
「お客様によって良い商品は異なる。こちら側がこれはあなたにピッタリだから買いなさいという時代はもう終わった。お客様がどう考えていて、何を望んでいるのか突き詰めると答えは出てくる」─。消費者目線に沿っての商品開発、製造そして販売を強調するのは、ワコールホールディングス社長の矢島昌明氏。百貨店とともに成長してきたワコールだが、コロナ禍で事業モデルの見直しを余儀なくされた。SPA企業の台頭もある中で、自分たちの強みは何かを再考するところから改革に着手し、身体のデータの活用やスポーツ用品を強化。新生ワコールの今後の成長戦略─。
ビジネスモデルの転換、EC急伸
─ 2年間コロナ禍で厳しい時期を経て、2025年3月期は売上高1738億円、営業利益は約33億円という結果でした。今後どういった方向性で業績を伸ばしていく方針ですか。
矢島 内部の構造改革だけでは社員はやはり縮み思考になってしまいます。ですから、売上を伸ばし、利益を上げ、社員に還元するという世界をはやく作りたいと考えています。まだまだ改革の途中なので、本格的に成果が出てくるのはこれからだと緊張感をもって臨んでいきたいと思っています。
国内のビジネスに関しては、これまでわれわれは百貨店、専門店、チェーンストアさんの店舗数増加とともに発展してきました。それぞれ明確に差別化を行い、その店舗の業態に合わせたブランドを出して業績を伸ばしてきました。
ところが、時代とともに、百貨店は1980年代の約300店舗から今は約160店舗、チェーンストアや専門店さんも当然減ってきています。そうなってくると、業態別に商品を出すということが、在庫の問題も含めて非常に非効率になってきます。
─ ビジネスのやり方から見直す必要があったと。
矢島 ええ。ですからわたしが社長に就任してからは、業態ではなく、お客様に合わせたブランドをリデザインしました。今まであった約50ブランドは、12に集約し、約4分の1縮小しました。
そうすると1つあたりの在庫も増えますし、生産時の非効率も減少し、品番数やロスも当然減ってきます。在庫にどう対応するかということです。
もう1つは、生産体制と在庫の持ち方を変えました。従来、われわれは計画的に、約14カ月かけて物を作っていたのですが、1年2カ月先の世の中の状況ははっきりとわかりません。
─ 具体的にどう生産体制を変えたんですか。
矢島 これまで在庫はバーゲンで売ることで最適化をしていました。ところが今はその方式もなかなか難しい。ですから店頭で在庫がなくなったら、その分をつくって補充するという「売れたら作る」需要連動生産の運用を始めています。
ところが、この方式だと、必要になった時点で縫製ラインの切り替えや、材料の手配を迅速にする必要があります。ある程度の備蓄はしていますが、非常に手間がかかるのがネックです。
─ 「売れたら作る」を前提に製造販売の効率をどう高めていくかという課題ですね。
矢島 はい。やはり現場としては、今までのやり方を変えていくのは非常に大変です。この方式に順次変えていきますが、まだ去年はワコールブランドとウイングブランド合わせて10%くらいの進捗具合です。今期中には売上の4割程度まで拡大させることが目標です。
あとは、売る場所の客層をきちんと見極めて商品を置いていくことが重要だと考えています。
─ 以前、下着は店頭での販売がメインだったと思いますが、ワコールではeコマースが急伸していますね。
矢島 ええ。国内だけでなく海外もeコマースは非常に伸びています。アメリカも同様で、百貨店が減少しています。2015年に約8000店くらいあったのが、今4700店舗と加速度的に減少している。
そのかわり、この6年間のEC年平均成長率は約10%です。つまり百貨店で欠けた分がECにシフトしているということです。
コロナ禍の時は、百貨店へ誰も行かなくなった時期がありました。これで完全にECにシフトしたかなと思ったのですが、コロナ禍が明けてからは逆に戻ったのです。やはり実際に物を見て買いたい人はいっぱいいるのだなと確信しました。
