総務省が2026年7月24日に公表した令和8年版情報通信白書によると、何らかの業務で生成AIを使っている企業は86.4%に達しました。前年度の55.2%から大きく伸びていて、もうAIを仕事で使うのが当たり前になっています。→連載「柳谷智宣のAIトレンドインサイト」の過去回はこちらを参照。
メールや資料の作成があっという間に終わり、情報収集の効率もアップし、分からないことも質問すれば即回答が得られます。以前より仕事ができるようになったと感じている人は多いのではないでしょうか。
ここで一度、明日から生成AIが一切使えなくなったと想像してみてください。その状態で、1年前の自分よりいい仕事ができるでしょうか。
この気になる疑問を研究した論文が2025年以降、相次いで発表されています。結果はおおむね一致していて、AIを使えば目の前の課題をこなしやすくなります。ところがAIの利用を禁止したときの本人の実力は、使い方によっては下がってしまったのです。
今回は、4つの研究を紐解きながら、AIを活用しつつ、自分の能力も落とさないためのヒントを解説します。
生成AIで宿題の成績は向上も試験成績は低下、2万6811人調査が示した実力との乖離
欧州のCEPR(The Centre for Economic Policy Research:経済政策研究センター)が2026年6月2日に公開したディスカッションペーパー「The Generative AI Learning Penalty: Evidence from Chinese Secondary Education(生成AIの学習ペナルティ、中国の中等教育からの証拠)」は、大規模なパネルデータを扱っています。
ストックホルム大学のデビッド・ストロンバーグ氏と、香港大学のビクター・レイ氏、ヤンフイ・ウー氏による共同研究で、中国の中学生と高校生あわせて2万6811人を30カ月(2年半)にわたって追跡しました。9教科の宿題の点数や所要時間に加え、毎月の試験、高校入試、大学入試の結果まで、同じ生徒のデータとしてまとめて分析しています。
生成AIを使い始めた生徒は、宿題の点数が18%向上しました。宿題にかかる時間は30%短くなり、平均64分だったものが45分になっています。ここまでなら、生産性向上の成功事例です。
しかし、学校で毎月実施される筆記試験の成績は、AI導入から6カ月以内に20%も下がりました。高校入試では24%、大学入試では18%の低下が観測されました。
研究チームは、生成AIの利用者の81%に、所要時間が極端に短いのに宿題の点数だけが高いという行動パターンを見つけています。そして学習の損失は、この層に集中していました。AIを利用しながらも、宿題にかける時間が非利用者と同程度だった生徒では、損失はごくわずかにとどまっています。
2時間かけて作っていた営業資料が、AIを使って30分で仕上がるようになったとします。会社から見れば生産性は確実に上がっていますが、その担当者の企画力や文章力、情報を整理する力まで一緒に伸びたかどうかは別の話なのです。
AIを使っている生徒のうち、宿題の点数が105を超えたあたりからは、点数が高い生徒ほど試験の点数が低いという逆転まで起きていました。成果物の質を測る指標が、実力を測る指標として逆向きに働き始めたことになります。ビジネスシーンでも制作本数やプルリクエストの数、提案書の提出件数といった数字だけを見ている限り、この劣化に気が付くことはないでしょう。
利用時間による違いも出ています。週に0時間から1時間しか使わない生徒の試験成績の低下は5%にとどまった一方、週に5時間以上使う生徒では30%に達しました。これは、日常的に生成AIを利用するビジネスパーソンにとって見過ごせない数字です。
生成AIの使い方で理解度に大差、開発者調査で判明した学習効果の違い
Anthropicのフェロープログラムで実施された「How AI Impacts Skill Formation(AIはスキル形成にどう影響するか)」は2026年1月28日に公開され、実際に開発の仕事をしている人を対象にしています。
ジュディ・ハンウェン・シェン氏とアレックス・タムキン氏が、52人の開発者を対象に調査しました。題材は、参加者全員が使ったことのないPythonの非同期ライブラリ「Trio」です。26人ずつの2グループに分け、片方にはGPT-4oのチャットを与えて、最大35分で2つの課題に取り組んでもらいました。
