パナソニック エレクトリックワークス(以下、パナソニックEW)は、ウェルビーイングなオフィスづくりのコンサルティングから設計・施工、運用改善までを手がけている。こうしたオフィスというと都市部の先進的な職場を思い浮かべがちだが、同社は今後、製造現場のウェルビーイングなオフィスにも注力していく。

その先駆けとなるのが、パナソニックEW 奈良工場のオフィス改修プロジェクトだ。メディア向けに開かれたWell-Being事業説明会では、同社の事業戦略とともに新しいオフィスが公開された。

  • 奈良工場の新しくなったオフィスの一部。陸上競技のトラックを思わせる赤いラインがフロアを走る。「コークリエーションジム(Co-Creation GYM)」というコンセプトを空間にも反映した

    奈良工場の新しくなったオフィスの一部。陸上競技のトラックを思わせる赤いラインがフロアを走る。「コークリエーションジム(Co-Creation GYM)」というコンセプトを空間にも反映した

  • パナソニックエレクトリックワークス 奈良工場

    パナソニックエレクトリックワークス 奈良工場

都市型オフィスから、製造現場のオフィスへ

そもそもウェルビーイングとは何だろう。WHO(世界保健機関)憲章によると、「身体的にも、精神的にも、社会的に満たされた状態」ということになる。単に体が健康であるという話にとどまらない。

パナソニックEWのWell-Being事業は、大きく「WELL認証取得支援サービス」と「Wellエンジニアリング」の2つからなる。ここではWELL認証について詳しくは触れないが、簡単に言うと人の健康や快適性という観点から建物や空間を評価する国際的な認証制度だ。

  • 労働力不足や人材獲得競争、人的資本経営へのシフトを背景に、従業員のエンゲージメントや生産性、定着率を高める手段として、ウェルビーイングなオフィス環境が注目されている

    労働力不足や人材獲得競争、人的資本経営へのシフトを背景に、従業員のエンゲージメントや生産性、定着率を高める手段として、ウェルビーイングなオフィス環境が注目されている

  • パナソニックEWのWell-Being事業。規模としては、物理的な工事やオフィス設備の導入などが発生する「Wellエンジニアリング」のほうが大きい

    パナソニックEWのWell-Being事業。規模としては、物理的な工事やオフィス設備の導入などが発生する「Wellエンジニアリング」のほうが大きい

パナソニックEWには、WELL認証に関する専門知識を持つ「WELL AP」の有資格者が35人在籍する。こうした知見を認証取得の支援だけでなく、実際の空間づくりにも生かすのがWellエンジニアリングだ。現状調査や従業員へのアンケートから始まり、コンセプトづくり、設計、施工、完成後の運用改善まで一貫して支援する。

これまでウェルビーイングなワークプレイスは都市型オフィスを中心に広がってきたが、パナソニックEWは製造現場にも対象を広げる。自らもメーカーであり、工場特有の働き方や設備、安全性などを理解していることを強みにする考えだ。

  • パナソニック エレクトリックワークス ソリューションエンジニアリング本部 Well-Being事業開発室 室長の原尚史氏。説明会では、製造現場を今後の重点領域のひとつとして挙げた

    パナソニック エレクトリックワークス ソリューションエンジニアリング本部 Well-Being事業開発室 室長の原尚史氏。説明会では、製造現場を今後の重点領域のひとつとして挙げた

壁で分かれていた2つの部門、オフィス改革はここから始まった

パナソニックEWの奈良工場は、メーターデバイスの製造・開発などを担う拠点だ。今回の改修対象は、約200人が働く約2,700平方メートルの工場内オフィスだ。以前は技術部門と品質部門の間には間仕切りがあり、物理的にも仕事の面でも分かれていたという。

そのため、部門を越えたコミュニケーションや情報共有が課題となっていた。加えて事業を成長させていくには、生産性や従業員のエンゲージメント、人材の確保・定着も考えなくてはならない。こうした背景から、単に机を並べ替えるだけではなく、働く環境そのものを見直すことになった。

  • 奈良工場のオフィス改修プロジェクト概要。約200人が働く2,700平方メートルを対象に、部門を越えた交流や「集中とリフレッシュの切り替え」といった課題の解決を目指した

    奈良工場のオフィス改修プロジェクト概要。約200人が働く2,700平方メートルを対象に、部門を越えた交流や「集中とリフレッシュの切り替え」といった課題の解決を目指した

プロジェクトでは、従業員アンケートや部門代表者へのヒアリング、ワークショップを丁寧に実施。そこで出てきたのは「部門を越えて交流したい」「集中とリフレッシュを切り替えたい」「出社したくなるような職場にしたい」といった生の声だった。

こうして生まれたコンセプトが「Co-Creation GYM(コークリエーションジム)」だ。共につくり、共に成長する場所という意味を込めた。名称の「GYM」は、ワークショップで若手社員から出た「オフィスで体を動かせたら」というアイデアがきっかけだったという。

  • 「Co-Creation GYM」の全体像。コミュニケーション/コラボレーション、マグネット/リフレッシュ、工場ならではの執務エリアを配置し、陸上トラックをイメージした動線でつないでいる

    「Co-Creation GYM」の全体像。コミュニケーション/コラボレーション、マグネット/リフレッシュ、工場ならではの執務エリアを配置し、陸上トラックをイメージした動線でつないでいる

