龍角散・藤井隆太の『私の社長30年史』(第17回)なんと社長就任直後に

1996年1月のある日です。NHK夜9時のニュースで医薬品の回収事例が報道されました。「医薬品メーカー・龍角散の製造した医療用医薬品の2品目に変色した製品が混入していたため、メーカーの判断で自主回収に踏み切った」という内容でした。

 これは私の経営判断の結果でしたが、まさかNHKのニュースで報道されるとは思いませんでした。当時病床にあった父に報告し、元々業績が最悪の中で、更にこれでは、もはや会社として存続できなくなるかもしれないと詫びました。

 父は「お前の経営判断の結果だろう。まあ何とかなるさ」と謎のようなことを言っていました。

 

 社長に就任したのが前年の1995年6月でしたが、華々しい就任イベントもなく、全国の取引先へ社長就任の挨拶に回る毎日でした。社長就任挨拶というのに、行く先々で「大変だね」とか「これからお宅は一体どうするの」とか哀れみや慰めのような言葉ばかりを聞かされ、今更ながらに当社の厳しい惨状をヒシヒシと感じていましたが、それに追い打ちをかけるような回収報道です。

 本件の第一報は調剤薬局からの連絡でした。医療用のビタミン製剤でオレンジ色の顆粒に色の濃い粒が混じっているとの報告です。直ちに保存製品を調査したところ、確かに同じような現象が確認されました。どうも製造工程の中で乾燥時間が掛かりすぎて色が濃くなったようなのです。

 成分を分析すると、健康被害はないことが確認されましたが、問題はなぜそうなったかです。社員は必死になって問題の製品はごく一部だから回収の必要はないと主張するのです。

 しかし、本当の原因が特定できない以上、ごく一部とは言えません。私は社員の反対を押し切り、全ロットの自主回収を指示しました。まずは被害の拡大を防ぐ必要があると判断したためです。社員は会社が潰れると騒いでいましたが、私は別のことを考えていました。

 当時は大手メーカーを中心に不祥事が相次ぎ、しかも後日隠ぺいが発覚して懲罰的に情報が公開されるなどの事例が多発していた時期でした。私は前職での経験からも、時間だけが過ぎて被害が拡大するのは得策ではないと判断し、自主回収を決断したのです。

 製品回収は全国レベルで津々浦々から返品されましたが、医療用医薬品は供給責任があるので返品された数だけ再生産して出荷しなければなりません。しかも原因が特定できていないため、全数検査が必要です。私も社員と一緒に工場にこもり、1日何時間も顆粒剤の外観検査に従事しました。

 社員の間では「だから素人は困る。これで会社が潰れたら社長はどうやって責任を取るつもりなのだろう」という雰囲気が社内に蔓延していました。現在でも同じ製造ロットで複数の同じ申し立てがあれば直ちに出荷を停止しています。

龍角散・藤井隆太の『私の社長30年史』(第16回)開戦前夜