AIを使えなかったグループでは、26人のうち4人が制限時間内に2つ目の課題を終えられませんでしたが、AIを使えたグループは全員が最後まで完了しています。ところが課題後に実施した27点満点の理解度テストでは、AIを使ったグループの得点が4.15点低くなりました。割合にすると17%の差で、統計的にも有意な結果になったのです。
研究では、AIの使い方を6つのパターンに分類しました。成績が低かったのは、コードの生成をまるごと任せる「AI Delegation」(4人)や、途中から全部を任せるようになる「Progressive AI Reliance」(4人)、原因を考えないままAIに直させ続ける「Iterative AI Debugging」(4人)でした。この3つでは、テストの平均点が24%から39%にとどまっています。
成績が高かったのは、概念だけを質問して実装は自分で書く「Conceptual Inquiry」(7人)や、コードと説明を同時に求める「Hybrid Code-Explanation」(3人)、生成後に理解のための質問を重ねる「Generation-Then-Comprehension」(2人)です。こちらは65%から86%で、低いグループとの差は倍以上に開きました。
注目は、生成させたあとに理解のための質問を重ねる「Generation-Then-Comprehension」の2人です。AIにコードを書かせて貼り付けるところまでは、成績が低かったAI Delegationとほとんど変わりません。
しかし、その後に「なぜこう書いたのか」を確かめる質問をしているかどうかで大きな差が生まれました。この1往復を足すことで、テストの点数が2倍以上に開いていたことになります。
「この議事録から企画書を作って」と頼み、返ってきた完成品を少し直して提出するやり方は、AI Delegationとほぼ同じ構造です。「論点を5つ抽出して」と頼んで自分で軸を決め、「この企画の弱点を指摘して」と戻す進め方に変えれば、Generation-Then-Comprehensionのやり方に近づきます。つまり、AIを「代行者」として使うか、「壁打ち相手」として使うかの違いです。
参加者の自由記述も印象的でした。AIを使ったグループからは「怠けてしまった感じがする」「理解にまだ大きな穴が残っている」といった声が上がっています。自己申告の学習実感は、AIを使わなかったグループの方が高くなりました。
課題そのものはAIを使ったグループのほうが易しく感じていたのに、直後のテストの難しさは両グループで変わっていません。手応えと実力に乖離が生じていたのです。
AI依存で専門技能は低下するのか、医師の研究から見えたデスキリングのリスク
ESMO(European Society for Medical Oncology:欧州臨床腫瘍学会)が発行する「ESMO Real World Data and Digital Oncology」に2026年3月19日、医師のデスキリングをテーマにした査読付きのスコーピングレビューが掲載されました。
放射線科や病理、内視鏡などの分野を対象に、AIの利用が医師の技能にどのような影響を及ぼすのか、これまでの研究を整理したものです。経験を積んだ専門職なら安全かというと、そう言い切れない内容になっています。
なかでも影響がはっきり表れているのは大腸内視鏡です。ポーランドの4施設で実施された研究では、AIなしで行われた検査1443件をAIによるポリープ検出を導入する前後で比較しました。
その結果、AIを日常的に使うようになった医師がAIなしで検査したときの腺腫発見率は、導入前の28.4%から22.4%に低下していました。一方、AIを併用した検査での発見率は25.3%でした。
放射線科と病理でも、似た報告があります。マンモグラフィー画像を読む27人の放射線科医に意図的に誤ったAIの提示を見せたところ、偽陽性のリコール率が最大12%上がりました。
経験を積んだ読影医でも、同じ傾向が確認されています。病理の実験では、時間的な制約がある状況で誤ったAIの提案を受けた参加者の30%以上が、最初に自分で下した正しい診断を撤回していました。
