「AI Driven Design Company」(AI駆動型デザインカンパニー)をコンセプトに掲げるデザイン会社のグッドパッチ。そんな同社では、2026年3月、CEOの土屋尚史氏はバックオフィス部門を除く事業部門の全社員に対して、Anthropicのコーディングツール「Claude Code」を使い「3月中に1つのアプリケーションを開発し、デプロイまで完了せよ」と大号令をかけた。本稿では、同氏に当時の状況や、同社におけるAI活用の考え方について話を聞いた。
Claude Codeとの出会いでAI活用の認識が一変
グッドパッチでは、OpenAIの「ChatGPT」が登場した際、いかに会社の戦略としてAIを取り入れていくかの議論をスタートさせ、2025年にAI Driven Design Companyをコンセプトに掲げた。土屋氏は「デザインの領域でAIの活用に加え、事業に活かす状態を目指すために3年間取り組んできました」と話す。
同氏自身は昨年までは対話ベースでの使い方がメインであり、当時社内ではGeminiで各部門の業務を一部自動化するGemの作成や、NotebookLMの活用などにとどまっていた。しかし、大きな転換点が訪れる。Claude Codeと、AIモデルの「Claude Opus 4.6」の登場だ。
その時の様子について、土屋氏は「それまでは、チャットで聞くぐらいだったAIの活用がソフトウェアを誰でも作れる世界観にフェーズが完全に変わったなと感じました。そのため、自分自身も取り組まなければマズいと感じて、2月にClaude Codeを使い始めました。その際、過去に当社で年間300万円で利用していたSaaS(Software as a Service)と同等のものができないかと考えました。そして、実際にClaude Codeで構築したところ、LP(ランディングページ)も含めて、半日ほどで同等の機能のものが作れてしまったのです」と振り返る。
これをきっかけに、同氏はClaude Codeにのめり込むようになる。業務上の課題などを中心にソフトウェアやAIエージェントとして実装し、1カ月で20以上のアプリケーションを開発したという。
また、同氏のパーソナルAIエージェントを作成。ChatGPTやGemini、Grokの検索結果を横断的に比較・統合し、1つのレポートとしてまとめている。また、Slackと連携して同氏へのメンションに「タスク」という文字列が含まれているものを抽出し、タスクが集約・通知されるように設計。四半期で約1100のメンションを分析して、AI代替可能レベルを算出し、電子契約署名プロセスの自動化などを図っているという。
採用では人事部門の担当者が「土屋シミュレーター」と呼ぶAIツールを作成し、従来は面談すべきか否かすべてを人事部が同氏にメンションして相談・確認していたが、過去の合否観点・選定基準を言語化して応募者面接の可否などを判断している。
Claude Code全社導入の壁
こうした自身の取り組みの中で土屋氏は、社員に対してClaude Codeでのアプリ作成に取り組んでもらわなければと強く思い、大号令をかけたというわけだ。しかし、デジタルネイティブかつAIに親和的に見える同社でさえ、AI活用の全社浸透は「むちゃくちゃ苦労しました」と同氏は振り返る。
しかし、Claude Codeによるアプリ作成の大号令を発しても、デザイナーや営業などの非エンジニアにはハードルが高く、当初は半数近い社員が様子見の姿勢だった。そのため、同氏は「普段はトップダウンで物事を進めることは少ないのですが、楽観論を排して進捗の厳格化に舵を切りました」と話す。
大号令に際し、Claude Codeによるアプリ作成の過程や学び、デプロイしたアプリについて社内イントラに記事を執筆・公開するよう社員に通達していたが、進捗の厳格化にあたり、土屋氏はClaude Codeで毎日自動更新する社内イントラ記事を構築。アプリ作成のk時を自動収集することで、いつ誰が書いたかを自動的にチェックし、全員が取り組むまで進捗を管理した。
同氏は「毎朝9時に進捗まとめの記事が更新されるのですが、執筆済みの社員と未提出の社員を把握していました。あまり、取り組みが芳しくなかったので2週間が経過したあたりからSlackで『執筆していない人を把握しています』と示唆し、残りの1週間はマネージャだけが参加するチャンネルで、マネージャ人には『書いていないメンバーに対して、取り組むように指示してください』と厳命しました。ここまでのトップダウンに至ったのは“AIを活用しなければ”という危機感を私自身が強く持っていたことにあります」と力を込める。
