「科学とイノベーションが切り拓く我が国の未来」と題した令和8(2026)年版科学技術・イノベーション白書を文部科学省がまとめ、政府が閣議決定した。政策の指針となる5年間の「第7期科学技術・イノベーション基本計画」の初年度に当たることから、ノーベル賞受賞者の功績などを交え、政策の方向性をひもといた。

白書は例年通りの2部構成で、7日に閣議決定した。第1部は毎年、切り口を変えた特集で、人工知能(AI)に焦点を当てた令和6年版、科学技術政策の軌跡をまとめた7年版に続き、基本計画のキーワードの一つ「科学とビジネスの近接化」を切り口に、政策の方向性を解説した。

ノーベル賞の2人、基礎研究が社会的価値へ結実

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    令和8年版科学技術・イノベーション白書の表紙(文部科学省提供)

第1章では科学とビジネスの近接化を解説。ノーベル賞を受賞した2人の日本人の成果を例に、科学技術の成果からイノベーションが起き、ビジネスにつながる流れをまとめた。

科学への官民の投資が巨大化し、基礎研究から段階を経て事業化に至るのでなく、科学とビジネスや社会変革との境界が曖昧になり、混然一体に展開するようになった。科学の知見がビジネスや社会課題の解決に不可欠となり、科学とビジネスが近接化した。研究者の知的好奇心や探究心による基礎研究が、産業や変革の種を生み、高度人材を育てている。

地政学リスクの高まりや自国第一主義の台頭など、国際秩序の不確実性が増大する中、科学技術・イノベーションは、安全保障や外交を含む国力の源泉の性格を強めている。研究開発の促進が、わが国の優位性強化や産業創出の鍵となる。世界の変動を見据えた戦略性と、不確実な未来に対応できる多様性を備えた科学の力が不可欠だ。

2025年、坂口志文(しもん)・大阪大学特別栄誉教授がノーベル生理学・医学賞を、北川進・京都大学特別教授が化学賞を受賞した。坂口氏は体内の免疫反応で、正常な細胞を攻撃しないよう制御する「制御性T細胞」を発見し、その発生や機能の制御を行う遺伝子も特定。自己免疫疾患などの原因や発症に関わる仕組みの解明に大きく貢献した。自己免疫疾患の治療や予防だけでなく、がんの免疫治療や転移の予防、臓器移植への応用なども期待されている。また北川氏は、金属イオンと有機物がつながり、分子レベルで多数の穴を持つ材料「金属有機構造体(MOF)」を開発した。多くの物質を取り込んで貯蔵や濃縮ができる。さまざまな種類を容易に作れ、刺激や取り込む分子に応じて構造も変えられる。ガスの貯蔵や分離、濃縮に応用できる新材料として高く評価されている。

両氏の基礎研究の成果が、企業との共同研究やスタートアップ企業の創出に発展。経済的付加価値を生み、国力の重要な基盤となっている。両氏とも政府の支援などを活用して研究を進め、成果を上げた。こうした事例からも分かるように、引き続き、基礎研究をはじめとする研究への支援が重要となる。基礎研究で得られた知を社会に役立てる手段として、企業との共同研究や技術移転機関(TLO)を介した研究成果の移転、研究成果を生かしたスタートアップ企業の創業などがある。

「スペシャルコラム」とし、坂口氏や北川氏、また両氏の成果を社会に繋げるベンチャー企業の関係者のインタビューを掲載した。

科学の再興…第7期基本計画が目指すもの

第2章では、第7期科学技術・イノベーション基本計画で目指す政策を解説。わが国の「科学の再興」に向けた取り組みや、重要な戦略技術領域に対する支援などを紹介した。

基本計画は、政府が科学技術・イノベーション基本法に基づき、施策の中長期の羅針盤として5年ごとに策定する。第7期計画は今年3月に閣議決定。わが国の反転攻勢を目指し、抜本的改革を打ち出した。

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    文部科学省=東京都千代田区

科学とビジネスの近接化に加え、世界の競争環境に根本的に影響している大きな潮流が3つある。(1)AIや量子、バイオテクノロジーのような、経済や社会、安全保障に決定的影響を与える「ディスラプティブ(創造的破壊をもたらす)テクノロジー」をめぐる国際競争の激化(2)科学技術・イノベーション政策を国家安全保障の中核と位置付ける動き(3)AIが研究支援のツールにとどまらず、仮説生成からシミュレーション、実験、データ解析に至る全過程に組み込まれた「AI for Science(フォー・サイエンス)」の急拡大。

