
首相・高市早苗は3月19日(日本時間20日)、米ワシントンで米大統領・トランプと会談した。イランへの攻撃と各国へのホルムズ海峡への艦船派遣要請など独善的な行動により孤立化するトランプと高市の会談は国際社会の注目を集めたが、高市は独自のパフォーマンスで緊密な関係を演出。気を良くしたトランプは対日圧力を強めることはなかった。ヤマ場を乗り切った高市。だが、トランプの今後の動向は読めず、イラン情勢の先行きは依然として不透明なままだ。正念場は続く。
「すり寄り」は戦略
現地時間20日午前11時過ぎからホワイトハウスで始まった首脳会談。緊張した面持ちで臨んだ高市だが、冒頭から見せ場を作った。
「中東情勢も含めて世界中、安全保障環境が非常に厳しい状況にある。世界経済もかなり厳しい影響を受けつつある」。こう切り出した高市は満面の笑顔を浮かべ、こう続けた。
「でも、私は世界中に平和と繁栄をもたらせるのはドナルドだけだと思っています。そのために、私は諸外国に働きかけてしっかりと応援をしたい。今日はそれを伝えに来ました」
報道陣に公開された冒頭の場面で、敢えてトランプを全面的にたたえてみせたのだ。
高市の「演出」は会談前から始まっていた。ホワイトハウスに到着した高市は送迎車から飛び降りるや否や、出迎えたトランプに飛びつくようにハグした。トランプへの親しみを全身で表現するような言動は後に野党などから「過剰なすり寄り」との批判を受けた。
だが、そこには高市なりのしたたかな戦略と覚悟が透ける。特に高市がこだわったのは、冒頭のトランプをたたえる台詞だ。米国を向かう政府専用機の中で何度も推敲を重ねて練り上げた、こだわりの表現だった。
トランプによるイラン攻撃は国際法違反と指摘され、欧州各国が米国と距離を置く中、高市は米国のイラン攻撃への法的評価を避け続け、米国との関係維持に腐心した。首脳会談ではトランプとの距離を一気に縮め、日米の結束を深める道へと踏み出した。国内外の批判を覚悟した上での判断だ。2月の衆院選で大勝して求心力を高め、選挙後も高い内閣支持率を維持しているからこその芸当と言える。
今回の高市訪米は日本政府にとって誤算の連続だった。
高市の米国訪問が決定したのは米軍のイラン攻撃よりも前のことだ。当初、日本側が目指した主要議題は対中関係だった。台湾を含めた日本周辺で軍事的圧力を強める中国の動向を見据え、「西半球回帰」で南北アメリカ重視のトランプに「アジア太平洋地域」への関心を深めさせ、日米同盟を強化する狙いだった3月末からのトランプ訪中直前に会談が設定されたのは、米中の接近にクギを刺すための日米間のすりあわせの意味があった。
主議題が中国から変更
ところが米国がイスラエルとともにイランを攻撃し、イラン対応に追われたトランプの関心は中東へと移り、3月末からの訪中も延期となった。会談も主要議題が中国からイラン対応へと変更になった。
しかも高市の訪米の直前、トランプのいらだちはピークに達していた。要因となったのは、イランが事実上封鎖したホルムズ海峡への対応だ。
トランプは欧州、日本、中国、韓国などに対し、ホルムズ海峡への艦船派遣を繰り返し要求した。ところが日本を含め、それに応じる国はなかった。日本の場合は安全保障関連法で自衛隊の活動範囲は広がったとはいえ、戦闘状態が続くホルムズ周辺への自衛隊派遣は法解釈上困難で、外交ルートを通じて米側の理解を得たはずだった。
だが、トランプは高市の訪米直前の17日、自身のソーシャルメディアで「我々はもはやNATO(北大西洋条約機構)諸国の支援も必要とせず、求めることはない。日本やオーストラリア、韓国も同様だ」と発信した。
日本を含め、関係各国への失望感が全面ににじむ文面に、日本政府内では、首脳会談でトランプが高市に怒りをぶちまけ、自衛隊派遣の即時派遣を要求することを強く警戒した。「訪中に合わせて訪米も延期になってほしかった。難しい会談になる」。首相周辺は頭を抱えていた。
そうした中で高市はトランプの関心を別分野へ引き寄せることを目指した。
「日本とアメリカがともに強く豊かになっていくための話し合いをしたい。世界のエネルギーマーケットを落ち着かせるための提案も持ってきた」。高市がトランプにこう語りかけたのは、議題をイラン対応から経済協力へすり替えるためだ。
日本側が用意したのは、事業規模は最大730億ドル(約11.5兆円)に上る次世代原発の小型モジュール炉(SMR)建設を柱とする事業や米国産原油増産への協力だ。日米関税合意に基づく総額5500億ドル(約86兆円)の対米投融資の一環で、高市は米国産原油の日本で備蓄する共同事業も提案した。南鳥島(東京都小笠原村)周辺海域で確認されたレアアース(希土類)の開発に関する協力覚書など3つの文書もまとめた。
米経済への貢献を「手土産」とし、トランプ怒りをおさめるとともに国際社会で孤立するトランプのイメージを払しょくするための苦肉の策だった。
誤算だらけの会談
誤算はそれだけではなかった。当初、日米首脳会談は約30分間の公式会談とその直後に行われる1時間のワーキング・ランチという2階建て方式を予定していた。
