
高市早苗政権は中東情勢に伴う物価高対策などのため、3.1兆円規模の2026年度補正予算を成立させた。審議は3日間と過去に比べ異例の速さで、夏の電気・ガス代の支援金も盛り込んだ。だが、その後も続く物価高に加え、石油由来のナフサ不足に対する国民の不安が払拭されたとは言い難い。飲食料品の消費税率は来年4月から1%に引き下げられる見通しとなったが、先の衆院選で自民党が約束し、高市の宿願だった「0%」ではないことへの批判が出る可能性もあり、高市にとっての難局は終わりそうもない。
異例のスピード
6月5日に成立した今回の補正予算は異例ずくめだった。26年度の本予算の成立は2月8日投開票の衆院選の影響もあって4月7日にずれ込んだ。その間の2月28日、米国とイスラエルによるイラン攻撃が発生。日本が輸入する石油の約9割が通過するホルムズ海峡が事実上封鎖されて供給不安が生じ、物価高につながった。
攻撃発生時、すでに衆院通過間近だった本予算を組み替えて物価高対策を盛り込むことは時間の余裕から難しかった。それゆえ、早期の補正予算の編成に至った。一般会計の歳出総額3兆1135億円のうち、新設の「中東情勢等対応予備費」に2兆5000億円を充てたほか、7~9月に実施予定の電気・ガス料金への支援で使う一般予備費の補填に5135億円を盛り込んだ。
本予算成立から2カ月での補正予算成立は異例の短期間だ。16年4月に発生した熊本地震に対処する補正予算が発生から約1カ月で成立した例はある。今回もイラン攻撃勃発という、「災害」に匹敵する事態ということかもしれない。補正予算案の審議は衆参両院の予算委員会で、1日ずつで終わった。これも熊本地震以来の短さだった。
高市は5日の参院予算委員会で「今後の万全の備えのために中東情勢等対応予備費を創設した。物価高への対応としても活用可能だ」と誇示したが、そもそも補正予算の編成に難色を示したのは高市その人だった。
高市が正式に補正予算編成の検討を表明したのは5月18日の政府与党連絡会議だった。補正予算の編成を含め、資金面の手当てを検討するよう4月末の大型連休前に事務方に、また、5月中旬には財務相の片山さつきにそれぞれ指示していたと明らかにした。だが、自民党幹部は「首相は直前までずっと慎重だった」と証言する。
実際、高市は5月11日の参院決算委員会で「補正編成が直ちに必要な状況とは考えていない」と明言。2月に行った施政方針演説では「毎年補正予算が組まれるのを前提とした予算編成と決別する」と宣言していた。
確かに米国とイランの停戦合意は何度も目前と言われながら実現せず、6月中旬に双方が戦闘終結に合意したが先行きは見通せない。高市が不確実性の中で補正予算編成を逡巡した可能性はある。しかし、すぐにホルムズ海峡の手前のペルシャ湾に待機するタンカーが直ちに日本に到着するわけではない。停戦合意後も物価高が当面継続するのは確実で、補正予算の編成は避けられない情勢だった。
補正予算の財源は特例公債の追加発行で賄う。高市は特例公債発行による市場の信認低下を懸念していた節があり、判断が遅れたとの指摘も出ている。前年度に発行予定だった特例公債のうち、約3兆円分は税収などの見込みを踏まえると発行せずに済み、高市が「市中への発行総額を増やさずに対応できる」とアピールしたのも、その懸念があったことを類推させる。
ぐらつく対応
高市は、企業や国民への電気・ガス、ガソリンの節約要請に慎重だが、この方針も転換させる気配がある。
高市は6月3日の衆院本会議で、一般的な省エネの取り組みは奨励しつつ、経済活動への影響が懸念されるとして「踏み込んだ節約をお願いする段階にはない」と明言した。ただ、この日の答弁では、政府がガソリン価格を1リットルあたり170円前後に抑制する補助金について「支援の在り方を柔軟に検討する」と見直しを示唆した。
原油不足の不安があるのに政府がガソリンの使用を促進するような補助を行うことは矛盾する─という声は与党内からも出ていた。自民政調会長の小林鷹之は5月21日の記者会見で「170円の水準を全く見直さないのは現実的ではなく、持続可能でない」と言及。連立政権を組む日本維新の会共同代表の藤田文武も同27日の記者会見で、見直しについて「柔軟に考えるべきだ」と同調した。
論語の有名な格言に「過ちては改むるに憚ること勿れ」(過ちに気づいたら面目を気にせず改めるべきである─の意)とあるが、高市の場合、柔軟と捉えるか、信念がないと捉えるか。評判は分かれそうである。
電光石火の衆院解散を断行して自民を勝利に導いた高市だが、ガソリンの補助金のように、最近は与党の声に押される形で持論を修正する場面が目立つ。先の補正予算案編成もそうだった。そして高市の肝いりで自民が衆院選の公約に掲げた「飲食料品の消費税0%」も達成できそうにない。
高市は与野党も参加して給付付き税額控除や消費税率の在り方を議論する社会保障国民会議の結論を尊重する考えだ。同会議の実務者会議に出席する自民のメンバーは5月末の段階で「消費税率は1%、来年4月から2年間実施」と断言していた。高市も織り込み済みだという。直後の6月4日の衆院予算委員会で、高市は秋に予定する臨時国会で関連法案を提出する意向を示した。
