この半導体ニュースのまとめ

・TenstorrentがエージェンティックAI向けRISC-V CPU IP「TT-Ascalon S」を発表
・ハイエンドのTT-Ascalon X比で約半分の面積ながら高い性能密度を実現し、AIエージェント実行環境に対応
・日本のパートナーがTenstorrentの最新世代製品を活用したビジネスを推進

TT-Ascalon SでRISC-V CPU IPポートフォリオを拡充

Tenstorrentは6月30日、同社の年次イベント「TT-Deploy」の日本版「TT-Deploy JP」において、エージェンティックAI向けRISC-V CPU IP「TT-Ascalon S」を発表した。

  • ジム・ケラーCEO

    イベント前に開催された記者説明会にて説明を行うTenstorrentのジム・ケラー(Jim Keller)CEO

  • TT-Deploy JPでの登壇の様子

    TT-Deploy JPでの登壇の様子。TT-Ascalon Sの詳細はVice President of Product ManagementのAniket Saha氏が別に説明を行った

同社はRISC-VべースのCPU IP、AIアクセラレータIP、チップレットIPを軸に、顧客が独自SoCを構築できるようにするIPビジネスを展開している。2025年には「EXTREME PERFORMANCE」クラスのCPU IP「TT-Ascalon X」を発表しているが、TT-Ascalon Sは「SELECT PERFORMANCE & AREA」に位置づけられる製品で、高効率・高密度ニーズに対応するものとなる。

  • Ascalonファミリ

    Ascalonファミリ。2025年にTT-Ascalon Xがリリースされ、2026年にTT-Ascalon Sがリリースされた (出所:Tenstorrent)

Tenstorrentによると、TT-Ascalon SはTT-Ascalon Xをベースに、約50%の面積で実装できるよう専用設計したCPU IPで、TT-Ascalon Xの性能の約70%を発揮できるため、1mm2あたりの性能としては約140%を実現できるとする。また、電力消費も50%未満に抑えることができるため、性能と電力のバランスを重視するエージェンティックAI時代のCPU需要に対応することができるとする。

エージェンティックAIで変わるCPUの役割

TenstorrentがTT-Ascalon Sで強調したのは、エージェンティックAIにおいてCPUの使われ方が変化しているという点だ。

従来のAI処理では、GPUやAIアクセラレータによる行列演算性能が注目されてきたが、AIエージェントでは単純な演算性能だけでなく、オーケストレーション、I/O、外部ツール連携、分岐の多い処理、低レイテンシなどへの対応が重要になってくる。ユーザーからの要求に応じて複数の処理を組み合わせ、ツールやメモリ、ネットワーク、ストレージと連携しながら応答する必要があるためだ。

TT-Ascalon Sは、こうした混在処理や分岐の多いワークロードを想定して設計されたRISC-V CPU IPであり、高効率サーバ、ネットワークおよびストレージSoC、データセンターのエッジ用途などを主な適用先とする。また、自動車向けには機能安全などの業界固有の要件を考慮した派生品も用意する方針で、ロボティクスや自動車分野での採用も見据える。

  • TT-Ascalon Sの説明を行ったAniket Saha氏

    TT-Ascalon Sの説明を行ったAniket Saha氏。同社は現在、Ascalonのほか、第2世代CPU IPとしてASIL-B/D対応の車載向けCPU「Alexandria」、HPCの演算ニーズなどに対応する「Babylon」、リアルタイム処理向け「Dirk」、組み込み向け「Rondel」などの提供を予定している。また、2027年以降には第3世代IPとして高性能CPU IP「Cyrene」なども予定している模様である

IPライセンスと設計支援で顧客の独自SoC開発を支援

Tenstorrentは、TT-Ascalon Sを単なるCPU IPとして提供するだけでなく、顧客が独自SoCを短期間で設計できる環境の提供も重視しており、単なる設計・開発ツールだけに留まらず、コンポーネント管理や設計データ管理などを行うデータベース環境「Si-VAULT」なども提供していること、ならびにIPライセンスの提供形態についても、通常のIPライセンスの提供のほか、顧客が提供されたIPの中身を変更して、差別化を図ることが可能な「イノベーションライセンス」も用意していることを強調。実際に、現在、イノベーションライセンスの人気が高まっていると説明していた。

Galaxy/Blackholeで推論性能も訴求

今回のTT-Deploy JPでは、TT-Ascalon Sに加え、TenstorrentのAIアクセラレータ「Blackhole」と、それを搭載した「Galaxy Blackhole」および複数台のGalaxyを接続したスーパークラスターの性能も強調された。

これらのBlackholeは、標準イーサネットを用いて接続する「Networked AI」アーキテクチャを活用しており、GPUのように特定ベンダーの専用インターコネクトや閉じたソフトウェアスタックに依存するのではなく、オープンなソフトウェアスタックと標準的なネットワークを用いて、LLM、動画生成、音声、ビジョンなど多様なモデルを単一アーキテクチャ上で動かすことを狙う。

実際に、同社のGalaxyスーパークラスターを活用する形でさまざまなAI処理を高速に行えることが実証されており、例えばWAN AIのマルチモーダル生成モデル「Wan 2.2 A14B」を用いて、720pで81フレーム、5秒の動画を生成する場合、GPUで23.4秒かかるところを2.4秒で生成できることなどが説明された。

