
政府は8月5日、来年4月から2年間、飲食料品の消費税率を現行の8%から1%に引き下げる方針を閣議決定した。2月の衆院選で自民党が公約に掲げ、総裁である首相の高市早苗にとっても「悲願」の実現に向けて大きな一歩を踏み出したわけだが、年5兆円規模の財源について明確な説明はない。2029年4月からは8%への「増税」ともなる。日米で久々に協調介入した円相場は依然流動的で、市場の信認を得られるかどうかも不透明だ。日本経済は先の読めない状況に突入した。
財源の詳細な説明なし
今回の消費税率1%は、税額控除と現金給付を組み合わせた給付付き税額控除(2029年4月導入)の「つなぎ」との位置づけとなる。1%分の税収に相当する年6000億円は中低所得者向けの現金給付に充て、「実質ゼロ%」とする。
高市は減税方針を閣議決定した5日、記者団に「税・社会保険料負担や物価高に苦しんでいる中低所得の負担軽減が現下の最重要課題であり、これをできる限り早期に実現したい」と意義を説明した。
今後詳細な制度設計を進め、9月に税制改正大綱を決定し、秋に召集予定の臨時国会に関連法案を提出、成立させ、来年4月から導入する日程を描く。実現すれば、1989年4月に3%で導入して以来、消費税は初めて税率が下がることになる。
2年間で約10兆円となる減税分の財源について、高市は「税収動向などを見極めつつ、歳出・歳入両面の見直しを進める」「租税特別措置・補助金の見直しをさらに深掘りする」と語り、外国為替資金特別会計(外為特会)から財源を確保する可能性にも触れた。ただ、詳細には言及しなかった。
一方で高市は、規模が拡大傾向にある近年の補正予算の傾向を踏まえ、編成の在り方の見直しに意欲を示した。2020年の新型コロナ禍以降、感染症対策や物価高対策で補正予算は10兆円をはるかに超えることが常態化している。補正予算に投入する財源を消費税減税分に充てる意向を示した形だが、これも具体的な議論は今後となる。
物価高対策を強調する高市だが、そもそも減税効果があるかどうかは不透明だ。飲食料品の減税は高所得者も中低所得者も等しく恩恵を受ける。政府の試算によれば、税率が1%となった場合の飲食料品の消費税負担額は、年収200万円以下の世帯で年4.6万円なのに対し、1500万円以上では8.8万円で、消費額の大きい高所得者ほど減税効果が大きくなる。また、中東情勢が不透明な中、石油をはじめとする資源供給が滞れば、さらなる物価高が想定され、減税効果が相殺される懸念もある。
「悲願」は本当か
何より打撃を受ける可能性が高いのが外食産業や農家だ。
レストランなどの店内で食事をする場合、消費税率は従来通り10%のままだが、テイクアウトは現行の軽減税率8%から1%となり、外食との税率差は2%から9%に広がる。店内で飲食するよりも「お得」であり、外食離れが進むことが予想される。テイクアウトが広がり、収入増になればいいが、テイクアウトを増強するには支出増が避けられない。政府は何らかの支援策を検討しているものの、現時点で具体案は示されていない。
農家の場合、売上高が年間1000万円以下であれば、消費税の納税義務が免除される「免税事業者」を選択できる。取引先から代金として受け取った消費税相当分は「益税」と呼ばれ、現在は8%分が事業者の利益となっている。消費税率が1%になれば当然、益税は減る。一方で資材や肥料などの仕入れにかかる消費税は従来通り10%分を支払う必要があり、収益が減ることになる。日本の農家の約8割は免税事業者に該当しているというが、政府の具体的な支援策は決まっていない。
さまざまな問題をはらむ消費税減税だが、高市の「思い」への疑問も浮かぶ。
高市は衆院の解散を表明した1月19日の記者会見で、消費税減税について突如、「私自身の悲願だった」と言い出した。「悲願」とは、ぜひとも成し遂げたいという悲壮な願いを意味する。一般的には「長い間思い続けてきた願い」とのイメージだが、確認できる限り高市が消費税減税について「悲願」と述べたのは、この日が初めてだった。
むしろ減税には慎重だった気配もある。昨年秋の自民総裁選で減税を強く訴えた形跡はない。後見人のような位置づけだった副総裁の麻生太郎が長年財務相を務め、減税に慎重だったことに配慮したのは明らかだった。
昨年10月に自民と日本維新の会が連立政権を組むにあたり、合意書に「飲食料品については、2年間に限り消費税の対象としないことも視野に、法制化につき検討を行う」と明記した。ゆるやかな表現であり、「悲願」との熱意は感じられなかった。
2月の衆院選では、チームみらいを除く全党が何らかの形で消費税の減税を公約に掲げた。自民は昨年7月の参院選では減税に慎重だったが、結果は惨敗だった。衆院選では一転、消費税減税を訴えることで、他党との争点化を避ける狙いがあったとみられる。結果、消費税減税は大きな争点とはならずに自民は大勝し、高市の戦略勝ちだったと言える。
「増税」が火種に
もっとも、自民の公約は消費税減税について「実現に向けた検討を加速」としか書いていなかった。党内の減税反対派はこれをもって、公約に「明記したわけではなかった」(元経企庁長官の船田元)と主張したが、これも無理筋と言える。
