世界では人口増加や気候変動により淡水不足が深刻化し、「海水淡水化技術」の重要性が高まっている。海水に圧力をかけて半透膜を通す「逆浸透膜法」が一般的な手法だが、淡水の生成後に塩分が濃縮された「ブライン(濃縮塩水)」が廃水として残される。世界全体では、年間約35兆Lの淡水生産において、約50兆Lのブラインが発生している。
このブラインには、ナトリウム(Na)やマグネシウム(Mg)などの有用元素が高濃度で含まれるため、回収が試みられている。しかし、既存手法は薬品消費や廃棄物の発生、電力消費といった課題を抱えていた。東京科学大学(科学大)では、液体金属スズにブラインを直接接触させることで、淡水とMgを同時に回収する技術を開発済みだが、Mgに加えて塩素(Cl)や硫黄(S)も同時に回収してしまうため、利用用途が限定される点が課題だった。
そこで科学大は、高真空下で加熱する「真空脱気技術」を導入することで、ブラインと接触させた液体金属スズから、ClやSを塩化水素(HCl/DCl)、塩素ガス(Cl2)、二酸化硫黄(SO2)、硫化水素(H2S)などの気体として除去し、その後に液体金属スズを冷却することで、推定99%以上のMgを回収する新たな技術を8月27日に発表した。
同成果は、科学大大学院 工学院 機械系の堀川虎之介大学院生、科学大 総合研究院 ゼロカーボンエネルギー研究所の近藤正聡准教授らの研究チームによるもの。詳細は、海水や地下水、排水の淡水化処理技術を扱う専門論文誌「Desalination」に掲載された。
海水淡水化後の課題
従来の研究から、液体金属スズにブラインを直接接触させることで、淡水を生成しつつ、Na、Mg、カルシウム、カリウムなどの海水中に存在する資源をスズ中に取り込み、冷却によって回収できることが示されていた。
しかし、その際にClやSも取り込んで硫酸マグネシウムなどの化合物を形成してしまう。同化合物は工業材料としての用途は比較的限定されるため、より幅広い産業用途を持つ金属Mgや酸化マグネシウム(MgO)の形で回収することが望まれていた。
そこで研究チームは今回、その課題解決に向け、ブラインを取り込んだスズを高真空下で加熱する真空脱気技術を導入することにしたという。
今回の研究成果
実験では、真空脱気で発生するガスを正確に識別するため、通常の水の代わりに重水(D2O)で調製した人工ブラインが使用された。まず、約8gのスズを573〜673K(約300〜400度)で溶融させ、その液面に室温の人工ブラインが毎分0.1mLの速度で滴下された。ブラインが液体金属スズに触れると、水分は蒸発・凝縮して回収される一方で、Mgなどのブライン由来成分は液体金属スズに取り込まれる仕組みだ。
次に、ブラインを取り込んだ液体金属スズをそのまま真空装置に接続し、10^-3Pa級の高真空下で、573または673Kから973K(約700度)まで毎分2.5Kで時間をかけて加熱された。973Kで約10分保持し、その間に液体金属スズから真空脱気により放出されるガスが測定された。その結果、スズ中に取り込まれたClやSなどが、HCl、DCl、Cl2、SO2、H2Sなどのガスとして放出されることが確認された。真空脱気前後の液体金属スズの質量変化から、ブライン由来の気体成分の約59〜67%が除去されたと見積もられた。
その後、真空状態を維持したまま、液体金属スズが973Kから融点である505K(232度)付近まで毎分2.5Kで冷却された。温度が下がると、液体金属スズ中の金属元素の溶解度が低下し、「コールドトラップ効果」で析出物が形成される。この析出物の断面を詳細に観察したところ、Mgを多く含む析出物は、Naを多く含む析出物よりも固化したスズに近い位置に形成されていることが明らかにされた。
さらに、673Kで20mLのブラインを処理したところ、析出物のMg濃度は元のブラインの最大約280倍、Mg/Na比は最大約5,300倍であることが確認され、MgをNaなどから選択的に濃縮できたことが示された。
液体金属スズに取り込まれたMg量と、析出・回収後にスズ中に残ったMg量を評価したところ、取り込まれたMgのほぼ全量に相当する99%以上を回収できる可能性が示されたという。さらに、析出物を切断・研磨して結晶構造を解析した結果、Mgを多く含む析出物の主要な結晶相はMgOであることが判明した。
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電界放出形走査電子顕微鏡/電子線後方散乱回折法(FE-SEM/EBSD)の分析結果。(a)析出物断面の電子顕微鏡画像(低倍率、走査電子顕微鏡像)。(b)析出物断面の電子顕微鏡画像(高倍率、走査電子顕微鏡像)。(c)析出物断面の電子顕微鏡画像(高倍率、反射電子像)。(d)EBSDによる析出物の結晶相分布。(e)結晶粒界分布。(f)アルゴンイオンで表面を削った直後のMgOが多い領域のEBSD結晶相分布 (出所:科学大Webサイト)
今回開発された技術は、従来のアルカリ添加による沈殿法と比べ、Mgの濃縮・分離に大量の薬品を必要としないため、薬品使用量や廃棄物発生量の低減が期待されるとする。
さらにこの回収プロセスでは、液体金属スズの加熱に太陽熱や高温の産業排熱を利用できる可能性があるという。概念設計では、このMg回収に必要な真空脱気の電力消費量は、理想条件で約1.7kWh/kg-Mgと試算され、従来のアルカリ沈殿法や電解法よりも低減できる可能性が示された。
加熱源に太陽熱を利用すれば、特に日射量の多い地域での効率のよい海水淡水化とMg回収の実現が期待できるとする。たとえば、水不足が深刻で日射量の多いエジプトを想定した1モジュールの概念設計では、直径15mの太陽熱集光器の利用により、1日約970kgの淡水と約2.8kgのMgを回収できる計算だ。
また将来的には、複数モジュールの並列化や産業排熱の活用により、水不足への対応と、「掘らない資源開発」を同時に実現する新しい海水利用技術へ発展することが期待されるとする。
研究チームは今後、液体金属スズを循環させる連続式の実証装置を構築し、淡水製造→真空脱気→Mg析出・回収→液体金属スズの再利用を連続的に行うシステムの実証をめざすという。さらに、長期運転における液体金属スズの安定性、構造材料との共存性、Mg回収物の精製方法、エネルギー消費量や経済性などを明らかにし、海水淡水化プラントへの社会実装につなげていくとした。将来的には、海水淡水化プラントを「水と資源を同時に作る施設」にすることをめざすとしている。