  • Senior FellowのJasmine Vasiljevic氏

    Run Everything,Fastと題して、TenstorrentのソリューションがさまざまなAIニーズに対して柔軟に対応できることを説明したSenior FellowのJasmine Vasiljevic氏。後ろのスライドはNetworkd AIアーキテクチャの説明。Tensorコアの中には5つの32ビットRISC-Vコアと2つのNoC、1.5MBのSRAM(L1キャッシュ)が内蔵されており、それぞれのコアが別々に処理を実行できるため、高効率な処理が可能という特長がある

同社では、高い性能が出せる理由として、1秒間に1人のユーザーが生成できるトークン数(t/s/u、tokens/second/user)が、100万トークンコストあたり500tsuでも6ドルほどに抑えられるためで、多くのユーザーを同時にハードウェア上で処理することを可能にするアーキテクチャを採用しているためだとする。

ai&が日本最大規模のTenstorrent基盤を導入

日本市場での展開として、Tenstorrentとai&が協業姿勢を前面に打ち出した。ai&は、Tenstorrentの元Chief Customer Officerで、NECパーソナルコンピュータやLenovo JapanのCEO兼社長などを務めた経験を有するデビット・ベネット()氏とTenstorrentでテクノロジーエグゼクティブを務めた原信平氏が共同創業者として2026年3月に指導したAIスタートアップ。現在、日本国内で大阪に2つ、東京に1つのデータセンターを運営しており、1000以上のGPUに加え、120台を超すGalaxyサーバをデータセンターに導入済み。すでに80社以上の顧客があり、サービスを活用しているが、この1か月ほどで日本の顧客が増加傾向にあり、今後はデータセンターの数を10以上に増やすことを目指しつつ、日本企業向けに設計された高性能AI推論プラットフォームを提供することで、日本企業のAI利用コスト削減の実現を目指している。

  • ,ai&のCEO&Co-FounderであるDavid Bennett氏

    ai&のCEO&Co-FounderであるDavid Bennett氏。ai&は、国内にデータセンターを構え、そこで安価なAI処理を行うサービスを提供することで、日本の企業のAIコストの削減につなげることを目指している。データセンターの中にはGPUのほか、TenstorrentのGalaxyも設置され、トークンコストの低減に役立てられているという。SAFEはSecure、Affordable、Fast、Efficiencyの頭文字

Turingは自動運転ソフトをBlackholeへ2週間で移植

また、日本の自動運転スタートアップであるTuringとTenstorrentによる概念実証(PoC)も紹介された。

  • Thaddeus Fortenberry氏

    Turingとの取り組みの説明を行ったVP of Robotics + AutomotiveのThaddeus Fortenberry氏

Turingは従来、NVIDIA Jetson AGX Orinを用いて自動運転システムを構築してきたが、TenstorrentからBlackholeを借り受け、自社の自動運転ソフトウェアをTenstorrent環境へ移植する検証を実施したという。

  • Blackhole p150a

    会場に展示されていたBlackhole p150a(aはアクティブ冷却機構有りのバージョン。パッシブ冷却のbも存在している)。Blackhole Tensixプロセッサを搭載し、120 Tensix Coresと32GB GDDR6を備え最大300Wで動作するほか、4つのパッシブQSFP-DD 800Gポートを備え、複数のカードをリンクしてメモリのプールとパフォーマンス向上を図ることもできるという

Turingの説明によると、Tenstorrentのソフトウェアスタックがオープンソースで公開されていたことにより、AIエージェントにコードやドキュメントを読み込ませながら、約2週間で車両搭載レベルの実装に到達できたという。

Tenstorrentは、このPoCの目的について、あるプラットフォーム上で動いているソフトウェアを別のアーキテクチャへ移行する際に何が必要になるのかを見極めるためだったと説明。自動運転やロボティクスではハードウェア性能だけでなく、既存ソフトウェア資産をどれだけ短期間で移植できるかが重要であり、オープンなソフトウェアスタックがその差別化要因になるとの見方を示した。

日本でRISC-VとオープンAI基盤を広げるTenstorrent

Tenstorrentは今回のTT-Deploy JPを通じ、単に新しいRISC-V CPU IPを発表しただけでなく、日本市場での事業拡大を目指す姿勢を示した。

同社は東京にデザインセンターを有しているほか、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の推進する最先端デジタルSoC設計人材育成プロジェクトの委託先でもあり、ジム・ケラーCEOも日本には優れたエンジニアが多くおり、強いチームを作りたいとしていた。

TT-Ascalon Sは、AIエージェント時代におけるCPU IPの役割を再定義しようとする製品といえる。RISC-VのRVA23プロファイルに基づくアウト・オブ・オーダー実行のスーパースカラCPUで、4命令同時デコードに対応し、コンフィギュラブルな共有L2キャッシュを有している。ジム・ケラーCEOは高い性能の汎用プロセッサを用意することで、なんでも稼働させることを目指しているのがTenstorrentであり、そのためにはハードウェアだけでなく、必要となるソフトウェアスタックも構築していることを強調。これからも続くAI業界の変化に柔軟に対応できるハード、ソフト、ソリューションの構築をオープンスタンダードを活用する形で提供していくとし、Go to Market(GTM)という意味でもさらなる製品投入を進めて行くとしつつ、日本で進むパートナーシップが強固になっていっているとし、より多くのパートナーとのエコシステム形成に意欲を示していた。

  • 会場に展示されていた生成された動画の一部を切り出した巨大パネル

    会場に展示されていた生成された動画の一部を切り出した巨大パネル