『わたしの「対話人生」』国際社会経済研究所理事長・藤沢久美「 リーダーの責任」

リーダーの役割の最も大きな仕事は決めることだ。どの方向に向かうのか、誰に任せるのか、進むのか撤退するのか、決めることは数多くある。そして、決めると書かれたカードがあるならば、その裏側には、責任と書かれているはずだ。そのカードを切った先には、多くの人の人生や命がかかっている。

 さて、10年前、ダボス会議とご縁が深かった頃、国や地域によってリーダーの決める覚悟に違いを感じた。宗教の違いなのかとも思ったが、宗教も含めて、それはその土地が持つ気候や風土、歴史によるものだと思うに至った。

 例えば、灼熱の砂漠に降り立った時、自分ではどの方向に進めば命が助かるかは、全く想像がつかないだろう。自分の直感よりも、経験と知恵のあるリーダーが指し示す方向に進むことの方が生き残る確率は高い。一方で、日本やアジアのような温暖な地域では、とりあえず、どこかに食べるものがあり、一人でもなんとか生きていくことができる環境下では、リーダーに依存することなく命を繋ぐことはできる。

 つまり、砂漠や極寒の地のリーダーの決断は、かつて、その仲間の命に直結するものだったと思われるが、温暖な地域のリーダーの決断は、必ずしもそれほどに重いものではなかったのだろうと思う。

 その後、地域間の領土争いや海外からの侵略などによって、リーダーの決断力は磨かれたと思われるが、根本的にその地域が持つ危機感の違いが、民衆のリーダーに対する期待感の強弱もあり、リーダーの覚悟に大きな影響を与えていたのではないかと思う。

 とはいえ、科学技術が発展し、どんな地域でも命を維持する環境を作ることができるようになり、世代を重ねるごとに、リーダーの決断の重さは軽くなり、皆で決めるという民主的な行為が受け入れられるようになったのだろう。しかし、再び、科学技術の発展が、決めることの重みを増しているように思う。

 命を繋ぐために必要なエネルギーや食料は国境を越えた依存体制となり、AIを活用した新たな戦争が行われるようになり、国の栄枯盛衰のスピードがアップし、リーダーの決める力には、20世紀後半とは桁違いに広い視野と思想を求められるようになった。

 仲間の意見を聞くことは重要だが、最後に決めるのはリーダーの仕事だ。「衆知を集めて、一人で決める」という言葉を聞いたことがある。究極の選択には、この言葉の意味することを実践できるかどうかがリーダーの真価ということになる。

 政治も企業も、リーダーの責任はかつてないほどに重いものになる。だからこそ、次のリーダーを選ぶ現在のリーダーの役割もまた重い。

『わたしの「対話人生」』国際社会経済研究所理事長・藤沢久美「後継者が社長になる時」