こうした激変の中、わが国の研究力は次のように低下傾向にある。(1)注目度の高いトップ10%補正論文数で世界4位から13位に低下し、国際研究コミュニティーで存在感が低下(2)若者が経済的不安や進路の展望の不透明さから進学を躊躇(ちゅうちょ)し、人口当たりの博士号取得者が諸外国の3分の1程度と停滞(3)主要国が研究開発費を大幅に増強する中、わが国は伸び悩み。

第7期基本計画は、研究者や高度専門人材、起業家、投資家などが組織の壁を越えて交わるため、従来の組織単位のマネジメントから脱却し、各組織が機能ごとに連携、補完し合う「レイヤー(層)構造」への転換を図ることを目指した。

計画は6つの柱として(1)知の基盤としての「科学の再興」(2)技術領域の戦略的重点化(3)科学技術と国家安全保障との有機的連携(4)産学官を結節するイノベーションエコシステム(生態系、共存関係)の高度化(5)戦略的科学技術外交の推進(6)推進体制・ガバナンス(統治)の改革――を掲げた。このうち(6)では2026~30年度の政府研究開発投資を60兆円、官民で180兆円を目標としたほか、基盤的経費の確保、国立大学法人運営費交付金の大幅拡充、総合科学技術・イノベーション会議(CSTI)の強化などを盛り込んだ。これらを推進し、トップ10%補正論文数を現状の世界13位から、10年以内に3位へ引き上げる。

政府の日本成長戦略本部は昨年11月、分野横断的な課題として「新技術立国」を掲げた。高市早苗首相は同月、CSTIに対し、新技術立国が第7期基本計画を礎とし、技術の社会実装や産業分野の育成を促進するものと指示。経済産業省の小委員会は「技術で勝って、ビジネスでも勝つ」ための施策の方向性5点をまとめた。

知を豊富に生み、優位を取り戻す

白書は、科学の再興とはわが国が時代背景や将来を見通し、知を豊富に生み続け、研究の優位性を取り戻すことなどと解説。具体的には、研究者がパートナーとして各国から求められることや、わが国が優秀な人材が集まる主要なハブ(拠点)となることを目指す。戦略性や多様性を備えた科学の基盤を再構築することが、少資源国が将来を切り開く道になると指摘した。

再興のための改革の観点として(1)わが国全体の研究活動の行動変革(2)世界をリードする研究大学群の実現に向けた変革(3)大学や国立研究開発法人などへの投資の抜本的拡充――を挙げた。具体的な取り組みとして、世界トップの研究水準を目指す大学を支援する「国際卓越研究大学制度」や、地域の中核大学や特定分野に強い大学を支援する「地域中核・特色ある研究大学強化促進事業(J-PEAKS)」、先端的な研究設備や機器を充実させ共用化を進める「先端研究基盤刷新事業(EPOCH)」を紹介した。

わが国の戦略的に重要な技術領域として、第7期基本計画で「新興・基盤技術領域」と「国家戦略技術領域」を設定した。新興・基盤技術領域の対象は造船、航空、デジタル・サイバーセキュリティー、農林水産、資源・エネルギー安全保障・GX(グリーントランスフォーメーション=化石燃料からクリーンエネルギー中心の社会への転換)、防災・国土強靱(きょうじん)化、先端医療、製造・マテリアル(重要鉱物・部素材)、モビリティー・輸送・港湾物流、海洋、防衛産業、AI・先端ロボット、量子、半導体・通信、バイオ・ヘルスケア、フュージョン(核融合)エネルギー、宇宙――の17分野。これらのうちAI・先端ロボット以降の6分野を国家戦略技術領域の対象とした。

国家戦略技術領域への支援の例として、人材育成や研究開発税制の強化、スタートアップ企業などの支援、企業が普及させ(オープンにし)たい技術と独占し(クローズにし)たい技術を使い分ける「オープン&クローズ戦略」の策定支援、国際連携の強化を挙げた。

産学官が結節し、国際競争力のある拠点の構築などによりイノベーションエコシステム(共存関係)の高度化を図る。そのため、世界で競い成長する研究大学群の実現や、日本経済を牽引(けんいん)するスタートアップ企業を輩出するエコシステムの形成、地域イノベーションや知的財産・標準戦略の推進に取り組む。

第2部は政府が昨年度に取り組んだ科学技術・イノベーションの振興策をまとめた。「科学技術と安全保障の連携強化~防衛科学技術委員会(DSTB)~」「微生物が拓く海洋プラスチックごみ問題のない未来」「ドローンで空中から地下を調べる技術の開発 磁気測定による地下の脆弱部の可視化」などのコラムも盛り込んだ。扉絵は基本計画の6つの柱を支えとして、科学技術の営みが社会に活用され、未来を切り開く姿を表現している。

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    扉絵。科学技術の営みが社会に活用され、未来を切り開く姿を描いた(文部科学省提供)

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