信越化学工業社長・斉藤恭彦「AIを支える産業基盤は日本にある」

「我々は電子材料を幅広く手掛けていたことで、AIとの接点ができた」─。斉藤氏は信越化学の事業について、こう語る。塩ビや半導体ウエハーなどで高い世界シェアを持つ信越化学だが、今は「AI銘柄」への進化を図っている。これまで培ってきた技術が、今はAIに関連する事業に貢献しているということ。そのためにも、事業でさらなる実績を積むと同時に、それを世の中に発信していくことを意識して経営をしている。

 電子材料を深く探索し新たな分野との接点が

 ─ 斉藤さんはつねづね、最先端技術で製品を開発し続けるという話をされていますが、現在の注力分野は?

 斉藤 お客様から「信越化学ならでは」、「さすが信越化学」と評価していただける製品を開発し続けることに取り組んでいます。この取り組みを続けてきましたし、これからもお客様に頼りにしていただけるよう開発に注力します。

 そして、研究開発、営業、製造が一体となり事業を拡大することで、企業価値の最大化に取り組みます。

 現在はAI(人工知能)関連に注力しています。弊社は電子材料を幅広く手掛けているので、AIとの接点が多くあります。市場や投資家の方々からは、弊社を「AI銘柄」として認識していただけるよう取り組んでいます。

 これまでは生活環境基盤材料の塩ビが弊社の収益を牽引してきたので、AIとの関連が薄いと見られていたかもしれません。

 AI銘柄というのは、一種の流行りという側面もあります。意外な企業がAIとつながっていて話題になるということもあります。私たちには多岐にわたる電子材料があるので、AIとの接点がいくつもあります。

 ─ これまでは、そうした事実がなかなか世に知られていなかったと。

 斉藤 はい。私たちは、あまり強調してきませんでした。今後は、適切に発信しつつ、AI関連と言うだけではなく、それが会社の成長につながっているという事実も示していきます。

 2026年1月27日に実施した第3四半期の決算説明会の際に、AI関連の売り上げが弊社全体の15%を占めると申し上げました。それに対して、証券アナリストの皆さんは「AI関連の売上比率がそこまで高いのか」と意外に思われたようです。

 ─ 今、AI関連ではどういった分野で信越化学の素材が使われていますか。

 斉藤 例えば光ファイバーは、主に通信インフラで利用されています。AI活用に不可欠なデータセンターでは、特殊な環境に合うファイバーが必要になります。私たちもファイバーケーブルの原料であるプリフォームを手掛けています。こうした情報を発信していきます。

 その一環として、第3四半期の決算発表の際にセグメントの順番を変え、「電子材料」をトップとしました。電子材料は売上高では塩ビを中心とした「生活環境基盤材料」とほぼ同規模、営業利益では全体の52%と、生活環境基盤材料の29%を上回る数値を上げています。電子材料が会社の成長を牽引していくと思います。

 ─ 時代の変化とともに、事業の形も少しずつ変わってきていると。

 斉藤 はい。電子材料の伸びが大きいですし、それをさらに加速させていかなければなりません。これが、私たちがAI関連に注力する理由です。AIにはメモリーやロジックなどの半導体が用いられます。

 現在、光信号を扱う回路と電気信号を扱う回路を融合する「光電融合」技術の開発が進んでいます。光でデータのやり取りを行い、計算の機能だけ電子回路が担うという研究が進んでおり、私たちもこの領域での事業を広げていく考えです。

 他にも、光のエネルギーや速度を利用した情報通信、ディスプレイ、センサーなどの高性能化を実現するフォトニクス技術は、光電融合の一部です。データの取得、データ送信、データ処理など、様々な部分に光が応用されていますから、私たちも研究に取り組んでいます。

 AI関連事業を素材で支える

 ─ これまで信越化学が培った技術が、AI時代でも貢献ができるということですね。

 斉藤 そう考えています。データの管理も重要になります。そのための記憶媒体は、DRAM、NAND型フラッシュ、そしてハードディスクドライブ(HDD)の大きく3種類があります。

 現在はデータを扱う量が急速に拡大していますから、大容量の記憶媒体の必要性が増しています。その中で、HDDには私たちが手掛ける希土類磁石が欠かせません。HDDは高密度でデータを書き込んでいきますから、この分野では高度な製造技術が必要になります。

 そこに特性の高い弊社の希土類磁石が必要とされており、かなりのシェアを獲得しています。

 ─ AIやデータセンターは非常に電力を消費しますね。

 斉藤 AIデータセンターの電力効率を高めるために、AIサーバーに高電圧で給電するという取り組みが進められています。

 私たちはパワー半導体向けに窒化ガリウム(GaN)を使った大型基板の開発を進めています。この大型基板を用いることで電力効率を高めることができますから、この分野でも役割を果たすべく事業化に取り組んでいます。

