
実行すべきものとしてのビジョンづくり
「ビジョンは決して夢ではない。すべて現在ある技術を使うことで達成できるんです」
三菱総合研究所理事長・小宮山宏氏が会長を務める『プラチナ構想ネットワーク』が今年3月、〝2050年には再生可能エネルギー主体の社会に転換させるビジョン〟を公表した。
総エネルギー(電力と熱の双方)需要の80%以上を再生可能エネルギーで賄う社会を設定。目標とする2050年から逆算するバックキャスティング手法によって、〝今、わたしたちが何をすべきか〟を具体的に提示。
同ネットワークが示した『2050エネルギービジョン』によると、2050年の電力需要は1兆9990億キロワット時から2兆920億キロワット時。生成AI(人工知能)を活用する時代を迎えて、電力需要はうなぎ上り。2050年の電力需要は2023年時点の2倍以上となる。
問題は、ウクライナ戦争やイラン情勢などで、石油・天然ガスの調達が困難となり、今後のエネルギー安全保障をどう確保するかということ。
2025年2月に政府が示した第7次エネルギー基本計画は、3つのポイントを挙げている。
1つ目は、温室効果ガス(CO2=二酸化炭素など)を2040年までに対2013年比で73%削減すること。2つ目は、太陽光などの再生可能エネルギーを主力電源にすること。3つ目に、水素、アンモニア、バイオ燃料などの次世代エネルギーの利用拡大を図るとしている。
政府は、2050年までに温室効果ガスの排出を実質ゼロにする『カーボンニュートラル宣言』をすでに行っている。2040年までに温室効果ガスを73%削減(2013年比)するという目標を達成するには、相当な努力が求められる。
そのために、再生可能エネルギーの電源構成比を2013年の10.9%(実績)から、2040年までに40%から50%に引き上げるというのが政府の第7次エネルギー基本計画の骨子だ。
世界を取り巻く環境は激変している。世界各国は共通の目標として、「世界的な平均気温上昇を産業革命以前と比べて、2度低く保ち、1.5℃(度)に抑える」ことに合意。京都議定書やパリ協定(国連気候変動枠組条約第21回締約国会議=COP21で決めた法的枠組み)などを経て、先進国、途上国共に目標を設定したという経緯だ。
今回の米国とイスラエルによるイラン攻撃で、中東情勢が流動化。世界の政治・経済が揺さぶられ、産業活動や人々の日常生活に必要なエネルギーをいかに確保するか─という切実な課題が改めて突きつけられている。
そうした状況にあって、プラチナ構想ネットワークが「2050年に再生エネ主体で総エネルギー需要の80%以上を賄える」というビジョンを提示した。
国際情勢が流動化、地政学リスクも高まる中で、今後、日本は必要なエネルギーをどう確保していくかという問いに、小宮山氏が答える。
「結局は、日本にとっては国内の再エネしかありません。総需要の8割を国産の再エネで賄えることを具体的な数字で示したというのが僕らのビジョンです」
日本のエネルギー自給率は15%。それが、総需要の80%を国内の再エネで賄えるとすれば、エネルギー安全保障(Energy - Security)、エネルギーの供給面でも、安定度は抜群に高まる。
そうした意味でも、今回のプラチナ構想ネットワークのビジョンに注目が集まる。
電力と熱を含めて全体の脱炭素化を図る
国のエネルギー政策は、『S+3E』で進められている。Safety(安全性)を大前提に、Energy Security(安定供給)、Economic Efficiency(経済効率性)、Environment(環境適合)の同時実現を原則にした政策。
エネルギー資源の乏しい日本では、何よりエネルギーの安定供給と脱炭素の両立が課題。
国の第7次基本計画では、電源構成目標として、再生エネを『40%~50%』、原子力を『20%』、火力発電を『30%~40%』程度に設定。第6次基本計画(2021年)では、再生エネが『36%~38%』、原子力『20%~22%』、火力『41%』であったから、再生エネの比率を上げていることが分かる。
