
ありがたいことに製品に入れた調査用ハガキの返送は順調で、定量調査には充分な量のデータが集まりました。膨大な量のデータをパソコンで打ち込んで集計するのですが、1996年当時はまだNECのPC- 98でマルチプランしか使えませんでした。
しかも、まだ大容量のハードディスクが手に入らず、そこで活躍したのが三菱化成時代に買っておいたMOディスクです。想定した使用実態に基づいて何十回もデータをソートするので何時間も掛かりました。
それでも小林製薬時代よりは大きく進化したのです。1986年の小林製薬時代は手作業でハガキを並べ替えて数え、それを手書きで表に書き込んで行くという気の遠くなるような作業を延々と続けざるを得なかったことを考えると、各段の進歩です。現在のパソコンを使えばほんの一瞬でしょう。
しかし果たして人間の能力はそれほど進化しているのでしょうか。もしかしたら退化しているのかもしれません。定量調査ではどうしても分からないことがあり、次の段階は実ユーザーを集めて直接質問するグループインタビューにチャレンジしました。
約1週間かけて、男女別に各年代層を5名ほどに分けてプロの調査員が聞き取り、こちらはマイクとスピーカーを通して聞くのですが、どうしても細かいニュアンスが伝わりません。そこで私は反対を押し切り、自身でインタビューを行ったのです。
一般的には、そのようなことをすれば、結果がメーカー寄りに振れてしまうのですが、我々は既に落ちるところまで落ちているのです。私は大きな声だけでなく、どんな小さなささやき声でも聞き漏らさないよう細心の神経で聞きたかったのです。
まずは会社やブランドが、世間からどう思われているかを徹底的に聞いてみました。医療用医薬品の自主回収という大問題を起こした会社で、しかも主力製品の売り上げは低迷、新製品も成功していない会社です。さぞかし古臭くて遅れていて将来性のない会社だと思われているのではないかと覚悟したのです。
ところが愛用者の皆さんの考えは全く違っていました。「龍角散という会社は江戸時代からの歴史と伝統を守り、生薬と、のどの専門メーカーなのだから、その会社が作る製品が悪いはずはない」。
更に聞いてみました。「最近製品回収があったようですが」。すると「ああ。あれは回収命令ではなく自主回収だから問題はない。流石真面目な会社だ」とおっしゃるのです。
次に「もし薬局に行って龍角散が売っていなかったら他の製品をお買いになりますか」と聞いてみると「そんなことは許せない。他の薬は絶対に買わない。何軒でも探しに行く。自分の人生には龍角散は必需品なのだから、ないと困る」。
この声を聞いて涙が出るほど嬉しかったのを覚えています。そうです。まだこの会社には火種が残っていたのです。