
メイド・イン・ジャパンの商品を世界に発信していく!
─ 1971年の創業から今年で55年目に入ったわけですが、この55年を木村さんはどのように受け止めていますか。
木村 わたしはもともと、世界一高品質でいいものをつくろう、そして、メイド・イン・ジャパンの商品を世界中の皆様に使っていただきたいという思いで創業しました。
日本のモノづくりには日本の良さがあって、日本人特有のち密さであるとか、隅の方まで手を抜かずに作業をするとか、きめ細かいところまで気づくことができるモノづくりが特長なんですね。
経団連会長・筒井義信「業界の垣根を越え、社会全体を俯瞰して、リードするために産業界の総意を結集していく」
─ よく日本の服づくりは、表面だけでなく、裏地まで配慮していると言われますね。
木村 ええ。わたしは、そうした日本の良さを世界中の人たちに知ってもらいたいと思ってやってきました。あまり儲けようなどと考えず、それだけの思いで55年間やってきましたし、利益だけを追求していたら、今日の当社はなかったと思います。
─ それくらい製品づくりにこだわってきたということですね。
木村 はい。われわれの商品の中には、海島綿(シーアイランドコットン)と言って、カリブ海原産の希少性の高い高級なコットンを使ったものもあります。
例えたら、絹のような光沢とカシミヤの肌触りを持つコットンで、これは他の会社であれば、コストが高くなるので使用できないくらい高級なコットンなんです。
─ では、ミキハウスがそれを使う理由は何ですか。
木村 やはり、われわれがつくっているのは「オギャー」と裸で生まれて、一番繊細な状態の赤ちゃんが着るものですから、本当にいいものを着てほしいじゃないですか。その一心でここまで来ました。
─ 木村さんの場合、お父さん(庄太郎氏)が婦人服メーカーを経営していましたよね。お父さんの影響は大きかったですか。
木村 大きかったというか、反面教師的な意味で勉強になりましたよね。 父はワンダラー・ブラウスと言って、米国向けに1枚1㌦で売るための商品を大量に輸出していました。でも、ブラウス1枚売って1円、2円しか儲けがないなら、そんな商売は長続きしないですよ。
─ つまり、利幅の薄い衣類を大量販売する方法ですね。
木村 ですから、父とは何度も衝突しましたよ。父が従業員と話しているのは、いかに安くつくるか、どこに工場を持っていったら安くなるかという話ばかり。父には「安く、安く」という発想しかなくて、わたしは「その商売の付加価値はどこにあるんだ?」といつも疑問に思っていました。
お客様がいいものを安く買いたいというのは当然の心理です。しかし、値段が高くてもいいから、他の人が持っていないようないいものを買いたいという人もいるわけです。だから、考え方の違いというのか、結果的に父は前者を選び、わたしは後者を選んだということですね。
昔も今も、日本ではいかに安くつくるかばかりを考えている経営者が多いです。だから、日本でつくるよりも韓国や中国でつくった方が安いとか、韓国や中国の人件費が上がったから、今度は東南アジアを目指そうとか、そんな話ばかりじゃないですか。
わたしがよく言っているのは、値段を上げずにコストを半分にする方法を考えるなら、コストがかかってもいいから値段を倍にする方法を考えろと。付加価値の無い安値競争では、いつか必ず破綻しますよ。