高市は選挙期間中に盛んに実現を目指すと訴え、事実上の公約となっていた。急な解散・総選挙に伴う公認候補の擁立と公約策定でドタバタしていたとはいえ、減税反対の声を上げた候補はほとんど見当たらなかった。自民公認で当選した以上、半年近く経過して異論を挟むのは「『後出しじゃんけん』であり、卑怯だ」(自民幹部)との怨嗟の声もある。
反対・慎重派には反高市の勢力が目立ち、政局の気配も漂う。自らの失政で政権を投げ出した前首相の石破茂が「安定した財源が消費税だということが一番大事なポイントだ。安定した財源は見つかっていない」と批判したのをはじめ、自民税制調査会の非公式幹部会合(インナー)のメンバーを辞任した小渕優子、元外相の河野太郎、元防衛相の稲田朋美、元総務相の村上誠一郎ら減税反対派は高市と距離を置く議員が目立つ。
先述の通り、減税に反対の麻生でさえ、「首相の決断」を尊重した。幹事長の鈴木俊一も財務相経験者でありながら異論を唱えなかったにもかかわらず、反高市勢力の「反乱」は、自民の混乱を象徴することになった。
別の意味での火種も残る。自民幹部は、29年4月に消費税率を8%に戻すことについて、高市が7月30日に発した「私が責任を持って、確実に税率を元に戻していく」との言葉を聞き、ため息交じりに「やはり長期政権を考えているのか……」と漏らした。
高市の自民総裁としての任期は、途中で辞任した石破の残りの27年9月までで、同時期に総裁選が行われる。今年2月の衆院選で自民を大勝に導いた高市は無投票再選を目指しており、再選されれば次の任期は30年9月までとなる。飲食料品の消費税率は29年4月から8%に戻るので、当然、高市政権下で行われることになる。
問題は、総裁選の無投票再選が思惑通りに実現できるかどうかだ。来年3~4月には4年に1度の統一地方選がある。高市政権への審判とはなりにくいが、うまく乗り切ったとしても、28年夏には参院選が控えている。
自民は62議席が改選となる。彼らが当選した22年参院選は、投票日直前に元首相の安倍晋三が殺害され、「弔い合戦」の様相を呈した結果、自民は改選124のほぼ半数を獲得する勝利だった。しかし、石破政権下で行った24年参院選で39議席と惨敗し、参院全体でも過半数割れした。28年参院選で自民が22年の62議席を獲得したとしても100議席あまりにとどまり、維新の現19議席を足しても過半数に届かない。
しかも28年参院選は、「増税」が争点になる可能性が高い。29年の8%への引き上げを前に、今回の減税に反対した野党が高市自民を追及するのは必至だ。国民民主党や中道改革連合などの野党は今年2月の衆院選で消費税減税を訴えていた。完全廃止のれいわ新選組(現いのちの党)なども含めれば、チームみらい以外の全政党が消費税の減税を主張していた。
財務省の元幹部は、今回、中道や国民民主が減税に賛同しなかったことについて「28年参院選の争点にする考えではないか」と見る。今回の減税に賛同すると、参院選で自民との違いをアピールすることができない。むしろ今回反対することで、「高市増税」を追及する考えではないか─との見立てだ。
まさかの衆院解散も
一方、ある自民党幹部は「高市さんは『増税の是非』を理由に衆院を解散し、衆参同日選を狙っているのではないか」と語る。28年参院選にあわせて衆院を解散し、「増税」への決断について国民に信を問うというわけだ。
消費税を巡る衆院解散・総選挙は、高市が敬愛する安倍が首相時にとった戦術でもある。安倍は14年11月、15年10月に消費税率を8%から10%へと引き上げることを1年半延期する考えを表明し、衆院を解散した。衆院選は自民が大勝した。
安倍は参院選直前の16年6月にも、10%引き上げを19年10月へと再延期することを表明した。その参院選に勝利すると、17年9月には、社会保障費の財源とする予定だった増税分の一部の使途を変更し、教育無償化に充てる意向を表明して再び衆院を解散。このときも自民は圧勝し、安倍は結果的に史上最長の連続7年8カ月、通算でも8年8カ月の長期政権を築いた。
安倍は増税延期などを解散の理由にしたが、今回は増税そのものが焦点となる。ところが、先の自民幹部は「高市さんが安倍さんのように増税を見送って衆院を解散し、衆参同日選に持ち込む可能性はある」と推察する。増税見送りは当初の約束と異なるからだ。そして選挙に勝利した暁には、「国民の信を得た」と訴え、消費税率を引き上げないまま、29年4月の給付付き税額控除の導入につなげるのではないか─との観測だ。
とはいえ、飲食料品の消費税率が1%の恒久減税となれば、いよいよ財源の問題がつきまとう。高市は国内総生産(GDP)比で現在2%、約9兆円の防衛費の増額も目指しているが、こちらの財源もあてがない。高市は増税の財源としての国債発行を否定しつつ、「積極財政」による投資拡大で税収増を狙っているとみられるが、確実性は乏しい。日本の財政はますます混迷を深めている。(敬称略)