日本経済団体連合会会長・筒井義信の「投資牽引型経済で成長し、世界の国と国をつなぐ役割を」

地政学リスクを抱える中で、日本再生・潜在力の掘り起こしをどう進めていくか─。国力の源泉である経済力を高めるには、「投資牽引型経済の確立が急務」と経団連(日本経済団体連合会)会長・筒井義信氏は強調。投資には、設備投資、研究開発投資、人的育成投資などがあるが、”失われた30年”の間にデフレ基調でこれらの投資意欲が萎縮、賃金も低迷したままで推移。今は、「デフレ脱却の兆しが濃厚に出てきて、経済の好循環に向けた胎動が感じられます」と、筒井氏は”胎動”という言葉を使って経済の現状認識を示す。もっともウクライナ戦争は続き、中東情勢も混沌とするなど、地政学リスクが高まる中、新しい国際秩序・ルールづくりをどう進めるかという命題を世界は抱える。こういう中にあって、日本は「世界をつなぐ」使命と役割があるという氏の認識。「日本という国はそれが今でき得るポジションにある」と筒井氏は語り、「ただ、単独では、パワーとして小さいので、(EUやASEANなど)同志国と連携していく時」と訴える。経済人は”つなぐ”役割をいかに発揮していくかという課題である。

 日本再生へ向け 「胎動を感じる」

「成長と分配の好循環の胎動みたいなものが出てきつつある。その象徴として、設備投資が堅調にこのところ数年間推移してきています。より顕著に現れているのが賃上げ。これが非常に強いモメンタムとなって実現できていると。こういうところが、胎動の象徴だと思います」

 日本経済団体連合会(経団連)会長・筒井義信氏(1954年=昭和29年1月生まれ、日本生命特別顧問)は現状認識をこう示し、次のように続ける。

「日本銀行の短観などを見ると、わたしも思いますが、非常に強めの先行きに対する見方、ということですよね。中東情勢があったにもかかわらずですよ。そういった強めの見方が経営者のマインドの中にあるということは、この胎動が本物だということを感じます」

 日銀が3カ月ごとに行う短観(全国企業短期経済観測調査)を見ても、例えば『大企業・製造業』の景況観が5期連続で改善。企業の景況感を示す業況判断指数(DI)は『大企業・製造業』でプラス22となった。前回調査(今年3月)と比べて、5ポイントの改善である。

 AI(人工知能)や半導体の需要が堅調で、これらの関連企業の投資も活発。米国とイランの軍事衝突が続き、石油・天然ガスなど原材料・エネルギーなどの調達難を見越して、各企業とも原材料を前倒しで確保する動きも活発であった。

 小売り業や飲食業などでポリ袋などの購入コストが上昇し、利益を圧迫する要因もあるが、総じて〝中東ショック〟を包含しての今の業況である。中東情勢が不穏当にもかかわらず、経営者のマインドが変わり、前向きになっていることを受けて筒井氏が続ける。

「投資が牽引して、低迷してきている日本の潜在成長率を上げていく。この潜在成長率を底上げしていかないと持続的な成長基盤に繋がらないので、投資牽引型経済で、この潜在成長率を引き上げていく。そして成長と分配の好循環につなげると。こういう構図が必要だと、昨年1年間、ずっと追ってきたということです」(後のインタビュー欄を参照)。

 折しも、昨年10月に発足した高市政権は地政学リスクを伴う中で、『危機管理投資』、『成長投資』をキーワードに17の成長分野(AI・半導体、情報通信、量子、防衛、航空・宇宙、造船、創薬、フードテック、コンテンツなど)を掲げ、官民一体で進めようとしている。

戦略会議

日本の成長と共に、世界共通の課題解決につながる製品・サービスやインフラを提供することを謳う日本成長戦略会議

 国の方向性を示す組織として、経済財政諮問会議があるが、これに加えて、高市首相は『日本成長戦略会議』(議長は高市首相)を発足させている。筒井氏は両方の会議のメンバーに民間代表として参加している。

 危機管理投資で示されている17分野について、筒井氏は「経団連が掲げる投資牽引型経済への転換と軌を一にする」という認識を示す。

 円安や中小企業の困難 をも注視しながら…

 ただ、環境は常に変化する。その激しい変化に我々はどう対応していくべきか─。

 高市政権は日本再生へ向けて国の役割を発揮すべく、〝責任ある積極財政〟の下に、政策を推進する姿勢を示している。そして7月21日、経済財政運営と改革の基本方針(骨太の方針)を決定。2040年度までに戦略17分野、官民で計370兆円を投資するとしている。

