
テクノロジーの進化によって生じる光と影を歴史的、哲学的に考察
経済学者ケインズは1930年の小論「孫の世代の経済的可能性」で、孫の世代には機械が人間の仕事をこなすので、人々は1日3時間だけ働くようになると述べました。これは、さすがのケインズも将来を見通せなかったという文脈でよく引用されますが、本書は、改めてケインズの予言を「アップデートしたらどうなるだろう」という発想からスタートしています。
タイトルである「マシンエイジ(機械の時代)」に人類が突入したのは18~19世紀、ケインズ経済学の泰斗である著者の母国、イギリスにおいて産業革命が勃興してからです。工場では、それまで人間が行っていた手仕事が機械に置き換えられることになりました。織物職人の賃金は低下し、自動織機に抵抗する「ラッダイト運動」が広がりました。
著者はラッダイト運動が行った問題提起は、21世紀においても、「機械」に脅かされる雇用をめぐる議論をする際に大いに参考となるもので、むしろ、自動化が浸透するペースが早いために、問題の緊急度はずっと高まっていると指摘します。
コンピュータ、インターネット、そして生成AI(人工知能)の驚異的な進化によって、機械が人間の「考える」仕事までも代替すると言われています。その中で著者は、AIを中心とするテクノロジーが、個人の自由を広げる「テクノ・ユートピア」の方向に進む可能性もあれば、反対に富裕な個人・集団・政府等が一般大衆への支配を強化する「監視資本主義」の道に進む可能性もあるとします。
いつの時代も、機械、より広く言えば科学技術の扱いには、ギリシャ神話のプロメテウスの火が象徴するように、光と影の両面があると言えます。この点を踏まえ経団連では、さる5月の提言「科学技術立国戦略」において、テクノロジーと人間の関係性について「思想・哲学」的観点から捉えることの重要性を強調しています。本書はこうした諸問題を歴史的、哲学的に考察するうえで時宜を得た一冊と言えます。