  • 植栽を多く配置し、会話しやすいカジュアルなスペースをフロアの各所に設けている。「緑視率」を高めることは、疲労感の軽減や快適性の向上につながる

    植栽を多く配置し、会話しやすいカジュアルなスペースをフロアの各所に設けている。「緑視率」を高めることは、疲労感の軽減や快適性の向上につながる

フロアを歩いてみると、コンセプトはかなり分かりやすい。床には陸上競技のトラックをイメージしたラインが走り、スポーツをモチーフにしたピクトグラムも各所に置かれている。一方で、いわゆる先進オフィスの定番をそのまま持ち込んだわけではない。製造現場のオフィスには、都市型オフィスとは異なる独特の事情もある。

「固定席を減らしにくい」 - 工場ならではのオフィス改革

プロジェクトで難しかったことのひとつが、固定席をどうするかだった。

一般的なオフィス改革では、固定席を減らしてフリーアドレス化し、その分を交流スペースなどへ振り向けるケースが多い。しかし奈良工場では、CADを使った設計業務や品質確認、実験などがあり、固定席を必要とする社員が多かった。今後の人員増も見据え、工場側には「できるだけ多くの席を確保したい」という思いもあったという。

そこで固定席は残しながら、コミュニケーション、集中、リフレッシュなど用途の異なる場所を加えた。限られた面積の中で、座席数と新しい働き方をどちらも諦めない形を探ったわけだ。

  • 執務エリアでは多くの固定席を維持。工場ではCAD作業や実験、品質関連業務などがあり、一般的な都市型オフィスと同じようには固定席を減らせない

    執務エリアでは多くの固定席を維持。工場ではCAD作業や実験、品質関連業務などがあり、一般的な都市型オフィスと同じようには固定席を減らせない

さらに製造現場らしい設備も目に入った。品質関連のエリアには、机の上でハンダ付けなどの作業を行うための排気ダクトが並ぶ。実験設備を扱う場所では、静電気への対策も必要になる。

  • 品質関連の執務エリア。各席にはハンダ付けなどの作業に対応する排気ダクトが備わる。こうした設備を残しながらオフィス全体を見直した点も、製造現場ならではだ

    品質関連の執務エリア。各席にはハンダ付けなどの作業に対応する排気ダクトが備わる。こうした設備を残しながらオフィス全体を見直した点も、製造現場ならではだ

  • 天井に設けられた半球状のミラー。大きな荷物を運ぶこともあるため(特に前方が見えなくなる)、曲がり角などで人同士がぶつからないよう、周囲を確認できる工夫を取り入れている

    天井に設けられた半球状のミラー。大きな荷物を運ぶこともあるため(特に前方が見えなくなる)、曲がり角などで人同士がぶつからないよう、周囲を確認できる工夫を取り入れている

音への対策もある。一部の会議室には吸音材を入れ、残響を抑えた。見学時には、吸音対策をしていない部屋と行き来すると声の響き方の違いがはっきり分かった。光、音、緑、温熱、休憩環境など、WELL認証で培った考え方を、認証取得そのものを目的とせず空間へ取り込んでいる。

細かな仕掛けの一つひとつより重要なのは、従来の仕事を無理に変えるのではなく、製造現場の制約を前提に環境を改善している点だろう。

  • フロア内には、業務の合間に利用できるコミュニケーション/コラボレーションスペースやリフレッシュエリアも。固定席だけでなく、用途に応じて場所を選べるようにしている。固定席が多いなか、コミュニケーション/コラボレーションスペースはフリーアドレス的な利用も想定しているという

    フロア内には、業務の合間に利用できるコミュニケーション/コラボレーションスペースやリフレッシュエリアも。固定席だけでなく、用途に応じて場所を選べるようにしている。固定席が多いなか、コミュニケーション/コラボレーションスペースはフリーアドレス的な利用も想定しているという

  • 部門を超えたコミュニケーションの促進を目指したマグネット/リフレッシュエリア。今後はフードやドリンクも充実させていく

  • 余談だが、「National」ブランドの電子レンジが現役で稼働してる!

    余談だが、「National」ブランドの電子レンジが現役で稼働してる!

奈良工場を起点に、製造業のウェルビーイングへ

パナソニックEWが目指しているのは、オフィス設備を単体で販売することではない。従業員の声やデータから課題を探し、働き方を考え、空間として形にし、その後も効果を確認しながら改善を続けるところまでを事業にする。

今回の説明会では、WELL認証を取得したオフィスと未取得のオフィスを比較した約1万3,000人の調査も紹介され、ワークエンゲージメントでは10ポイントの差があったという(WELL認証を取得したオフィスのほうが高い)。ウェルビーイングという、ともすると感覚的になりがちなテーマを、データやエビデンスで検証しながら提案することも、パナソニックEWが強調していた点だ。

今後は都市型オフィスと製造現場のオフィスで得た知見を、さらに工場の現場や文教施設などへ広げ、将来的には海外展開も見据える。WELL認証取得支援とWellエンジニアリングを軸に、2030年にはWell-Being事業で売上高100億円を目指すとした。

  • パナソニックEWが描くWell-Being事業の展開。都市型オフィスと製造現場のオフィスを足がかりに、工場・文教などへ対象を広げ、将来的にはアジアをはじめグローバル展開も見据える

    パナソニックEWが描くWell-Being事業の展開。都市型オフィスと製造現場のオフィスを足がかりに、工場・文教などへ対象を広げ、将来的にはアジアをはじめグローバル展開も見据える

ウェルビーイングなオフィスという言葉から、ガラス張りの高層ビルや自由な席で働く姿を思い浮かべる人は多いかもしれないが、固定席が必要で、実験設備があり、安全や品質にも厳しい条件がある製造現場でも、働く環境を変える余地はある。奈良工場は、パナソニックEWがその市場を広げていくための足がかりとなる事例だ。