 日本はこれまでデフレ脱却のために、これまで超金融緩和策(ゼロ金利、マイナス金利など)を取ってきたことも影響して、〝円安〟を招来。

 この円安にはプラス、マイナスがある。輸出企業には好業績としてハネ返る反面、資源・エネルギーや食料の輸入にはコスト高を招き、物価高・インフレ要因にもなる。ともあれ、今の1ドル・160円以上の円安水準は日本の国力低下を示しているという見方が多い。

 国債増発に基づく財政出動には、国債価格の下落、つまり長期金利の上昇という市場の反応を招くということで、財政出動にも一定のタガがはめられているという現実課題である。

 経団連は、この財政運営については、現在、GDP(国内総生産)の2倍強になる債務残高(国債発行残高、約1200兆円強)を注視し、債務残高対GDP比の安定的な引き下げが大事という考えを示している。

 同時に、税収でどれだけ政策的経費を賄えるかを示すプライマリーバランス(PB、基礎的財政収支)や国債の利払い費など複眼的な指標で財政状況をモニタリングする必要がある─。筒井氏は経済財政諮問会議などでこう訴えてきた。

 マクロ経済全体では、胎動が感じられる状況になりつつあるが、日本国内では大企業と中小企業の〝格差〟問題、さらには人口減、少子化・高齢化という根本的な構造問題も抱えている。

 賃上げにしても、大企業は2026年春、3年連続の賃上げが実現しているが、全企業(約370万社)の99%を占める中小企業の約半分は賃上げが出来ない状況にある。

 中小企業はそれこそ千差万別。賃上げできるほどの強み、高い技術を持つところもあれば、人手不足下、人手を確保するために身を削るところもある。

 今、生成AI(人工知能)の登場で産業界は再編・整理淘汰の時代を迎えている。産業界の基礎を担い、サプライチェーン(供給網)で重要な役割を担う中小企業と大企業の連携は不可欠。

 その中小企業を傘下に持つ日本商工会議所(会頭は小林健氏=三菱商事元社長・会長)との対話も常に持ち、「経団連と日商は連携していく」と言う筒井氏である。

 地政学リスクの強大化 連鎖化、頻発化にどう対応?

 この地政学リスクの高まりの中で、日本は新しい国際秩序づくり、ルールづくりへ向けて、どう動いていくべきなのか─。

 筒井氏は1954年(昭和29年)1月30日生まれの72歳。1977年(昭和52年)日本生命に入社。2011年社長に就任。2018年に会長、そして2025年に特別顧問という足取り。

 日生の社長就任時代は東日本大震災が起きた直後。生命保険協会会長にも就任した筒井氏は、震災関連の保険金支払いに尽力。この時の生保業界の震災に関連した保険金、給付金の支払いは約2000億円。阪神・淡路大震災(1995年)時の約490億円の4倍以上の額となった。

 もしもの事が起きた時にどう対応するかと考え、「真に最大、最優、信頼度抜群の生命保険会社になろう」と生保のあるべき姿を追求。この経営姿勢は、後継社長・清水博氏(現会長・1961年生まれ)の『安心の多面体』戦略やヘルスケア事業強化、外資との提携へとつながり、現在の社長・朝日智司氏(1963年生まれ)の体制へと受け継がれている。

 こうした経緯を踏まえて、筒井氏は現在の状況をどう捉えているのか。 「この混沌の度合いというのは、私は社会人生活を50年ほどしておりますが、年を追って混沌の度合いが増してきているという印象が強いです。

 1つひとつのリスク、特に地政学リスクが巨大化し、連鎖し合っている。その地政学リスクそのものが頻発化している。地政学リスクの巨大化、連鎖化、頻発化ですね。これも象徴的な現象だと思っています」という氏の時代認識(インタビュー欄参照)。

 100年前の『戦間期』に 今は似た状況にあって…

 今年は、昭和の起点(1926年)から言えば、『昭和100年』である。この100年の間には敗戦(1945年=昭和20年)があり、そして戦後復興、高度成長を経てGDPで米国に次ぐ世界2位の経済大国になった(1968年=昭和43年)。

 その後、1990年代初めのバブル経済崩壊を経験。今、GDPでは中国、ドイツに抜かれ、世界4位の座になった。

 この間、世界では資本主義(西側)対社会主義(東側)の東西対立が無くなったとされるものの、国際秩序も崩され、ロシアのウクライナ侵攻、米国とイラン両国間での戦争と〝力の支配〟が横行するようになった。

