自然界に存在しないとみられる新しいウイルスの全ゲノムを生成AIに設計させ、その「設計図」からDNAを合成して実際に増殖機能があるウイルスを作り出すことに成功した、と米スタンフォード大学などの研究グループが発表した。できたのは人や動物に感染するウイルスではなく、細菌に感染するウイルスである「バクテリオファージ(ファージ)」。研究グループは、新しいファージを使った療法など生命科学分野での応用に期待するとともに安全対策の重要性も訴えている。論文は8月6日付の米科学誌サイエンスに掲載された。
研究グループはまず、ウイルスを含むさまざまな生物のDNA塩基配列を学習した「Evo 2」と呼ばれる生成AIモデルを開発した。こうした「ゲノム言語モデル」は、大量のDNA配列を学習し、既に並んでいる配列に続く塩基を、文章の続きを書くように予測する。
同グループはEvo 2に、実在するファージ「ΦX(ファイ・エックス)174」の短いDNA配列を手掛かり情報として与え、特定の大腸菌を標的に感染する新しいファージのゲノム配列を数千種類生成させた。この中からファージとして機能する可能性が高い約300種類をコンピューターで選び、Evo 2が作った設計図を基にDNAを実際に合成。大腸菌に入れて働きを調べた。
その結果、16種類が大腸菌に感染して増殖し、細胞を破壊する能力を持つことが確認された。このうち一部は、元のΦX174よりも高い増殖能力を示した。ファージを構成する個々のタンパク質だけでなく、感染・増殖に必要なゲノム全体を生成AIで設計できることを示した成果だ。
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ゲノム設計AI「Evo 2」が生成したタンパク質構造を確認する米スタンフォード大学工学部助教のブライアン・ハイ氏(左)と共同研究者(右)(Andrew Brodhead/米スタンフォード大学工学部提供)
設計の手掛かりに選んだΦX174は、約5400塩基からなる一本鎖DNAを持つ。約30億塩基あるヒトゲノムと比べると極めて小さいが、11個の遺伝子が詰め込まれ、大腸菌に感染して細胞を破壊する能力を備えている。このため、Evo 2がウイルスのゲノム全体を設計できるかを試す対象として適していたという。
研究グループはEvo 2を無償で公開している。今回作製した16種類のファージを組み合わせると、元のΦX174が効かなくなった大腸菌にも作用した。複数の異なるファージを混ぜることで、細菌がすべてのファージに同時に耐性を持つことを難しくできる可能性があるという。
薬剤耐性菌への対応は世界的な公衆衛生上の課題になっている。研究グループは、将来は結核菌や緑膿菌、MRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)などを標的とするファージを設計し、細菌感染症の治療に使う「ファージ療法」に応用できる可能性があるとしている。緑膿菌は、薬剤耐性を伴う院内感染の主要な原因菌の一つとして知られる。
今回の成果はAIだけの力で得られたわけではない。AIが生成した数千の候補から研究者がコンピューターも使って有望なものを選び、DNAを合成して実験で検証する作業が不可欠だった。AIが全く未知のウイルスを自由自在に創造したと捉えるのは早計で、自然界で進化してきたゲノムの規則をAIが学習し、学習成果として新しい塩基配列の組み合わせを提示したと捉えることができる。
スタンフォード大学工学部のブライアン・ハイ助教は「16種類のファージからなるこの『カクテル』が天然のファージのΦX174に耐性を持ってしまった大腸菌の抵抗力を速やかに打ち破ることを明らかにできた」などとコメント。ファージ療法などへの利点を強調した。その一方、ウイルス設計ツールが改変され、悪用される可能性も認めた上で、AIモデルに安全性を確認する仕組みを組み込むことなど、開発と安全対策を並行して進める重要性を指摘している。
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