2025年4月に開幕した「大阪・関西万博」では、公式ウォレットサービスとして「EXPO2025デジタルウォレット」が導入された。このウォレットは、日本国内でWeb3ソリューション事業を展開するHashPortが大阪・関西万博に対して協賛・提供しているサービスだ。

そして、そのブロックチェーンネットワークには米国のブロックチェーン技術企業であるAptos Labsが提供するブロックチェーン「Aptos Network」が採用されている。Aptos Networkは柔軟な拡張基盤と高度なセキュリティ対策を備えた次世代のレイヤー1ブロックチェーンであり、この技術を基盤にWeb3のプラットフォームを構築することによって、大規模なユーザーに対して安全かつシームレスなサービス提供を可能にしているという。

事業会社にとって、デジタルマーケティングにおける顧客データの重要性が増す一方で、相次ぐサイバー攻撃による情報漏洩のリスクから顧客データをどのように守るか、そして高度なセキュリティを保ちながらデータを活用した豊かな顧客体験の創出と顧客満足度の向上をどのように実現するかは大きな課題となっている。

そうした企業のミッションにとって、新たな情報基盤としてのブロックチェーンにはどのような可能性があるのか。Aptos Labsでアジア地区のマーケティングを統括するトーマス・チョウ氏にオンラインで話を伺った。

  • オンラインで取材に応じたAptos Labsのトーマス・チョウ氏

  • Aptos Netowrk上でHashPortが開発した「EXPO2025デジタルウォレット」

「EXPO2025デジタルウォレット」とは

まずは、「EXPO2025デジタルウォレット」の基本的な仕組みについておさらいしておこう。

「EXPO2025デジタルウォレット」は大阪・関西万博の開催に合わせてリリースされたデジタルウォレットサービス。万博会場の内外で利用できる決済サービス「ミャクペ!」や万博関連のプログラムに参加することでもらえるポイント「ミャクポ!」、万博独自のNFTがもらえる 「ミャクーン!」などのサービスを中核に、EXPO関連のサービスとつながることで特別な体験や情報を入手できたり、SBT・NFTを保管・管理したり、二次元コードで簡単に友人・知人と交換したりすることができるWeb3ウォレットやSBTデジタルパスポートなど、さまざまな機能・サービスを内包している。

大阪・関西万博に来場する多くの顧客が利用するサービスだが、データ管理基盤としてはサーバ管理型のWeb2とブロックチェーン型のWeb3を併用しており、ブロックチェーンには次世代のレイヤー1ブロックチェーンである「AptosNetwork」が採用されている。

レイヤー1ブロックチェーンとは、ブロックチェーンに必要な基本的な機能を備えている基盤技術で、Aptos Networkの上位レイヤーにさまざまなアプリケーションが構築されることでユーザーにサービスが提供される。

「EXPO2025デジタルウォレット」はなぜ「Aptos Network」を採用したのか

チョウ氏によると、Aptos Networkは柔軟な拡張基盤、高度なセキュリティ対策を備えているのが特徴で、数十億人規模のユーザーによるサービス利用にも対応できる高速処理と低遅延を強みとしているという。

「EXPO2025デジタルウォレットでは利用者のアプリ上の行動履歴やEXPOトークンと呼ばれる1コインを1円として決済に利用可能なトークンの取引履歴などの繊細な個人情報をひとつのデータセンターに集約するのではなく、Aptos Networkのブロックチェーン全体で分散管理されている。EXPO2025デジタルウォレットのユーザーには処理能力の高さによる使いやすさと高度なデータ管理基盤による高い信頼性を提供できていると考えている」(チョウ氏)

  • ブロックチェーンの基本的な仕組み 引用:Aptos Labs

チョウ氏によると、Aptos Networkが「EXPO2025デジタルウォレット」のデータ基盤としてインフラを提供している背景には、Aptos Networkの高度なセキュリティと高いトランザクション処理能力、そしてグローバルでさまざまな企業のデータ基盤として採用された信頼性の高さがあるという。

処理能力としては、Aptos Networkのブロックチェーンは毎秒16万回という高速トランザクション処理が可能で、これによって「万博会場に来場した顧客が一気にトークンを利用した決済やSBTの発行などの処理を行っても遅延なく処理することができる」(チョウ氏)という。