 80余年前に第2次世界大戦終了時、国際連合(本部、米国ニューヨーク市)が発足し、米国主導の下にIMF(国際通貨基金)体制も作られた。『自由』、『民主主義』、『法の支配』などの価値観を基に構築された、いわゆる『ブレトンウッズ体制』である。

 こうして、世界の復興支援、経済成長などが図られてきたが、肝心の米国がトランプ政権の下で高関税策を導入し、米国ファースト(米国第一主義)を取り入れるなど、国際秩序も大いに揺さぶられてきている。ちょうど今から100年前は、各国が自国第一主義に走りかけていた時期。

 各国とも、内向きになり排外主義が蔓延。1929年には世界大恐慌を招き、第2次世界大戦へと引きずり込まれていった。

 第1次世界大戦(1914-1918)と第2次世界大戦(1939-1945)の戦間期に当たる1920年代後半と現下の状況に近似性を見て危機感を覚える識者も少なくない。

 こうした歴史の流れの中で、無益な争いを避ける手立てはつくれないものか。その場合、日本はどう動くべきなのか─。「わたしたちは超大国の間にあって、どのような中立的なメッセージを発していくかということだと思います」

 筒井氏はこう切り出し、「これは歴史を遡って、かつ未来を見通したときに、どのような中立的なメッセージを発することができるかという点において、日本という国は、それが今出来るポジションにいると思います」

 ただ、日本単独で、諸国間の利害を調整し、国と国をつなぐといった活動を展開できるわけではない。GDPで見た国力は、1位の米国が30・62兆ドルで世界の中でのシェアは26・1%(2025年時点)。2位の中国は19・4兆ドル(世界シェアは16・6%)。日本は4・28兆ドルで世界シェアは3・76%にまで低下している。

 かつて、1990年前後、日本のGDPが世界に占める比率は18%あった。その頃の米国のシェアは24%前後で今はあまり変わっていない。日本のこの30年間での経済低迷はそれだけのシェア低下を招き、世界での存在感を小さくしているという冷厳な現実である。

 日本単独では動きにくいとして、筒井氏は「パワーとしては小さいので、やはり同志国を糾合してやっていく。日本のソフトパワーを持ってすれば、同志国を糾合できると思います」と述べる(インタビュー欄参)。

 EU、ASEAN、さらに 南米などとも〝つなぐ〟

 国と国をつなぎ、人と人をつないでいく。『自由』、『民主主義』、『人権』、さらには『法の支配』といった普遍的な価値観を共有する国々、地域はまだある。EU(欧州連合)、ASEAN(東南アジア諸国連合)、さらにはカナダ、豪州、ニュージーランドといった国々や地域を〝同志国〟として糾合していこうという考え方である。

「ええ、価値観を共有しながら、経済的にも、原材料やエネルギー問題、また昨今の中東情勢についても、利害は共有できると思います」普遍的な価値観を共有できる国々や地域との同志国連携である。

 その同志国連携を進めていく上で、日本は課題解決を図るコーディネーター(利害調整者)なり、インテグレーター(統合者)になれるポジションにあるということ。具体的に、手立てとなるものはあるのか?

 筒井氏はCPTPP(環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定)を例に挙げながら次のように語る。

「(各国をつないでいくための)座標軸はいくつかあると思いますが、1つはアジア・太平洋です。安倍晋三・元首相がつくられたCPTPPという通商の協定、枠組みがあります。

 経済安全保障を含めた同志国、多国間の連携という意味で、日本が起点となり、今も継続、強化できている枠組みの中では、極めて誇り得るものであると思います」

 このCPTPPは、TPP(環太平洋パートナーシップ協定)が素地になって構築されたものだが、米国の第1次トランプ政権はTPPからの離脱を表明。

 その後、日本が中心となって、カナダ、豪州、ニュージーランドやシンガポール、マレーシア、ベトナム、ブルネイなどのアジア各国、さらにはメキシコ、チリ、ペルーなどと連携して今日まで継続させてきている。(加盟国は11カ国。最初の発効は2018年12月)。

 その後、このCPTPPには英国が加盟(2024年12月)。中国や台湾も加盟を申請しているが、まだ審査が続く。このCPTPP加盟国(現在12カ国)の世界のGDPに占める比率は15%とされ、世界での存在感も高まる。

 このCPTPPを軸に、日本が提唱しているFOIP(自由で開かれたインド太平洋戦略)とも協同し、グローバルサウスやEUとの連携、さらには南米の関税同盟と呼ばれるメルコスールなどとの連携へと結び付けられる。

「はい、非常にグローバルなネットワークが拡大しつつあります。これは非常に頼もしいことですし、将来の日本の基盤を作っていくと思います」と筒井氏。

 日本の〝強さ〟とは何か

 とかく、世界での分断と対立が起きやすい現状況にあって、日本が世界をつなぐ使命と役割を果たしていく上での〝日本の強さ〟とは何か?