最大の難所は「公式会談」だった。ホワイトハウスでの公式会談の場合、冒頭の「頭撮り」は報道陣に公開され、記者団が両首脳に容赦なく質問をぶつけるのが恒例だ。どこまで「頭撮り」が続くかはトランプの気分次第だ。ただ、続くワーキング・ランチは非公開で行われる。「最初の30分の会談を耐えれば、あとはじっくり腹を割って話し合える」。これが日本側の一致した見解だった。
ところが18日午後に高市が政府専用機で羽田空港を出発した後に事態は急変した。米側はトランプの意向として「ワーキング・ランチをやめて1時間半の会談にする」と日本側に通告した。「頭撮りが延々と続く可能性すらある」。ある政府高官はこう警戒した。
2025年2月、ウクライナ大統領・ゼレンスキーが米ウクライナ首脳会談の冒頭で記者からの質問に答える際、トランプの傍らにいた副大統領・バンスと激しい口論となり、結局、会談が打ち切られた。
同年5月の南アフリカ大統領のラマポーザとの会談では、トランプが記者の質問をきっかけに南アでは少数派白人が迫害されているとラマポーザを責め立てた。もともと両国間の友好関係を演出するはずの頭撮りだが、トランプ政権の場合は相手を糾弾することで国民人気を得る「政治ショー」にもなる。
高市が米国へ向かう機中で何度も台詞の推敲を繰り返したのは、日本批判を封じる「政治ショー対策」のためだ。実際の頭撮りで、高市から持ち上げられ、上機嫌になったトランプの傍らで、高市は腕時計で時間を確認する仕草を繰り返した。早めに報道陣の退出を促すよう求めた形だが、頭撮りは約30分間続いた。高市にはとてつもなく長く感じただろう。
首脳会談直後、高市は同行記者団に「イラン情勢について事態の早期沈静化の必要性を始めとする我が国の考え方をしっかり伝えた」と成果を語り、自衛隊の派遣も「日本の法律の範囲内で、できることとできないことについて詳細にきっちりと説明した」と強調した。
会談で米側は「ホルムズ海峡における航行の安全」への日本をはじめとする各国に対する貢献の要請したものの、自衛隊派遣など具体策については言及を避けたという。トランプの怒りを回避し信頼関係を深め、自衛隊の即時派遣も免れた形だ。
安堵感からか、高市はその後の夕食会でははじけるような笑顔を見せた。トランプを「最強のバディ」と持ち上げ、「ジャパン・イズ・バック!」と声を張り上げるなど盛り上げ役に徹した。トランプの選曲により、高市がファンであるロックバンド・X JAPANの名曲『Rusty Nail』が演奏されると興奮し、サービス精神旺盛にはしゃいでみせた。
その姿は日米首脳会談が「成功」に終わったイメージを植え付けた。米紙ニューヨークタイムズは「高市はホワイトハウスへの訪問をほぼ無傷で乗り切った」と報じ、「これまで用いてきた戦術である愛嬌を頼りにした」と評した。
問われる「真」の外交力
首脳会談を無事に乗り切った高市。だが、真価が問われるのはこれからだ。日本は原油輸入の大半を中東に依存し、サウジアラビアとアラブ首長国連邦(UAE)など約9割はホルムズ海峡経由で輸送される。日米首脳会談では米国産原油の増産なども協議されたが、増産には時間は要する。イランの封鎖が長期化すれば、日本経済へのダメージは計り知れない。
米国との信頼関係を深めた高市だが、イランとどう向き合うかは課題だ。日米首脳会談で表向きはイランのホルムズ海峡封鎖などを非難した高市だが、水面下では歴史的に友好関係のあるイランとのパイプを生かし、水面下の交渉を進めている。
イラン外相のアラグチは20日、共同通信のインタビューに応じ、日本側と海峡封鎖の一時解除に向け、日本外相の茂木敏充と協議に入ったと表明。日本関連船舶の通過を認める用意があると明らかにした。
ただ、「停戦は受け入れない。完全で包括的で永続的な終戦を望む」と述べ、日本側に米国による「侵略」を終わらせる役割を果たすよう求めた。イラン側が米国の同盟国である日本に求めるのは、米イラン両国の「橋渡し役」だ。
だがイラン情勢について「事態の沈静化」を確認したはずの日米首脳会談直後、トランプはイランに対し、ホルムズ海峡の封鎖を解かなければイラン国内の発電所などエネルギーインフラへの攻撃を警告した。イラン情勢の緊迫化がさらに進めば、米国とイランの双方からの圧力は強まりかねない。
そもそも自衛隊派遣も決着が付いたわけではない。米国連大使のウォルツは22日、米CBSテレビの番組でホルムズ海峡の安全確保を巡り、高市が自衛隊の支援を「約束した」と述べた。この発言に対し、官房長官・木原稔は「具体的な約束をした事実はない」と即座に否定した。だが、米側は今後も「日本の法律の範囲内でできること」として、停戦後の自衛隊派遣など日本の「貢献」を強く求めてくる可能性は高い。
「ホルムズ海峡における航行の安全の確保を含む中東地域の平和と安定の意義は日本を含む国際社会にとって極めて重要だ。事態の早期沈静化に向けて関係国と様々なレベルで緊密に意思疎通し、必要なあらゆる外交努力をもっていく」。高市は24日、首相官邸で開かれた中東情勢に関する関係閣僚会議でこう宣言した。
米側との緊密な関係を維持しながら、イランとの関係を維持し「橋渡し役」をどう担うのか。高市が問われるのは真の外交力だ。(敬称略)