【金融国際派の独り言】長門正貢・元日本郵政社長「正義派議論が常時、正解にあらず」

中学時代、国語の授業で志賀直哉の小説『正義派』を読み、生徒間で議論した。こんな小説だ。「市電が女児を轢いてしまった。運転手の一瞬の対応遅れを線路工夫3人が目撃。隠蔽を図る会社側に対し、正義感から工夫達は結束、警察に証言する。

 だが工夫達は生活への不安もあり、次第に後悔の念が募り結束が崩壊していく」。正義の行動は正しくとも賢明だったのか、と問う物語だった。『自分ならどうする』を生徒間で議論した。『正義派で一貫すべき』と『正義行動は気持ち良いだろうが賢明ではない』が半々だった。

 この授業を突然思い出したのは、最近、威勢の良い正論を多く聞いたからだ。3例をご紹介する。一つ目。本年ダボス会議でのカーニー・カナダ首相のスピーチだ。彼はこう主張した。

 『大国が独善的に行動する時代になってしまった。もはや米国主導の秩序ある国際社会には戻らない。今後カナダは法の支配&国際協力を共有する中規模国と有志連合を組んでいく』。

 平和だった過去への期待を捨て、新時代に適合する戦略を提示したことに加え、トランプに徒らに媚びず堂々とトランプ米国を批判した正論だった故だろう、世界各国で高い評価を得た。

 二つ目。トランプ大統領の指示に容易に従わない米国中央銀行総裁が他案件で刑事訴追された。この時、いくつかの他国中銀が『中銀への誤った政治介入だ』と米国を批判したが、『日銀も抗議すべきだ』という正論批判が多く上がった。

 三つ目。年初からのイラン攻撃に関し『国際法上も不当』と批判する国がある中で、『日本もしっかり批判すべきだ』という正義派的正論が多く沸き上がった。だが、正論はいつも賢明な策なのか。

 昨今、地政学リスクが一段と増している。我が国の隣人はロシア・北朝鮮・中国だ。我が国の唯一最強の安保安全弁は米国だが、大統領はあのトランプだ。

 国際団体から脱退し、最高裁が違法とする輸入関税を勝手に課し、国会襲撃者達を大統領就任後、直ちに恩赦で救済する等、味方の行動は全許容、敵にはあらゆる手段で徹底攻撃の姿勢、ノーベル賞希望を公言する強力な自己愛。

 そんなトランプに正論を批判的に真正面に投げて、現実的にはどんな成果があるのだろうか。報道を含め、率直な正論はいつも優勢で、現実的妥協に見える他選択肢は賢明な策でも概ね劣勢だ。

 今後一層、わが国は上手にしたたかに生き残っていかねばならない。国民が道を誤らぬよう、正論以外の多様な意見ももっと多く出て来る必要があるのではないか。志賀直哉の『正義派』、再読してみません?