「ソフトパワーです。日本人の持っている文化観、ホスピタリティ(おもてなしの心)、自然風土の豊かさ、人と人との絆の強さ。こうした文化観や自然風土から生まれてくるソフトパワーを生かしたいですね」

 筒井氏は、「自分たちには、こういうソフトパワーがあるということを適度に自覚して、適度に自信を持つことが大事」と述べ、「これがベースになって、例えば外交がなされていくし、文化交流がなされていくことになると思います」という考えを示す。

 一木一草に神性や仏性を感じ取る感性や生き方、また助け合いの精神、もっと言えば自助・共助・公助のバランスある考え方から生まれるソフトパワーが日本の強さという氏の認識。

 日本の根本軸、生きる基盤を構築する時

「確かにこれまで『失われた30年』ということが言われてきました。物価、賃金が伸びないデフレ蔓延社会に至ったわけです。その中で企業が資本主義社会をフロントランナーとしてリードするというのが、本来あるべき姿だと思います」  筒井氏が続ける。

「そのフロントランナーであるべき企業が、投資行動を起こすことが大事です。投資には設備投資、研究開発投資、賃金引上げを含む人的投資があります。こうした投資は、経済を牽引する原動力となり、それが利益を生み、株主、従業員、社会に還元されます。

 この好循環を、投資を起点としてつくっていく。これが本来のアントレプレナーシップ、起業家精神の基本形だと思います」

 日本は今、人口減、少子化・高齢化という現象が進む。この縮小はすでに医療・介護、教育、地方自治などで厳しい側面を生み出している。産業界でも人手不足が随所に現れ、それをAIの活用などでどう産業構造を変革させていくかという課題である。

 企業はこの30年間、投資を海外へ向けて、自らの成長を確保してきた。例えば、日本の伝統的な調味料・醤油も、トップ企業のキッコーマンでいえば、全売上の8割は海外市場が占め、全利益の9割を海外市場であげる。グローバル化での成長だ。

 需要が飽和ぎみの国内市場と比べて、海外(グローバル)市場は全体として見れば人口増が続く。日本企業、特に大企業は新しい成長を求めて、海外市場への投資は続けてきた。今、世界は『分断と対立』の現象が続き、〝安全保障〟という概念が経済領域に持ち込まれてきた。

 その中を、企業はどう生き抜くかという今日的な命題。では、グローバル化と国内投資の関係をどう唱えていくか? 「いくつもの要因があると思います。世界全体の情勢を見極めると、残念ながら分断と対立が進んでいます。その中で経済安全保障という理念が強く打ち出されてきて、企業もそれに十全に配慮しなければならないという流れがあります。

 その中で、自由貿易体制の下で高度成長してきた時代には、常に日本国内に必要な機能がなくとも、海外との相互の貿易の中で補い合うことができました。それで日本は成長してきたわけです」と筒井氏はこれまでの日本企業の歩みをこう総括しながら次のように続ける。

「今のように経済安全保障が重視される時代になると、少なくとも日本人の生活や、中小企業を存立させるような産業基盤を日本につくっておかなければいけないと認識しています。その重要性をまず踏まえることが大事になります」

 人口減、少子化の流れを断ち切るためにも、国内投資を推進する戦略は必要だということ。

「国内投資を推進すると同時に、一定の人口を確保していくことが、予見可能性の最も大きな部分だと思います。マーケットのパイを国内でしっかり確保するためにも、国全体で少子化対策を実施し、人口減少に歯止めをかけようとしているというベクトルが存在しているということが大事だと思います」

 金融領域でも、ゼロ金利の時代から、金利のある時代へ移行し始めた。こういう変化の時はマイナス現象も出てくるが、一方で国内への投資にリターンが伴うというプラスもある。その意味で、今は日本再生の好機である。

 また、食料自給率が主要先進国の中で一番低い(約38%)という課題の克服も含めて、投資牽引型経済の構築を官民一体で、という筒井氏である。