前日の3日に開かれた実務者会議で、経済産業省は業者へのヒアリングの結果として、消費税率を1%とした場合のレジのシステム改修に最大5~6カ月、0%の場合は最大10カ月~1年を要すると回答した。
9月にも召集が見込まれる臨時国会で消費税率1%の法案を成立させれば来年4月の実施に間に合わせることは可能だ。自民の公約の消費税率0%に反するが、高市はスピード重視の対応が結果的に国民の理解を得られると判断したようだ。
不安な国民に響かず
一方で、国民の期待と相反する案件もある。原油を精製する過程で得られるナフサの不足だ。高市ら政府と国民の間にはぬぐい難いすれ違いが生じている。
プラスチックや合成ゴム、塗料やシンナーなどと幅広く利用され、現代の生活に欠かせないナフサについて、高市は「年度を越えて(27年4月以降も)供給できる」と繰り返し強調する。しかし、現実としてナフサ不足は生じており、企業の負担になっている。
政府は「ナフサは十分足りている」が、流通過程で「目詰まり」が生じているため、一部で不足しているとの立場だ。卸業者の出荷抑制や買いだめが原因とみられ、政府も解消のための施策に取り組んでいるが、念頭に浮かぶのは24~25年の「令和の米騒動」だ。
この際も政府は「米の生産量は足りている」と何度もアナウンスした。しかし、米5キロあたりの平均価格は昨年、2000円台から一気に4000円台に急騰。政府は備蓄米の放出にも難色を示し、店頭から米がなくなる事態が生じたのは記憶に新しい。
全く性質の異なるナフサと米を比較するのはナンセンスかもしれないが、国民生活に欠かせない点は共通する。そして政府が「足りている」と強調しても入手が困難な点も酷似する。
農林水産省は5月29日に閣議決定した25年度版の農業白書の中で「生産量は足りていると認識し、流通の実態把握に消極的で価格高騰につながった」とようやく反省した。備蓄米の放出についても「時期が遅延し、卸売業者の不安を払拭できなかった」と認めた。政府が1年後にナフサ不足の反省を語ることのないようにしてもらいたいところである。
バラバラの野党
ナフサ不足の根底には、先行きが見えないことへの漠然とした国民の不安が追い打ちをかけている。国民が納得できる政府の説明が欠かせない局面だが、高市はX(旧ツイッター)での発信には力を入れつつも、記者会見には消極的だ。国会での答弁に加え、記者に対する「ぶら下がり取材」には時々応じるが、記者が着座し、自由に質問できる時間を確保したスタイルを「記者会見」と定義すれば、第2次内閣発足時の2月18日を最後に行っていない。
高市は「いじわるな質問」が嫌いで、野党の追及を受ける国会での答弁も極力避けたがる。ぶら下がり取材でも、記者の質問を1人に絞ったこともあった。
一方で自らの主張を直接発信できるXを重視する。フォロワー数は290万を超えて政界ではトップだが、それでも閲覧しているのは、あくまで国民の一部に過ぎない。「いじわるな質問」はともかく、国民に広く分かりやすく丁寧に説明することは政治家、なかんずく首相にとって重要な役割だが、高市に対しては「国民の声に応える努力が足りない」(自民幹部)との声も出ている。
さまざまな面で問題を抱える高市だが、世論調査の内閣支持率はおおむね60%以上を維持し、高位安定の状況にある。背景として、与党に対峙する野党のふがいなさがあるのは間違いない。
衆院選直前に立憲民主党と公明党が合流して発足した中道改革連合は衆院選惨敗後も低迷したままだ。参院に残る立民と公明は中道への合流を前提としていたはずだが、特に立民と中道の距離は広がるばかりだ。
5月に成立した、インテリジェンス(情報収集・分析)機能強化のための国家情報会議創設法案に中道と公明は賛成したが、立民は反対した。国の根幹にかかわる皇族数の確保策についても、旧宮家の男系男子を養子として皇族に迎える政府案について中道と公明は賛意を示したが、立民は難色を示した。
中道は衆院選後に決めるとしていた米軍普天間基地(沖縄県宜野湾市)の名護市辺野古への移設に対する立場を決めていない。公明は今国会が閉会する7月17日をめどに合流に向けた結論を出す構えだが、立民は慎重なままで、先送りとなる公算だ。
さながら敵失に助けられているような高市は早々と次の人事にも着手しつつあるという。
秋の臨時国会に飲食料品の消費税率を1%とするための関連法案を成立させ、来年4月からの実施とするためには、早期の臨時国会召集が必要となる。過去10年の秋の臨時国会は、新しい首相を選出するための臨時国会(20年)を除き、10月以降に召集されている。今年も10月以降とした場合、「消費税率1%の来年4月実施」のためには、時間が足りなくなるかもしれない。
9月に臨時国会召集となれば、内閣改造や自民の役員人事は8月に前倒しとなる可能性もある。高市は次の内閣改造で、連立政権を組む維新からも入閣させる意向だ。自民の役員交代も検討するとみられ、永田町は、はや「夏の人事」に向けてうごめいている。(敬称略)