEを密かに導入し、運用したりしました。

また、グループウェアについても、ある事業部では海外に多数拠点を持つ関係でどうしても使いたい機能があり、本社推奨のものではサポートされていないということで、こちらも密かに導入しました。双方ともユーザーからの評判はすこぶる良く、競合企業に対する迅速なIT化により、事業部のビジネスにも大きく貢献しました。

しかし、両方のケースとも推進してきた責任者が異動したり、転職したりして、ひっそりと幕を閉じました。その後、標準ツールに戻すまでに相当な混乱があったことは想像に容易いと思います。部門の利便性とシステムのサポートをきちんと続けるという二律背反はとても難しい問題です。

シャドーITという言葉は、クラウドコンピューティングの勃興と同時に頻繁に出現したキーワードだといえます。クラウドは、それまでのIT関連システムと比較しても、とても簡単にさまざまなサービスをユーザー自身が選択できるようになり、しかも試運用して評価し、適合しなかったらまた別のサービスを検討するなど、今までのコンピュータ運用とはまったく異なる高い利便性を持ち合わせていることで、シャドーITが出現したのだと思います。

シャドーITとして事業部門のニーズを理解して評価したツールやサービスは、ユーザーからも高い評価を得られ、しかも、業務効率化に確実に寄与するものも多いかと思います。しかしどれだけ評価されたとしても、ほんの少しでもリスクがあってはなりません。セキュリティ面での危険性、社内データ流出の恐れ、既存データとの整合性、システム存続の責任の所在などのさまざまなリスクがあることは否定できません。そのため、情シス部門は、本来は望んでいなくても、各社員のモラルだけに期待するのはなく、社員のクラウド操作を監視したり、データ送信量の急激な変化をモニタリングしたり、不審なオペレーションにフラグを立てて警告し危険なクラウド運用を強制的に停止したり、社員の不審な挙動の検出などを強化してきている企業もあります。

潜航するシャドーITが昇華する

一方、日本ではクラウドなどの新技術の採用が遅すぎるなど、デジタルトランスフォーメーションに向けて、どうして実施できないのかとの議論があります。経営層が情シス担当者を呼び出して、「デジタル化やIT化をもっと加速して、競争優位なものを考えて欲しい」と叱責したとしても、情シス担当者はただでさえ日常業務に忙殺されており、人員の増員もままならない状況では、元々無理な話で、新しいことに簡単に着手できません。

また事業部側も、最初から情シスを無視したりするわけではありません。事業部でITに詳しいスタッフが、アポイントを取って事業部のやりたいことを話し、システム構築を依頼するわけですが、深い議論もされないまま、やはり時間が無いから対応できないという現実を知ることになります。

そして、情シスに依頼することはあきらめ、シャドーITとして目につかないように、事業部の中でひっそりとトライアンドエラーでシステムの構築をしていきます。目指すものは、例えば、事業部の製品データベースが複数、外部工場拠点からメンテナンスされ運用管理が個別で行われていたものを、オンライン化して統合管理するようなシステムです。工場は歴史的には別の事業部から派生した組織だったので、見えない壁があり、聖域として誰も手を付けずにいたのです。それまで数日かかっていた処理も、リアルタイムに近い処理になり、お客様の製品開発のリードタイムを長くすることに寄与するので、競合企業に対して大きなアドバンテージを持つことができました。

事業部長も「何かあったらすべて責任を取る」と不退転の決意で、各工場に丁寧に説明し、新システムの完成に漕ぎつけ、徐々にビジネスが成長し始めました。そして数カ月後、社長を交えた幹部会で、社長から「何でビジネスが急激に伸びているんだ?」と質問があり、事業部長が新システムの概要を話すと、社長は「それこそITの活用だな!デジタルトランスフォーメーションが実践でき始めているではないか!よく頑張っている!」と賞賛したようです。

デジタルトランスフォーメーション化の41%はシャドーITが関与

上記のエピソードはお客様から伺ったものですが、確かに同様なストーリーが最近増えてきています。シャドーITは、情シス部門からのサポートが何もない反面、自由にツールや開発手法を選択でき、さまざまな試行錯誤を繰り返すことができます。前例踏襲など関係の無い世界です。しかも、スポンサーとして事業部長が完全にバックアップしているので、方向性にブレが無い。まさに、イノベーションが起きる風土がシャドーITだと思います。

現に、調査結果では、41%のデジタルトランスフォーメーションが起きているとの結果があります。制約事項が少なく、前例踏襲のルールもなく、スポンサーが少人数でしっかりコミュニケートしてくれる環境にこそ、イノベーションは産まれるのかもしれません。

しかし、シャドーITを礼讃し、推奨しているのではありません。シャドーITには、大きなリスクがありますので、それを十分に理解する必要があります。調査データでも迫りくる潜在リスクが報告されています。その詳細につきましては、次の機会で報告させていただきます。

デル株式会社 執行役員 戦略担当 清水 博
横河ヒューレット・パッカード入社後、日本ヒューレット・パッカードに約20年間在籍し、国内と海外(シンガポール、タイ、フランス、本社出向)においてセールス&マーケティング業務に携わり、アジア太平洋本部のダイレクターを歴任する。2015年、デルに入社。パートナーの立ち上げに関わるマーケティングを手がけた後、日本法人として全社のマーケティングを統括。中堅企業をターゲットにしたビジネス統括し、グローバルナンバーワン部門として表彰される。アジア太平洋地区管理職でトップ1%のエクセレンスリーダーに選出される。産学連携活動としてリカレント教育を実施し、近畿大学とCIO養成講座、関西学院とミニMBAコースを主宰する。著書に「ひとり情シス」(東洋経済新報社)。AmazonのIT・情報社会のカテゴリーでベストセラー。ZDNet「ひとり情シスの本当のところ」で記事連載、ハフポストでブログ連載中。早稲田大学、オクラホマ市大学でMBA(経営学修士)修了。
Twitter; 清水 博(情報産業)@Hiroshi_Dell 
Facebook;デジタルトランスフォーメーション & ひとり情シス https://www.facebook.com/Dell.DX1ManIT/」