
近視はれっきとした病気
近年、日本で近視の子供が増加している。文部科学省の調査によると、現在、日本で裸眼視力1.0未満の子供の割合は、小学校で3割を超え、中学校で6割程度、高等学校で7割程度へ増加。世界的にも近視は急増しており、2050年には世界の人口の50%が近視になると予測されている。
ただ、近視と聞くと、一般的には親からの遺伝だから仕方ないとか、メガネをかければ大した問題ではない、などと考える人も多いのではないか。
こうした日本の〝常識〟を真っ向から否定するのが、眼科医療ベンチャー・窪田製薬ホールディングス(HD)CEO(最高経営責任者)の窪田良氏である。
「わたしは近視はれっきとした病気だと考えている。近視は将来的に失明につながる確率を上げることが分かっているのに、日本では治療すべき疾患であるという認識が全くない。こうした常識を覆し、目の健康を守るため、『世界から失明を撲滅すること』をミッションに掲げて、2002年に起業した」
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昨年9月、米国科学技術医学アカデミーが、近視を「病気」と分類すべきだと発表した。日本ではほとんど報道されていないが、海外では近視の予防と対策を取る国が増えている。
台湾では10数年前から、小学生に1日2時間以上の屋外活動を義務付けたところ、小学生の近視が下がったという報告が出された。中国でも、子供には1日2時間以上の屋外活動を奨励し、2030年までに高校生の近視割合を10%低めることを目標に掲げている。また、米国ではメガネやコンタクトレンズをつくる際、保険が適用される。近視は病気という認識があるからだが、日本では近視は病気にあらず。もちろん、メガネやコンタクトレンズの購入で保険は適用されない。
近視は単に視力低下を引き起こすものではない。白内障や緑内障、網膜剥離、黄斑変性など、失明リスクの高い疾患を引き起こす可能性が高くなることが分かっている。このため、早期の発症抑制や進行管理が極めて重要になってくる。
「中国では近視から失明になることで生じる社会コストを含めて、GDP(国内総生産)の1~2%(30~60兆円)が近視によって失われていると報告されている。海外では近視対策をとっている国が増え、実際に近視が減ってきている。一方、日本は近視を減らす努力をしておらず、増加の一途。わたしはこうした現状を何とかしないと、という危機感が強い」(窪田氏)
そうした中、窪田製薬HDが開発するのが、AR(拡張現実)機器『Kubota Glass(クボタグラス)』。これはメガネ型のウェアラブル機器になっていて、AR技術を活用し、網膜に人工的な光刺激を与え、近視の進行の抑制を目指すという仕組み。これを1日90分ほどかけると、2時間屋外にいたのと同じ効果が期待できるという。
2022年の発売開始以降、ユーザーから「視力低下のスピードが遅くなった」、「これまでメガネをかけていた子供がメガネをかけなくてよくなった」などの声が挙がっているそうだ。
ただ、現状ではまだまだ値段が高い。医療機器の承認を得ておらず、メガネ1本で価格は税込み77万円。同社は2016年の東証マザーズ(現グロース)上場以来、開発投資が先行し、赤字が続く。いかに赤字を克服するのかは今後の課題である。
少年時代の米国での経験を糧に
窪田氏は1966年、医師の家系に生まれた。ただ、父は商社マンで、小学生時代は米国で過ごした。この時、米国で周りから言われたのが、「日本人は自動車にしろ、家電製品にしろ、米国のマネしかできない。自ら革新的なものは作れない」ということ。このことに悔しさを感じた窪田氏は「将来、オリジナリティがあり、世の中に全くないものを生み出したい」と心に誓った。
93年に慶應義塾大学医学部を卒業し、慶應義塾大学病院で勤務。この間、網膜の研究をしていた95年に、緑内障を引き起こす原因遺伝子の一つ「ミオシリン」を発見。日本緑内障学会では最も権威のある「須田賞」を受賞した。その後は虎の門病院で臨床医として勤務し、2002年に米シアトルで起業。加齢黄斑変性やスターガルト病(網膜の遺伝性疾患)、緑内障などの治療薬の開発を進めた。
2015年には窪田製薬HDを設立し、本社機能を日本に移転。創薬の世界は成功確率が2〜3万分の1と言われる世界。もっと身近に多くの患者さんを救うことはできないかと考え、たどり着いたのが『クボタグラス』の開発であった。
また、クボタグラスとは別に、同社は現在、NASA(米航空宇宙局)と提携し、網膜を診断する装置の研究にも着手。例えば、火星に行って帰ってくるには3年近い時間がかかるが、この間、宇宙飛行士は病院に行くことはできない。宇宙飛行士の健康をいかに維持するかは大きな課題であり、NASAが同社の技術に注目したのである。
「わたしがやりたかったのは世の中にない技術開発。一人の医師なら何千人、何万人の患者さんしか診ることができないが、独自の技術開発ができれば、何千万人の患者さんをも救うことができる。世の中にない新たなデバイスを発明し、一人でも多くの方を失明の危機から救いたい」と語る窪田氏。
医師と経営者の二足のわらじで、世界から失明を撲滅するというミッションの実現に向け、窪田氏の挑戦は今後も続く。