新潟大学(新大)、大阪公立大学、工学院大学、国立天文台(NAOJ)、統計数理研究所、総合研究大学院大学、東京工業大学、東京大学(東大)、東北大学、八戸工業高等専門学校(八戸高専)の10者は1月16日、国際共同研究チームのイベント・ホライズン・テレスコープ(EHT)コラボレーションが2019年4月に観測成功を発表した、大型楕円銀河「M87」の中心の超大質量ブラックホール(SMBH)における「ブラックホールシャドウ」(以下、BHシャドウ)とその輪郭である「フォトンリング」(以下、リング)の観測に関連して、今回その観測が行われた2017年4月から1年後の2018年4月に改めて行った同天体の観測結果についての研究成果をオンライン会見において共同発表した。

  • (左)2017年4月11日に観測されたM87*の、世界初となるBHシャドウとリングの画像。(右)今回公開された、2018年4月21日に観測されたM87*のBHシャドウとリングの画像

    (左)2017年4月11日に観測されたM87*の、世界初となるBHシャドウとリングの画像。(右)今回公開された、2018年4月21日に観測されたM87*のBHシャドウとリングの画像。明るさのコントラストが変わっており、また最も明るい領域と暗い領域の位置も異なることがわかる。これは、降着円盤の乱流状態を示しているとする。(c)EHT Collaboration(出所:プレス向け配付資料)

同成果は、新大 自然科学研究科/創生学部の小山翔子助教(台湾 中央研究院 天文物理研究所・客員研究員)、八戸高専 総合科学教育科の中村雅徳教授(同)、東大大学院 理学系研究科の小藤由太郎大学院生、NAOJ 水沢VLBI観測所の本間希樹所長/教授らが参加したEHTコラボレーションによるもの。オンライン会見には、小山助教ら上述の4名が参加した。詳細は、欧州の天体物理学全般を扱う学術誌「Astronomy and Astrophysics」に掲載された。

ブラックホールは、「事象の地平面」を越えて内側に入ってしまうと光すら脱出できなくなるため、どれほど巨大な望遠鏡を用いたとしても、その本体そのものを直接観測することは不可能だ。ただし、落ち込んできた物質がプラズマガスとして、土星の環のように周囲を周回している降着円盤や、ブラックホールから吹き出すジェットなどの観測は物理的に可能となる。そしてこれらを観測することで、ブラックホールに関する重要なことがわかるという。たとえば、降着円盤が放つ電磁波のドップラー効果から回転速度を導き出すことができ、そこからそのブラックホールの重力がどれだけ強いのかといったことも算出することができる。

またブラックホール近傍を撮影できれば、リングに囲まれてぽっかりと空いた黒い穴であるBHシャドウが見える。その観測を行うことでブラックホールに関する研究がより進展することが期待され、その撮影を目指して結成されたのが、現在では世界の約80の機関の300名超の研究者が参加する国際共同研究チームのEHTコラボレーションである。

  • リングとBHシャドウのシミュレーション画像

    リングとBHシャドウのシミュレーション画像。グローバルVLBIでも観測分解能がまだ不足気味なので、このシミュレーション画像を観測時の分解能に合わせると(画像をぼやけさせると)、実際に観測された画像と非常に酷似したものになる。(c)Nicolle R. Fuller/NSF(出所:プレス向け配付資料(会見発表スライドP5より抜粋))

降着円盤やジェットなどからは、可視光やX線なども放たれていると考えられているが、見かけの大きさが非常に小さいため、現在の人類の技術では光学観測は不可能だ。唯一観測可能なのが、電波望遠鏡による「超長基線電波干渉法」(VLBI)を用いる観測である。VLBIは、離れた地点にある望遠鏡同士を連携させ、その両者間の距離を直径とする仮想的な巨大電波望遠鏡を構築できるという技術である。

しかしVLBIを使っても、観測可能なブラックホールは限られてくる。そのブラックホールまでの距離が地球に近いほど、そしてその質量が大きいほど、BHシャドウの見かけのサイズは大きくなる。天の川銀河には1億個ほどの恒星質量ブラックホールが存在すると見積もられているが、それらは小さすぎるために観測することはできない。観測できる可能性があるのは、太陽の100万倍から100億倍というとてつもない質量を有するSMBHだ。SMBHは、この宇宙の大半の銀河の中心に位置すると考えられており、天の川銀河の中心にも「いて座A*(エースター)」が存在する。距離と質量の関係から、現在観測が可能なSMBHは、そのいて座A*と、M87銀河の中心に位置する太陽質量の約65億倍という特大のSMBHだけだという(以下、便宜的に「M87*」と呼称する)。

