データ活用というと高度な知識や大がかりな環境の整備が必要だというイメージがあるが、データサイエンティストの高橋威知郎氏は「データ活用は、今あるデータ、今あるツールを使って身近なところから始めればよい」と話す。
5月19日~22日に開催された「TECH+ Business Transformation Summit 2025 May. 課題ごとに描く『変革』のミライ」に同氏が登壇。成功の公式やつまずかないためのポイントなど、データ活用を変革に結び付けるために知っておくべきことについて解説した。
データ活用は難しいものではない
講演冒頭で高橋氏は「データは誰でも使える最高の道具の1つであり、難しいものではない」と述べた。同氏はその例として、知人女性のエピソードを挙げた。とくに難しいことをせずとも、経営するカフェの売上をデータ活用によって20パーセントも伸ばしたという事例だ。彼女がしたことは、レジで取得できるPOSデータを詳細に見て、時間帯別の集計と商品別の集計をする、それにデータに表れないような気付きを記した簡単なデータシートを作成するといった簡単なことである。つまり、時間帯ごとの売上と来客数、それと商品の2カテゴリだけを分析したのだ。使用したツールも特別なものではなく、無料で使えるGoogleのスプレッドシートだけだという。
データを分析して分かったことがある。まず、14時台に隠れた需要があることだ。14時台は来客数こそ多くはないものの安定した売上があり、店がオフィス街にあるためオフィスワーカーの来店が多いことも分かった。また、メインのデザートではないプリンの人気が高いこと、テイクアウトのニーズがあることも発見した。とくに14時台にはテイクアウトの利用が多く、リピーターも多いし、購入点数も多くなっていた。
ここで重要なのが、分析から分かったことを当たり前の施策につなげることだ。このカフェでは14時台にテイクアウトメニューを増やす、オフィスワーカー向けの商品をつくる、プリンについてもショーケースを工夫して目立つように置き、季節限定商品を開発するなど直接的な施策に反映させ、成果に結び付けた。
データから分かったことを基に仮説を立て、施策を立案するという流れのなかで、仮説を立てる際には、気付いたことが偶然なのか、一般化できることなのかを継続観察によって確認することが重要だと同氏は言う。例えばある日の14時台に来客が多かったとしたら、どの曜日の14時台に来客が増えるかを観察する。この事例では、それがいつものことである、つまり一般化できると分かったため、確実な施策につなげられたのだ。
成功事例に共通する3要素と、失敗につながる「悲劇の4騎士」
高橋氏は「成功事例を整理すると、共通する3つの要素がある」と話す。1つ目は、身近なデータとツールで「小さく試す」ところから始めていることだ。今あるツール、今あるデータだけでも成果を上げられるはずであり、それでうまくいってから、拡張するためのIT投資、DX投資をすればよいのだ。2つ目は目的を数値で語ることである。目的を言語化するだけで終わらせず、具体的な数字でゴールをイメージすべきなのだ。そして3つ目は小さな成功を積み上げること。速いサイクルで成果を可視化して次の一手に向かうことが重要である。
一方、失敗パターンには同氏が「悲劇の4騎士」と呼ぶ4つの要素がある。まず、活用の仕方が分からないことだ。データも集計も分析も素晴らしかったとしても、どう活用すべきかが見えていなければ、意味がない。また、筋の悪いテーマに挑むのも悲劇を生む。「テーマの筋が悪ければ最悪なことになる」(高橋氏)ため、避けなければならない。データ活用という手段自体を目的化することも悲劇だ。目的はあくまでDXの向こう側にあるものでなければならない。さらに、活用意識の欠落したデータ分析の悲劇というのもある。実際にデータを活用する現場を知らない人間がデータ分析を行うと、現場で使えない意味不明な分析結果が量産されてしまうのだ。
「こうした悲劇を避けるには、収集し分析したデータをどのように活用し、何を達成したいかをイメージしておくことです。そうすれば、どんなデータが必要でどのように分析すべきかが分かるし、現場での活用の方法も分かります」(高橋氏)
データ活用ストーリーを描く
では、データ活用ができているというのはどういう状態なのか。高橋氏は「データ活用ストーリーを描けていること」だと言う。データ活用ストーリーとは、まずデータを集計、分析して予測などの情報を出力し、次に活用すべき人がそれを見て、やるべきことを考えてアクションにつなげ、変化を生み出すというデータ活用における一連の流れを示すものだ。そしてこれは「逆算して描いていくのがよい」と同じ氏は説明する。つまり生み出したい変化をまず考え、そのためにどんなアクションが必要で、そのアクションのためにはどんな情報が必要かと考えるのだ。
逆算からデータ活用ストーリーを描いたのが、ある大手電機メーカーの法人営業の事例だ。このメーカーでは、営業件数の不足や経験の浅い営業人員の客単価が低いことが理由で売上目標に到達するのが難しいという状況にあったが、まずこれをSTAR(状況:Situation、課題:Task、解決策:Action、結果:Result)フレームワークによって整理した。この例の場合は営業件数の不足と客単価の低さがSであり、その2つを向上させることがTだ。Aでは、営業件数を増やすために営業人員を増やす、客単価アップのために追加オプションを提示して併売率を上げるといった解決策が導き出され、Sとして営業件数を100増やせば5000万円の売上増加といった試算も行った。
こうしてSTARフレームワークで状況を整理することで、ストーリーの後半である、起こしたい変化とそのために必要なアクションが決まる。次に考えるべきは、そのアクションを起こせるようになる情報とは何か、つまり、データからどんな情報を導き出せばよいかということだ。
追加オプションを提示するというアクションのために、このメーカーのDX部門は最初にオプションの売上の時系列推移やクラスター別傾向といった情報を提供したが、それではアクションにつながらなかった。別の顧客の情報を提示しても、目の前の顧客に何を提案すればよいか分からないからだ。そこで、顧客別に追加オプションリストを作成して選択できるようにしたところ、併売率を向上させることができたという。ここまで来れば、例えば過去の受注履歴や顧客の属性などが必要になることも分かってくる。
現場と共犯関係になる
データ活用ストーリーを複数作成したら、その中から「筋のいい」テーマを見つけていくことが重要だ。つまり簡単でインパクトが大きいテーマから積極的に取り組んでいくということである。ここでのポイントは「現場と共犯関係になること」だと高橋氏は話す。現場のことが分からなければ、本当に必要な情報が何か分からないためだ。
「データを活用してDXを推進し、自分たちの職場をもっと良くするための企みを現場と一緒につくっていきましょう。そのために、分析を担当する方はデータ活用ストーリーを描く最初のところから、現場の方と一緒につくっていくことが重要なのです」(高橋氏)