プラチナ構想ネットワークの場合は、〝エネルギー総需要の80%以上〟を再生エネで賄うとしており、さらに再生エネ重視に踏み込んでいる。
エネルギー需要には、電力と熱があるが、国の第7次エネルギー基本計画との違いについて、小宮山氏が語る。
「例えば、重油を燃やしているものとか、灯油を燃やしている部分というのは(国の基本計画には)入っていません。(総エネルギー需要の中で)電力というのは全体の4割位で、残りは熱事業なんですね。だから、そういうものも含めて全部脱炭素化することを、頭に入れてビジョンづくりを進めてきたわけです」
エネルギー総需要の8割を太陽光や風力、水力、地熱などの再生可能エネルギーで賄うという今回の小宮山氏らのビジョン。
「残りは原子力なり、水素の輸入なりで賄うと。あとはCCSと結びついての対応ですね」
CCS(Carbon dioxide Capture and Storage)─。二酸化炭素(CO2)の回収・貯留技術と呼ばれるもので、発電所や工場から排出されるCO2を大気中に放出する前に回収し、地中深くに貯留する仕組み。
そうした見通しを踏まえて、小宮山氏は無資源国・日本にとって、「国内の再生エネしかないんです。既存の技術を活用して、(総エネルギーの)8割位を国産で賄える」と強調。
50年前の石油危機時から続く〝日本の脆弱性〟
今回のイラン情勢・中東危機は、日本のエネルギー確保の脆弱性を再び露わにした。
日本は石油の9割を中東に依存。サウジアラビアやUAE(アラブ首長国連邦)、クウェートといったペルシャ湾岸諸国から購入した石油は、同湾の出入口、ホルムズ海峡を必ず通って日本に運ばれる。戦時下の現在、イランは同海峡を実質封鎖している状況だ。
そのために、石油や天然ガス市況は世界的に高騰。石油不足に対する危機感が強まる。
国の第7次エネルギー基本計画で石油、天然ガス、石炭など、火力発電が占める比率は『30%~40%』程度(2040年度の目標)。この中で、石油の占める比率は減少してきているが、石油は燃料としてだけではなく、プラスチックなどの工業原料としての用途もある。
洗剤などの日用品、包装材料、医療・介護向け製品の材料として使われ、産業と国民生活の両面で〝モノ不足〟が課題として浮上。
また、ガソリン代の高騰が物流を直撃し、経済活動に重大な支障を与えつつある。そうした点でも、国産エネルギーの向上、つまり再生可能エネルギーをどう活用するかは、国全体で戦略的に進める必要がある。
歴史をたどれば、50余年前の第1次・第2次石油ショックの時にも、日本は石油の9割を中東に頼ってきた。それ以降、省エネ・省資源のための技術開発を進め、何とか危機を乗り越えてきたが、課題は山積。
今、日本は、再び『強い経済』を取り戻そうという試練の時を迎えている。国や社会を運営するうえで、エネルギー確保は最重要課題の一つ。その重要課題を解決するために、エネルギーの国産化を図るという小宮山氏の『プラチナ構想』である。
中東に石油の9割を依存し、そのほとんどがホルムズ海峡を経由する状況は、50年前の石油ショック時と変わっていない。
地政学リスクや経済安全保障の概念が重要視されるようになった割に、〝日本の脆弱性〟は少しも変わっていないということだ。石油ショックから50余年、日本はこれまで何をしてきたのか─という反省が必要だ。
日本の活路を拓く
では、日本の活路をどう見出していくのか─。
「一番多いのは太陽光で、その次に風力。この2つの比率は、これまでの数値と比べてそんなに変わるほどの特殊な話ではありません。この中でも地熱が水力と近いレベルにまで増えると。地熱に関しては新しい技術が出てきています。地下を掘る技術が非常に進化しており、日本は地下3000メートルで超臨界に達します」と小宮山氏は語る。
超臨界─。物質の状態は、個体、液体、気体に分けられる。温度と圧力が上昇していくと、液体と気体の境界線が無くなる。この臨界点を超えると、液体と気体の両方の性質を兼ね備えた超臨界流体が得られ、地熱発電の効率的運用が可能となる。
「他の国では5000メートル掘らないと超臨界という水の状態にはならない。日本は火山国という特徴もあって、浅い所だと3000メートル、4000メートル位掘ると、どこでも超臨界に達します」