それと一見、ECと百貨店、ECとリアル店舗は、相反しているようなイメージがあると思いますが、全然違うんですね。
例えばわれわれのお客さんの中でも、ECのみ、もしくは店頭のみで購入されている方、それからその両方で購入されている方と、3パターンあるんです。
─ つまり分断でなく並立していると。
矢島 そうなんです。実は、店頭とEC両方で購入されている方が店頭で買った場合には、平均購買客単位は1・3倍ぐらいになるんです。
なぜかと言うと、ECで一度商品を見て頭の中に購入する候補があって、自分の買い物の道筋がわかっているからです。店頭でゼロから接客を受けるよりスムーズに買い物が進むんです。
逆にECだけで商売ができるかと言うと、われわれのような下着などは特に、実際触りもしない、見もしないで買うというのはハードルが高いです。
日本でも欧米でも、リアル店舗がどんどん増えていくという時代はもうこないと思います。ですので、リアルと組み合わせてECを伸ばすということが今後のポイントになります。
─ 品質と価格というテーマは、今の全産業界共通の課題ですが、品質についてワコールはどう追求していきますか。
矢島 品質については、「品質保証審議会」を設置し、われわれの中で厳しい基準が決まっていますから、これ以上厳しくしようとは思っていません。
ただ世界の中で、日本はこれだけ品質に対して厳しいけど、世界全てで同じような基準がいるかというと、それは国ごとに違ってもいいと考えています。なぜなら日本と欧米の生活習慣や文化は異なるからです。
洗濯にお湯を使った時の色落ちや、洗濯機なんかも国によって違いますから、その国に合わせた基準が必要になってきます。
─ 海外の売上比率はどのくらいですか。
矢島 直近の決算では、売上の約4割が海外で、利益は海外のほうが多いです。
約50年前に、まずはアジアから始めて、台湾、韓国、中国、インドネシア、マレーシア、フィリピン、香港、ベトナムなどに加え欧米への進出と世界中でわれわれの下着を売っています。アジアはまだマーケットは小さいですが、今後期待できるだろうと思っているのは、インドです。
われわれのビジネスの可能性の分析は、人口ではなくて、世帯年収の分布を分析しています。ワコールがターゲットとする世帯年収が上位中間層以上の女性の人口は2030年には1・4億人を見込んでいます(自社推計)。
うちの一番リーズナブルな商品は2000円ぐらいですから、購入層は約250万円の世帯年収のかたです。もう1つは下着のマーケット規模を分析すると、その国の下着の可能性が大体わかってきます。
下着にも顧客体験価値を!
─ 今後、新規事業としてはどういったものを成長させていく考えですか。
矢島 基本はお客様を主軸に需要を掘り起こしていきます。
良い商品と感じるかどうかは、お客様によって違います。3000円ぐらいの下着でレースは豪華じゃなくても、シンプルなものをつけたいという方もいれば、非常に繊細で綺麗なレース生地で、デザイン性も良くて、1万円出しても欲しいという方もいて、お客さんによって違うんです。
─ 多様性が出てきているということですね。
矢島 はい。これまではメーカー主導でしたが、いまは消費者主導です。職人やメーカーは良いものを作れば売れるという考えになりがちですが、人によって良いものは違うということです。ですから、消費者の心を読むということが非常に大事です。
お客様がどう考えていて、お客様が何を望んでいるのかと突き詰めれば答えが出てきます。
これは、上司が言ったからとかではなくて、「店頭でこんな声をたくさん聞いてます」とか、「今こんな反応が来ています」と言うような会話がされるようになれば、それは進むべき方向性が1つになってきている証しです。それを大切にしようと。
ですから、聞くのは上司の声ではなくお客様の声だということを、社員達には言っています。
─ 大事ですね。それから現在シェアはどのくらいですか。
矢島 当社は20%ぐらいで業界2位、1位はユニクロさんで22%のシェアです。
ユニクロさんはS、M、Lのサイズ展開で非常に幅広く包含するつくりになっています。ですから、身体にぴったり沿ったものを提案する当社とは厳密には戦ってる領域が違います。
