
超微細な世界を見れる顕微鏡
2024年に本学の青葉山新キャンパスで完成した次世代放射光施設「ナノテラス」は、いわばナノメートル(ナノは10億分の1。1ナノメートルは100万分の1ミリ)級の超微細な世界を可視化できる巨大な顕微鏡です。
ただ、最先端技術である放射光は様々な社会課題を解決する可能性を持っているのに、それ自体があまり知られていないという課題があります。本学はこの社会課題に本気で向き合おうと考えて運営を行っています。
まずナノテラスは本学の施設ではありません。この施設は国の主体である量子科学技術研究開発機構が施設の設置者となっています。その上で、民間・地域側のパートナーとして光科学イノベーションセンターを代表機関とした宮城県、仙台市、東北経済連合会、本学の5者による官・民地域パートナーシップにより整備・運用されています。
では、どこまで微細なものを観察できるのか。人間の目に見えない原子の配列を調べるのがX線です。X線は明るいほどよく見えるようになるのですが、ナノテラスの軟X線は世界トップクラスの明るさを誇っています。
この技術は100%国産です。1974年から東京大学の研究者が中心となって開発しました。ただ、東大だけではありません。ここに様々な企業や他の大学の研究者からの知恵を加えて磨き上げてきたという歴史があります。ですから、自分たちで改善することも可能だったわけです。
例えば、ナノテラスは建物がリングの形状をしていますが、発生させた電子を、電磁石を並べた長さ110メートルの直線状の加速器により、光速近くまで一気に加速させ、1周349メートルの蓄積リングを周回します。進路を磁場で曲げたときに発生する放射光を厚さ約1メートルの遮蔽壁に開けた穴から実験ホールに設けた実験室に導き、試料に照射するのです。
これにより、物質や材料を構成する元素や内部構造、機能の情報をマイクロメートル(1000分の1ミリ)からナノメートルのレベルまで可視化することができるようになります。
用途は多岐にわたります。製造業の分野では、先進複合材料の破壊メカニズムの解明につながり、航空宇宙分野では軽量構造部材の信頼性評価が可能です。半導体・電子デバイスの製造プロセスにおけるウエハー表面の超微量汚染分析や微細加工プロセスにおける材料変化・残滓分析もできます。バイオや化学の分野でも、機能性素材や発酵食品のメカニズムの解明にもつなげることが期待されています。つまり、物質や現象の根源に迫ることができるわけです。
もし、放射光施設が海外のものであれば使い勝手はあまり良いものではないでしょう。その点、ナノテラスはオープンです。建設や運用に関与する企業や団体が全てパートナーになります。施設を使うだけの単なるユーザーではありません。このような産・学共創の仕組みは世界に例がありません。
そして大事なことは放射光で物質や現象を見ることが目的ではないということです。我々が目指すのは社会課題を解決すること。企業が新製品を世に出す際も、裏側では放射光でデータを解析するだけでなく、解析して得られたデータをシミュレーションと合わせ、その製品のメカニズムを導き出すのです。
さらにそれを共有します。このコアリション(連携)がナノテラスの醍醐味です。建設費や運営費を拠出いただいた企業や学術団体などには、ナノテラスで得られた知見や技術をオープンにし、気に入ればお買い求めいただく。ですから、ナノテラスはソリューションの領域まで伴走するものなのです。
官・民地域パートナーシップで
東北では2011年の東日本大震災があり、震災からの創造的復興が求められています。その一環として官・民地域パートナーシップでナノテラスを運用し、軌道に乗せていきたいと考えています。いわば社会課題解決への創成とリアリズムの追求とも言えるでしょう。
我々が大事にしているのは競争領域と協調領域の戦略的な活用です。ですから、競争領域にはアカデミアも含まれます。実際に北海道大学や東京大学などの大学がメンバーとして参加していますし、産業界からも約150社以上が参加、または参加の意向を表明しています。
ナノテラスで誕生した技術を民間企業が使い、それを日本の国際競争力にどうつなげていくか。そのためには研究開発のスピードをもっと上げなければなりません。ナノテラスは始動したばかり。これをさらに進化させていきたいと思っています。