地熱発電を進めると、温泉を抱える地域の利害とぶつかり合うのではないかという声もよく聞かれるが、「超臨界液体は温泉と競合する水ではありません」と小宮山氏は説明し、太陽光、風力、地熱などに加えて、「バイオマス発電なども有力になってきます」と語る。
太陽光発電に関しては、中国産パネル問題や、景観問題、環境破壊問題が出るなど、今、転換期を迎えているが、小宮山氏は、農地を活用する『ソーラーシェアリング』という新しい仕組みで活路が拓ける考えを示す。
米政権の政策修正などで今は逆境にあるが……
2050年の電力需要は、先述のように、1兆9990億キロワット時から2兆920億キロワット時が想定される。2023年の2倍以上の数字である。
この電力需要を賄うために、化石燃料を使う給湯器や暖房器具、中低温度の蒸気製造などは、ヒートポンプに置き換えていくとしている。
ヒートポンプは、空気などの熱源から汲みあげた熱を移動させることで、熱エネルギーを取り出すことができる。わずかな電気で稼働させることができるという点が利点だ。
また、乗用車はEV(電気自動車)化するなど、化石燃料の使用を減らす方向を維持しようと呼びかける。
ただ、現在EVは逆境にある。日本を代表する自動車メーカー、ホンダは2040年に全ての新車をEVと燃料電池車にする目標を立て、2030年度までに10兆円を投資する計画を立てていた(その後、7兆円に縮小)。
しかし、米トランプ政権がEV支援策を修正した影響で、EVの人気は低下。需要低迷で旗艦EVの開発を中止する事態に追い込まれた。このため、同社は2027年度3月期までに最大2兆5000億円の損失を計上する見込み。2026年3月期の損失も最大約6900億円と同社始まって以来の巨額損失となった。
中長期的に、EV化は進むと見られるが、企業としては存続のために当座の逆境を鑑みたホンダの経営判断である。
ドイツ車メーカーもEV開発を進めてきたが、業績は低迷。
時代の転換期には、引き潮・満ち潮が混在するが、中長期的な視点では、脱炭素化の重要性は間違いなく、地球温暖化阻止のためにも、EVや燃料電池車は不可欠になるという小宮山氏の認識である。
では、そうしたエコシステムを皆で創り出し、協業していくにはどうすればいいのか?
ソーラーシェアリングで営農型太陽光発電を!
「今、ソーラーパネルを建てる土地がないと言われていますね。そこで今、僕が考えているのは、日本の農耕地の活用です。田んぼ、畑、耕作放棄地全部を入れると、500万ヘクタール位になる。ここに全部、例えば、ソーラーシェアリングをやると、今の総発電量の5倍の電気が取れます」。
ソーラーシェアリング─。農地に支柱を立て、その上部に太陽光パネルを設置して発電する仕組み。太陽光を農業生産と発電とで共有(シェアリング)することから、こうネーミングされた。
ソーラーシェアリングが広がれば、農家は従来の農業による収入にプラスして売電による収入を得ることができ、農家の所得向上が期待できる。日本の農業人口は減り続け、2023年時点で約116万人。1991年には800万人以上いたので、30年余で4分の3も減少したことになる。
日本のエネルギーの自給率は15%。食料自給率は38%(カロリーベース)とされ、先進7カ国中で最低の水準(ちなみにカナダ258%、フランス129%、米国127%、ドイツ92%、イギリス72%、イタリア61%という数値)。
日本は農家の収入が低く、農業以外の仕事との兼業で何とかやり繰りしているのが現状。
売電で農家の所得を増やし、農業生産の持続性を図ると共に、太陽光発電による再生エネの活用を両立させようというソーラーシェアリングの試みだ。
この試みは今、全国各地で行われようとしている。その中核を占めるのが、千葉大学発のスタートアップ、千葉エコ・エネルギー(馬上丈司代表取締役、本社は千葉市稲毛区)。
馬上氏(1983年生まれ)は千葉大学大学院(人文社会科学系)卒で、営農型太陽光発電を考案。農作物販売と売電による2つの収入を得る地産地消型のビジネスモデルをつくろうと2012年に同社を設立。