ちなみに、同じくAptosをデータ基盤に採用したオンラインゲームでは24時間で3億2600万件ものトランザクション処理を実現しているそうだ。「大阪・関西万博の多くの来場者にも対応できるトランザクション処理速度とスケーラビリティの高さが評価された」(チョウ氏)

信頼性について、チョウ氏はグローバルにおける採用実績を挙げた。Aptos Networkは、ゲームメーカー、映画会社、金融機関、行政機関、通信会社など大手の企業や団体でデータ基盤として採用されているという実績がある。

その背景には、Aptos Networkが誕生したバックグラウンドがある。同社は旧Facebook(現在のMeta)が開発したDiem(Libra)プロジェクトと呼ばれるブロックチェーン技術をルーツとしており、チョウ氏自身もFacebook社でアジア地区の広告事業に携わってきたという。

この旧Facebookが開発したブロックチェーン技術は、Facebook、Instagram、Messenger、WhatsAppといったグローバル規模のサービスで共通して利用可能な統一決済インフラを目指して構築された技術基盤に基づいている。高い処理能力、スケーラビリティ、そしてセキュリティ性を兼ね備えたその設計思想は、Aptos Networkにも継承されているそうだ。

「ブロックチェーンの第1世代であるビットコイン、第2世代であるイーサリアムと比較して安全性も高まっているのがAptos Networkの強みだ。処理の安定性も高く、トランザクション処理の際にエラーが生じる可能性も他社のブロックチェーンと比較して圧倒的に低い」(チョウ氏)

本格的なWeb3時代に、企業の顧客データ管理はどうあるべきか

ここからは、視点を企業のデジタルマーケティングに向けてみよう。

「EXPO2025デジタルウォレット」は最新のブロックチェーン技術を活用して安全かつ安定性の高い顧客データ基盤を実現した。一方で、日本の事業会社は多くがオンプレミス型サーバやクラウド型データセンターなどに顧客情報を集約させるWeb2型の顧客データ管理が中心となっている。

この点について、チョウ氏は「データを一元管理することによる利便性の高さは否定できない」としながらも、「データが一つの場所に集まっているということそのものにリスクがある」と指摘する。

「企業のデータを標的にした悪意のある攻撃者にとっては、“どこを攻撃すればいいか”が明白になっている。それがWeb2型のデータ管理の最大のリスクになる」(チョウ氏)

加えてチョウ氏は、データの一元管理は外部からの攻撃だけでなく内部からの改ざんや流出にも脆弱と指摘。対してブロックチェーン技術はデータを暗号化した上で分散管理するだけでなくデータの改ざんができない技術的な特徴があり、安全性・透明性の高さを担保したデータ管理が可能になるという。

「日本を含めて情報セキュリティやプライバシー保護の意識が高い国では、ブロックチェーンを基盤としたWeb3によるデータ管理がこれからのスタンダードになっていくのではないか。多くのグローバル企業では、すでにどのように個人情報やプライバシーを保護しながらマーケティングを推進していくべきか模索が続いている」(チョウ氏)

ブロックチェーン普及のカギは正しく理解すること

チョウ氏は、日本企業のデータ基盤としてブロックチェーンが普及していくには、まず「ブロックチェーンとはなにかを理解していただくことが重要だ」と語る。

日本ではブロックチェーンという技術に先行して暗号資産ビットコインのムーブメントが到来したこともあり、ブロックチェーンは暗号資産のための技術と勘違いしている人も多い。しかし、暗号資産はブロックチェーンを活用したサービスの一つにすぎず、実際には、ブロックチェーンはデータ処理を行う基盤として多彩な活用が可能だ。

この点については、チョウ氏も「ブロックチェーンは元々データの透明性・信頼性を築くことを目的に開発されたが、どうしても暗号資産が注目されてしまうのが課題の一つ」と指摘している。最後に、日本におけるブロックチェーン普及に向けた抱負を語っていただいた。

「まずはEXPO2025デジタルウォレットを通じてブロックチェーンを活用したサービスを体験していただき、そしてブロックチェーンの利点や可能性を理解していただきたい。実際にブロックチェーンをビジネスの中で活用する段階では、開発プログラミング言語『Move』によって誰でも簡単にコードが書ける環境を提供するほか、将来的には生成AIによってコード作成を自動化できる技術も実現したい。そして、既存のアセットを活用してWeb3の環境を構築できる環境も提供していければとも考えている」(チョウ氏)