昔は娘さんが成長されていくにつれて、お母さんが下着売り場に連れて行き一緒に測って、ピッタリのものを身につけるという習慣があったと思います。ところが今は、試着も恐らくせずに購入するような習慣になってきているのではないかと。
ですから若い方を中心に、下着に対して興味がないとか、期待が下がってしまって、生涯価値観が変わらない可能性が高いのではという危機感をわれわれは持っています。
─ そこでどう提案していくかですね。
矢島 ええ。自分にピッタリのサイズのものを持ってもらいたいということで考えたのが、6年前から始めている3Dボディスキャンの『SCANBE(スキャンビー)』というサービスです。
これは店頭に設置して、セルフで自分の身体のサイズが3Dで測っていただけるものです。無料ですから気軽に定期的に寄っていただくお客様も多いです。
もともと販売員によるサイズ計測は無料でやってはいたのですが、多くのお客さんは測ってもらうことも有料だと思っている方がたくさんいらっしゃった。
ですから、「わたしたちは測るだけで一切勧めません」と宣言して、お客様の来店のハードルをぐっと下げて、楽しんでいただく体験というものを重視していきたいと思っています。
─ 自分のサイズを測ったら自然とぴったりの下着も試着してみたくなりますね。
矢島 そうなんです(笑)。実際そう宣言して測ってもらうと、8割くらいの方は自分に合ったものが欲しくなって購入されていきます。
今まで1回も自分のサイズを測ったことがなかった人が、「今まで着けていた下着と比べて、こんなにピッタリ合って、浮かないし、快適なんだ」ということを知っていただく。地道ですが、そういう丁寧さが大事だと考えています。
今後は百貨店から、例えばショッピングモールやアウトレット等、人通りの多い所でも展開できたらと思っています。
下着屋がなぜスポーツ用品?
─ 最近ワコールのスポーツウェアが話題を呼んでいます。これはどのような背景ではじめたのですか。
矢島 われわれは身体を補正するブラジャーというもので商売してきて、身体のことをずっと研究してきました。その研究を通じて独自のテーピング理論を開発し、商品化したのが『CW︱X』という商品です。
コンプレッションウェアという着圧のある商品なんですが、ランニングの世界ではそこそこ需要があるんです。マラソン大会では多くのランナーに着用いただいています。
ウェアによって機能は異なりますが、例えば股関節や膝をサポートする商品では、疲労軽減に加え、運動時の関節の安定性向上や動作性向上を押し出しています。
野球でもイチロー選手がゲームの時に、常に『CW︱X』を履いていたと言ってくれました。大谷翔平選手も、ソックスとコンプレッションショーツは常に身につけて試合に出られているようです。
─ いろいろな領域に潜在ニーズがありそうですね。
矢島 そうなんです。これを職域にも広げていきたいと思っていて、例えば立ち仕事が多い料理人の方、お医者さん、教員の方などにも役立てると思っています。
外科医だと手術に7時間以上かかることもよくありますよね。長時間の手術は片時も休めませんので、こういった商品が身体のサポートに役立つのではないかなと。実は既に使用いただいているお医者さんもいます。
『CW︱X』の直近の売上は50憶円くらいなので、全体から見ればまだ小さい規模ですが、ゆくゆくは海外にも展開していきたいです。非常に可能性があると考えています。
─ 矢島さんが就職先としてワコールという会社を選んだ理由は何だったんですか。
矢島 創業者の塚本幸一の生き様です。大学は商学部でしたので、普通の流れだと銀行に就職する人が多かったのですが、19歳で両親が亡くなり、家族分の学費も自分が稼いだり、いろいろと家庭の事情がありました。
そんな中で当時、塚本幸一のワコールという会社は、成績表を一切見ない、人間だけを見るという会社だと言っていましたので、ここで必死に頑張りたいと思い決めました。社員の意見交換が活発な社風で、あの時の自分の判断は正解だったと思っています。