
クロネコヤマトの「宅急便」が来年50周年を迎える。「宅急便の現場経験が長かった自分に課せられた使命は『選んでもらえる宅急便』とは何かを考え、宅急便事業を再び安定収益事業に戻すことだ」─。こう語るのは今年4月1日付でヤマトホールディングス(HD)の中核子会社・ヤマト運輸の社長に就任した阿波誠一氏。足元の業績面で苦戦が続く中、宅急便を磨き、少子高齢化や法人需要開拓などを背景にした新サービスの創出、つまり「宅急便+α(アルファ)」作戦だ。
同じ荷物でも性質が変わる
ヤマトHDの「宅急便」は2026年に開始50周年という節目を迎える。1976年の発売初日の取扱個数は11個。それが今では年間で23億個を超える。「スキー宅急便」や「ゴルフ宅急便」「クール宅急便」とサービスの幅を広げ、「ラストマイル」の配送網は社会インフラとなっている。
だが、ヤマト運輸新社長の阿波誠一氏の発言から醸し出されるのは〝危機感〟だ。「物流の2024年問題」と呼ばれる輸送力不足やコロナ禍を境にライフスタイルが変化し、荷物の動き方や荷物自体の性質が変わったからだ。
宅急便は個人が小口の荷物を送るCtoC(個人間)取引を想定して設計された。荷物を発送する個人がその利便性や手軽さを支持し、宅急便の成長へとつながってきた。今はその前提が大きく変化しているのだ。
阿波氏は「インターネット通販が急速に浸透し、今では荷物の発送の約9割は法人からの受託。その荷物を受け取る側が発注者にもなっている。EC市場は今後も成長する。安定した配送品質を維持し、変化に対応しながら収益を上げる体制に変えなければならない」と語る。
ヤマトHDは業績面では苦戦中だ。2025年3月期の連結業績は営業収益1兆7626億円と前年同期比0・2%の増収ではあるが、営業利益は同64・5%減の142億円。
26年3月期第1四半期の営業利益では64億円の赤字に陥っている。
そんな中、ヤマトHD社長の長尾裕氏が兼任してきたヤマト運輸の社長を4月から阿波氏が担っている。それは「宅急便一本足打法にはならない」(同)ための目に見える戦略。それに伴い経営体制も大きく変えている。
これまでは複数の事業会社をヤマト運輸に統合させてきたが、4月からは宅急便事業、輸送事業、法人事業、モビリティ事業の4つの事業軸を据え、各事業で意思決定のスピードを速め、施策の実行力を高める。その際、阿波氏が強調するのが「宅急便+α」という付加価値戦略だ。
宅急便には他のサービスにはないブランド価値がある。それは配達・集荷・営業を兼ねるセールスドライバー(SD)に対する消費者からの信頼感とSDの課題解決に向けた提案力だ。
「近年は荷物の急増に対応するため、配達に多くの時間が割かれていた。それをもう一度、顧客に向き合い、提案する時間をつくれるように体制を改善していく」(同)。
全国約2800カ所の営業所と約5・4万人のSDが顧客に向き合う力を最大化させようとする試みだ。
北海道・奥尻島での取り組み
既に〝+α〟の事例はある。まずは買い物難民向けのサービスやバスの撤退で発生した交通空白地帯の解消だ。舞台は北海道の奥尻島。島民は2500人を下回り、高齢化率は4割超。自家用車を持たない高齢者などが買い物に不便を感じていた。
そこでヤマト運輸は北海道でドラッグストアを展開するサツドラホールディングスと組み、食品や日用品など約350種類の商品を揃えた移動販売車を展開。場合によってはヤマトのSDが顧客の軒先まで商品を届ける。
さらに25年8月からは地域住民などの人も運ぶことが可能な「公共ライドシェア」の実証運行を奥尻町と始めた。ヤマトのSDが集配業務をしながら人も運ぶ。
「全国の自治体も少子高齢化や人口減少などの社会課題に悩んでいる。全国各地に宅急便ネットワークがあり、日頃から顧客と顔を合わせているヤマト運輸のSDだからこそ、ご提案できる解決法があるのではないか」と阿波氏。奥尻島は特異な例だが、他の自治体で横展開できることは広げていく考えだ。
もう1つの〝+α〟の事例が法人需要の開拓だ。ヤマトHDは昨年12月にナカノ商会を買収。同社はヤマトHDにはない大型倉庫を運営し、倉庫を活用した3PL(物流の一括受託)ビジネスで強みを持つ。
そこでヤマトは、グループ全体の物流ネットワークを生かし、原材料調達から販売に至るサプライチェーン全体の最適化を図る提案に力を入れている。
この提案は「物流に関する領域全てをヤマトに任せてもらう」(同)というもの。食品会社の久原本家グループとは原材料調達から販売領域の物流をヤマト運輸が担う。
また、日本ミシュランタイヤとは日本国内での物流を一括受託しており、同社の拠点ごとの在庫を最適化し、拠点間輸送などを効率化することで、納品までのリードタイムを短縮すると共に、温室効果ガスの削減(スコープ3)にも貢献している。
このように宅急便で培ってきた顧客接点こそが、今後の法人事業を拡大させる契機になると阿波氏は指摘する。
他にも貨物専用機の導入で「地方の一次産品を鮮度を落とさず即日配送するサービスや、旅客機のベリー(座席の床の下にある荷物室)では運べない半導体製造に使用する溶剤などの危険物を運ぶサービスもできる」と阿波氏は期待を込める。
1993年にヤマト運輸に入社し、熊本主管支店では約10年ぶりの新卒社員として現場に配属となった阿波氏は、当時から「SDがいかに本業に集中できる環境をつくり出すか」に奔走していた。宅急便を開発した中興の祖・小倉昌男氏の「現場を第一に考える」姿勢は阿波氏の原点になっている。
運び手が減り、物流を取り巻く環境が変化する中で、いかにSDが顧客に向き合う時間をつくり、顧客の懐に入り込んだサービスを実現できるか。ヤマトの現場力が問われている。
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