ビジネスでも怖いのは、自分では「何かおかしい」と気づいていたのに、AIが問題ないと答えたことで判断を変えてしまうことです。投資案件や契約書、業績データなどを確認する場面でも、AIの回答を信じるあまり、自分が最初に抱いた違和感を打ち消してしまうことは十分に起こり得ます。
AIの誤りを見抜くには、人間側にも十分な専門性が必要です。ところが、判断をAIに任せるほど、その専門性を使う機会は減っていきます。すると、自分で考える力だけでなく、AIの回答を検証する力まで衰えかねません。
人間を最終的な確認役として残していても、その検証力が落ちていれば、チェック体制は十分に機能しなくなります。これもビジネスパーソンとしては悩ましい問題です。
生成AIで能力低下を防ぐために押さえたい4つのルール
ペンシルベニア大学ウォートン校のハムサ・バスターニ氏らによる研究で、トルコの大規模な高校を舞台にした約1000人規模のランダム化比較試験です。2023年秋学期に、9年生から11年生の約50クラスを対象として、90分の授業を4回実施しました。
この研究では、GPT-4を使った2種類のツールを用意しています。1つは「GPT Base」で、ChatGPTに近い普通のチャットです。もう1つは「GPT Tutor」といい、画面は同じですが、教師が設計したヒントを返すだけで答えそのものは教えない設計になっています。
AIを使いながら取り組んだ演習問題では、GPT Baseを使った生徒の得点が、AIを使わない生徒より48%高くなりました。ところが、その後にAIや教科書を使わずに受けた試験では、GPT Baseの生徒はAIを一度も使わなかった生徒より17%低い成績になっています。
研究チームは、ガードレールのない状態では生徒がGPT-4を松葉杖のように使ってしまうと説明しています。GPT Tutorを使った生徒では、AIを使わずに受けた試験でも、GPT Baseで見られたような成績低下はほとんど起きませんでした。
しかも、AIを使いながら取り組んだ演習問題の得点は、AIを使わない生徒の約2.3倍で、約1.5倍だったGPT Baseを大きく上回っています。答えを教えない設計にしたことで目の前の課題をこなしやすくしながら、本人の学習への悪影響も抑えられたことになります。
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答えを返さないGPT Tutorのほうが、生徒が送るメッセージの数も答えを求めない会話の割合も上回りました。画像は論文「Generative AI without guardrails can harm learning」より
能力を落とさずにAIを使うための4つのルールを押さえよう
AIを使うことで人間の能力が低下してしまうことだけは避けなければなりません。今回解説した4つの研究からは、自分で考える工程までAIに渡してしまうと、その能力を使う機会も減り、能力の低下につながることがわかりました。そこで、実務で意識したい4つのルールを整理します。
1つ目は、最初から完成品を作らせないことです。「企画書を作って」ではなく、「重要な論点を5つ挙げて」と頼み、どれを使うかは自分で決めるのです。
2つ目は、答えよりヒントを求めることです。「ゴールを達成するためのヒントを3つください」「私に質問しながら整理してください」と頼めば、自分で考える工程を残せます。社内AIなら、答えをすぐに出さず、まず利用者に考えさせるようシステム側で設定しておく方法もあります。
3つ目は、説明できない成果物をそのまま使わないことです。AIが作った文章や分析について「なぜこの結論なのか」を自分の言葉で説明できなければ、AIに理由を聞き返すことが重要です。
4つ目は、ときどきAIなしで実力を確かめることです。営業なら提案の骨子、エンジニアならデバッグ、マーケターなら分析の仮説など、重要な能力だけでも定期的に自力で試してみましょう。腕が落ちたと感じたなら黄色信号なので、速やかに軌道修正が必要です。
生成AIで30分の仕事が5分になるのは、大きな進歩です。ただし、浮いた25分と一緒に自分で考える行為まで手放してしまえば、長期的には悪影響が出る可能性があります。
交通手段が発達して歩く機会が減った結果、私たちはわざわざスポーツジムで体を動かすようになりました。生成AIが思考の負担を減らしてくれる時代には、同じように、意識して自分の頭を使う時間を作る必要が出てくるのかもしれません。



