戦後81年が経った今  【 私の雑記帳 】

『新しい国のカタチ』の構築

 

 今年の8月15日(土)の終戦記念日も各地で戦没者を追悼し、平和を祈念する集会が行われた。

 今年は81回目の終戦記念日。昭和、平成、令和とこの間に元号は変わったが、昭和で言えば〝昭和101年〟を迎えたことになる。この昭和100年間、日本は〝不戦の誓い〟を新たにしてきたのだが、世界ではさまざまな出来事や戦争が起きてきた。

 近隣では、中国共産党が実権を握った中華人民共和国が成立(1949年)、朝鮮動乱(1950年)も発生。アジアでは欧米列強の植民地だった国々が次々と独立。インド、インドネシア、フィリピンなどの国々である。植民地支配は20世紀後半になると、次々と姿を消していくが、紛争や戦争の火種は残った。

 ベトナム戦争、アフガン戦争もあった。中東地区では、4度の戦争を体験。今のイスラエル対イスラム過激組織との戦闘はさらに、イランとの戦争にまで拡大。イスラエルを支持する米国も直接戦争に参加、イランとの間で依然緊張関係が続く。

 なぜ、戦争は続くのか? 今年の日本の終戦記念日で戦死者を悼み、手を合わせながらも、複雑な思いを胸に抱く人も多かったと思う。

 この混沌とする世界状況の中で日本はどんな理念で『国のカタチ』をどう構築していくか。

 

国の基本軸とは

 

 日本自身、近代化を果たした明治維新(1868年)以降の約160年の間に、欧米に追い付き追い越せと踏ん張り、先進国入りを果たした。維新から1945年(昭和20年、敗戦)の約80年間、独立国として奮闘したが、連合国軍に敗れた。

 日本は焦土の中から、復興を果たし、米国を中心としたGHQ(連合国軍総司令部)の占領を約7年間体験。サンフランシスコ講和条約の調印を経て、ようやく主権を回復したのは1952年(昭和27年)である。

 この講和条約の調印時も国内はモメた。資本主義・自由主義陣営との単独講和でいくのか、あるいは社会主義・専制主義陣営との協議も含めての全面講和でいくのかを巡っての対立。結果、日本は単独講和で臨み、自由主義陣営に加わったという経緯。

 戦争は終わったが、新たに自由主義(西側)と社会主義(旧ソ連、中国などの東側)との東西冷戦の対立構造がこの時、すでに生まれていた。

 歴史はなかなか一直線には進まない。どの国も国益第一で臨むし、その利害調整が外交の舞台でうまくいかない場合は武力で結着、つまり戦争でケリをつけるというのがこれまでの歩み。

 それではいけないと、第1次世界大戦後に国際連盟がつくられたが、それもいつの間にか崩壊し、第2次大戦後は今の国際連合が結成されたが、これも無力化しているのが実情。

 そういった中での日本国の基本軸をどう構築し、国のカジ取りをどう進めるかという命題である。

経団連常務理事・岩崎一雄の【 書評 】 『未来思考2045』