 さらにデータセンターだけでなく、私たちが使っているPCやスマートフォンにもAIが搭載されつつあり、弊社の材料が使われる裾野が広がりつつあります。

 また、最近様々なメディアで話題になっているのが、従来のAIの高度な能力に、ロボットなどの物理的な身体機能を統合した技術「フィジカルAI」です。これには自動車も含まれます。自動運転などが開発される中、そこにAIが搭載されるようになります。

 この分野を押さえようと大手テック企業の自動運転への投資が進んでいます。私たちは材料メーカーとして、こうした分野にどれだけ食い込めるかが問われます。

 顧客の役に立つことを全てやっていく

 ─ 信越化学は米国子会社のシンテックでの事業も大きく、世界を見た経営を展開しているわけですが、本社機能は日本がいいのか、米国など海外がいいのか。この点はどう考えますか。  

 斉藤 私たちは製造業ですから、大切なのはやはり製造拠点であり、研究開発の拠点です。その意味では本社の場所は問いません。狭義の本社機能、例えば管理部門や、事業部を統括する機能、さらには営業部門なども1カ所に集まっている必要はないのかもしれません。

 ─ 世界の政治、経済の先行きは混沌としていますが、この状況下、どのように経営を展開していこうと考えていますか。

 斉藤 私たちはとにかく素材分野で、お客様の課題を解決する製品や技術を提供していくということに尽きます。お客様のためになることであれば、素材にこだわることなく何でも手掛けて事業を拡大していくことも選択肢です。

 先程お話させていただきましたAI関連事業も含めて、現在は急速に産業の領域が広がっていますし、変わっています。私たちもそれに柔軟に対応し、進化していかなければなりません。

 弊社の前会長の金川千尋は「現実と柔軟に向き合い、自分の予測にはこだわらず、どんどん計画を見直していく」と臨機応変な対応の必要性を説いており、その言葉を胸に刻んでいます。

 ─ 進化する中で、重要なのはお客様との対話でしょうか。

 斉藤 はい。私たちはそうした対話を通じてお客様から学ぶことも多いですし、お客様からのご要望にお応えし続けることで信頼を獲得し、事業を拡大させてきました。

 お客様に先んじて様々な技術などを提案できれば、それが理想です。しかし、お客様の取り組みのスピードが速いので、そのスピードに付いていくことが必要です。そして、「お客様の先を行こうじゃないか」と、各事業の担当者を鼓舞しています。

 ─ 日本にもスタートアップが増えていますが、対話の機会は増えていますか。

 斉藤 増えています。スタートアップとの連携には、さらに力を入れます。スタートアップは、いくつかのステージを経て成長していきますが、中には、産声を上げたばかりで会社の形が出来上がっていないアーリーステージの会社もあります。

 私たちは、投資家がまだ様子見の段階にあるアーリーステージの会社にも投資をしています。

 その会社が上場することによるキャピタルゲインを目的としているのではありません。事業提携によって得られる新たな技術や新しい発想を求めてのことです。スタートアップへの投資をしているファンドからも情報を集めています。

 スタートアップと提携したり、1対1で様々な発想をぶつけ合ったりしています。また、スタートアップは大学発のケースも多いですから、大学との連携も進めています。

 ─ 混沌とした状況下ですが、日本の強さをどう見定めていけばいいと考えていますか。

 斉藤 日本はよく言われているように資源がありません。足元で南鳥島沖でのレアアース開発計画が動いていますが、基本は資源がなく、特にエネルギーに限ればほとんど存在しません。

 そうした環境下で、国としての繁栄を維持するには「人」しかありません。高市早苗首相が「強い日本」を唱えていますが、「強い日本」を実現するのはやはり「人」です。「人」に投資をしなければなりません。

 日本では人口が急速に減っていますから、この対策をどうするかは大きな課題です。日本の資源が「人」なのだとしたら、その資源を活かすために何をするのか。その点をしっかり議論し、予算も付けて取り組んでいたただきたいと思います。

 ─ 信越化学は化学業界では時価総額でトップの位置にあります。志望者も多いのではないですか。

 斉藤 確かに時価総額はおっしゃる通りですが、新卒の志望者との関係は切り分けて考える必要があります。人材を採用するにあたっては、仕事力と意欲がある人を、新卒だけではなく、経験者の採用にも力を入れています。

 ─ 社長を務めてきた中で嬉しかったことは?

 斉藤 23年3月期決算で経常利益が1兆円を超えたことです。これが一度限りということにならないように、再度目指したいと思っています。