すでに、千葉市内で1ヘクタールの農地に高さ4メートルの支柱を立てて太陽光パネルを設置。その下で、サツマイモ、ジャガイモ、ブロッコリー、ナス、ブルーベリーなどの農作物を栽培している。
これまでの実績は、農作物の年間売上は平均300万円。コストを差し引くと150万円が手元に残る。太陽光発電のアグリ・エナジー1号機の年間売電売上は約2400万円。半分がコストだとしても、約1200万円が手元に残る。単純に手元に残る分を合計すれば、1350万円が収入になる計算だ。
プラチナ構想ネットワークは、千葉エコ・エネルギーを中核としたコンソーシアム(共同事業体)をつくり、馬上氏を発起人代表とし、小宮山氏などがその活動をバックアップしている。
ヤンマーやクボタなど農業機械メーカーもこうした動きをサポートする。さらに、日本政策投資銀行なども興味を持っており、今後の活動が期待されるソーラーシェアリングだ。
「やはり、企業も資産運用会社も国内に投資しないと、日本の産業や農業は空洞化してしまいますからね」と小宮山氏の考え。
太陽光発電では山間部の乱開発が問題視されている。これについて同氏も「そうした乱開発は中止にすべきです」と語る。
「日本は資源自給国家に必ずなれる!」
もっとも課題もある。今の農業行政の枠内では、ソーラーシェアリングのために立てる支柱が占有する土地部分は〝農地転用〟の手続きをしなくてはならないという。
せっかく農地を活用して太陽光発電との共生を図ろうと、ニュービジネスを興そうとする側にとっては、新事業を阻害する行政の措置である。
農地転用とは、農業地を農業以外の目的に転用すること。戦後間もない時に、零細な農業を守るという大義名分の下、農地法(1952年制定)によって規制され、現在も続いている。
新しい事業を興す時、必ずと言っていいほど、既存の制度、慣習、しきたりとぶつかる。それまでのやり方が障害となって、新しい事業の勃興を妨げるというケースはよくある。
そこで、法律の見直しや改正が必要となってくる。
また、行政当局のその時々の判断が規制として立ちはだかるケースもある。公正さを確保しながら、社会全体の利益、つまり公益に役立つ事業になり得るとすれば、法律や行政判断も見直されるべきであろう。
日本はエネルギーと食料の自給率をいかに高めていくか─という問題に直面する。
繰り返しになるが、日本のエネルギー自給率は15%しかない。ホルムズ海峡の実質的な閉鎖が続くとなれば、石油は枯渇する。今ある在庫(240日分)もいずれ無くなれば、日本の産業活動や国民生活にも多大な影響が出てくる。
当座は輸入先や調達手段の多様化でしのぐことになるだろうが、これも他国との激しい競争が待ち構えている。エネルギーの安定確保のためにも、日本は戦争終結に向かって、外交力はもとより、自らの持てる力を総動員して、対応していかなくてはならない。
日本には、国と国をつなぎ、人と人をつなぐ使命と役割が求められる。新政権もその方向で努力しているが、それを後押しするのは、危機感に基づく国民の意識改革であろう。
国の富を創るのは経済人であり、民間企業である。公益に貢献する新事業を興し、その実績を基に前例をつくっていくことが大事。
「そう、前例をつくっていく。今の状況で出来ている所もあるんですからね。やれば出来る所は多いわけです。それで、ある程度の規模まで出来ていけば、ルールも変わると思うんですね」と小宮山氏も語る。
氏は東大総長時代に『「課題先進国」日本』という著作を刊行(2007年)。日本は課題をいっぱい抱えているが、日本の潜在力、技術開発力を掘り起こせば、課題解決策は見出せるというのが同書の趣旨。
人類は20世紀まで、資源・エネルギーの開拓、農地の開拓で発展してきた。しかし、それも飽和点に達し、地球温暖化という現象になって現れているというのが氏の認識である。20世紀型の石油、鉄鉱石などの地下資源開拓を止めて、資源リサイクルの循環型社会に変えていこうというプラチナ構想ネットワーク。
「資源自給国家になれる」─。小宮山氏の『再生エネルギー主体』論の実践の時である。