非エンジニアも開発 - 185人が295記事・217アプリを作成
結果的に、期限となっていた4月頭には185人が社内イントラに「Claude Codeによるアプリ作成」関連の記事が295件、アプリケーションは217が作成された。そのほかにも活用術・ノウハウ系の社内イントラ記事が44件、記事・文書系が17件、分析・調査・比較系が16件とナレッジが蓄積され、コーディングの経験がない57人のうち49人と86%がデプロイまで到達した。
また、投稿された記事の97%に振り返り、59%には取り組みの失敗や苦労がそれぞれ記載されていたという。
実際、記事をAIで構造化分析したところ、最も多いテーマは「自分の負から始めとる強い」(52%)となり、土屋氏が注目したのはその次に多かった「何を作るかが問われる」(49%)だったという。
同氏は社員に対して「この10年で一番楽しいというポジティブな動機付けを伝えました。全社導入は規模により可能性は異なりますが、当社の規模(200人)では迅速に導入することが競合優位性につながると判断しました。大半の企業では全社導入は難しい側面もあり、だからこそいち早く取り組むことで差別化を図りました」と説く。
ROIよりも投資フェーズ、AIによる業務変革が進展
このように、早期にClaude Codeの導入を進めた同社ではあるが、昨今ではROI(Return On Investment:投資収益率)の課題は無視できないだろう。
その点について土屋氏は尋ねてみると「現時点で厳密なROIの算出は難しいですが、全社の使用量はシニアに近いメンバーの月あたりの人件費1人分です。これにより、採用におけるミスマッチの低減につながっています。特に稼働が逼迫している経営企画室はAIがなければ2人の採用が必要でしたが、不要となっています。現時点ではROIよりも投資フェーズであると判断しています」と話す。
さらには、ドメイン知識を持つ非エンジニアの自走も顕著であり、人事畑20年のCHRO(最高人事責任者)が、社員数・採用退職者数・年齢層・勤務地の可視化を含むHRダッシュボードや、ダッシュボードのログイン機能を自作しているとのことだ。
では、実際の業務やクライアントとのプロジェクトにおいて、AI活用はどのように影響しているのだろうか。
土屋氏は「提案段階からの変化が加速しています。初期提案でプロトタイプまで形にするケースが増え、作ることへのハードルが明確に低下しつつあります。価格面では、ただ“作るだけ”の仕事には価格の下落圧力がかかる一方で、企画・推進・部門横断調整などの“進める”仕事は残存価値が高いと考えています。当社は『仕様丸投げ→納品型』ではないため短期影響は限定的ですが、作るだけに依存するプレイヤーは影響が大きいのではないでしょうか」との見立てだ。
AI時代のデザイン会社へ - エージェンティックUXへの挑戦
今後の社内戦略として、同氏は事業ごとの業務を構造化し、自動化が可能な領域と人間が価値を出す領域を明確に切り分け、人間側への時間投資を集中することと断言している。このような状況をふまえ、同氏は以下のように話す。
「クライアントワークではAIを前提に価値提供の再設計を行い、AIによって拡張される体験の幅を広げていきます。今後はAIエージェントが人間に代わって情報収集やサービス利用を担う場面が増えると見込まれため、AIがサービスを能動的に利用する未来ではAIに選ばれやすくなることにも取り組まなければなりません。最近、社内では“Agentic UX(エージェンティックUX)”という言葉が使われており、人が使うと同時にAIも使うことを意識したプロダクトの設計にも取り組む必要があります。ヒューマン・イン・ザ・ループの要所を見極めて残しつつ、合理化一辺倒ではなく、デザイン会社として“あえて非合理”を選択し、AIが不得手な対人調整やコミュニケーションなど、人間的価値の高い領域を積極的に手がけていければと考えています」(土屋氏)
Claude Codeの全社導入は、単なる業務効率化施策ではなく、組織全体の行動変容を促す試みだった。グッドパッチではトップダウンによる推進を通じて、デザイナーや営業職を含む非エンジニア層にも開発体験を広げ、AIを活用して自ら課題を解決する文化の醸成を進めている。
今後は業務の構造化と自動化をさらに推進しつつ、人間にしか生み出せない価値へ時間を振り向ける方針だという。AIがサービスを利用する時代を見据え、“エージェンティックUX”という新たな設計思想にも挑戦する同社の取り組みは、AI時代における企業変革の1つの先行事例として注目されそうだ。