いて座A*は、太陽質量のおよそ400万倍のSMBHだ。SMBHとしてはそれほど巨大ではないが、地球からの距離が約2万4000~2万8000光年(地球~銀河中心間の距離は研究によってばらつきがある)と最も近いSMBHであるため、見かけが大きくなる。BHシャドウのサイズは、およそ50μ秒角で(1μ秒角は1度の3600分の1のさらに100万分の1)、おおよそ月面に置いたソフトボールを地球から見た時の大きさだ。

一方、世界初のBHシャドウが撮影されたM87*は、天の川銀河も属するおとめ座銀河団の中心に位置する巨大楕円銀河のM87の中心に位置し、太陽質量の約65億倍と宇宙最大クラスだ。そのBHシャドウのサイズは38μ秒角で、おおよそ月面に置いたテニスボールを地球から見た時の大きさとなる。

この2つは、SMBHとしてはタイプが正反対だ。いて座A*がSMBHとしてはおとなしいのに対し、M87*は活発な活動銀河核に分類される。活動銀河核とは、SMBHが周囲の物質を大量に飲み込むことで、激しくエネルギーを解放していると考えられており、それによって非常に明るく輝いている銀河の中心核のことをいう(そうした活動的な銀河は活動銀河と呼ばれる)。EHTコラボレーションでは、タイプの異なる2種類のSMBHのBHシャドウを観測することで、そうした個性が生まれる理由などを探ろうとしているのである。

最初のM87*の撮影(2017年4月5日、6日、10日、11日の計4回)でのグローバルVLBIネットワークには、世界の7台の電波望遠鏡が参加した。最も性能の高いアルマ望遠鏡(チリ・アタカマ砂漠/チャントール高原)を中核に、APEX(チリ・チャントール高原)、IRAM30m望遠鏡(スペイン・ピコ・ペレタ)、ジェームズ・クラーク・マクスウェル望遠鏡(ハワイ・マウナケア)、アルフォンソ・セラノ大型ミリ波望遠鏡(メキシコ・シエラネグラ)、サブミリ波干渉計(ハワイ・マウナケア)、サブミリ波望遠鏡(米国・アリゾナ州)である(M87は北天にあるため、観測は地理的に不可能だが、較正天体の観測に参加した南極点望遠鏡を含めると8台)。

  • 2024年1月現在のEHTコラボレーションのグローバルVLBIに参加している11台の望遠鏡

    2024年1月現在のEHTコラボレーションのグローバルVLBIに参加している11台の望遠鏡。M87銀河は北天にあるため、南極点望遠鏡は地理的に観測できないが、較正天体の観測で活躍している。(c)NRAO/AUI/NSF(出所:プレス向け配付資料)

この組み合わせで、最も離れているのがハワイとスペインの約1万kmとなる。この時に達成された解像度は20μ秒角で、人間の視力に換算すると300万となり、月面に置いたゴルフボールを地球から見分けられるほど。7台の電波望遠鏡のうち、圧倒的に高性能なことから、中核となったのがアルマ望遠鏡だ。全66台の望遠鏡群で構成されており、フル観測を行うと直径91mの電波望遠鏡と等しい集光面積を得られる(他の望遠鏡は直径15~30mほど)。そんなアルマ望遠鏡でも視力は1万2000であり、VLBIの威力がどれほどかがわかる。

そして2回目となる今回は、撮影は1年後の2018年4月21日に行われた。上述の7台に加え、設立や運営において複数の日本人研究者も貢献している米国・ピトフィク宇宙軍基地のグリーンランド望遠鏡が9台目として参加。電波望遠鏡の空白地帯である北緯76度の北極圏にある同望遠鏡は、中核のアルマ望遠鏡までは約9000kmあり、これによって南北方向の距離が延長された。また、同望遠鏡の参加で観測地点の組み合わせは10から15となり、観測される周波数帯が2つから4つへと倍増。より高精度な観測が可能になったという(なお、今回公開された2回目に撮影されたM87*は、あえて1回目の観測分解能(画質)に合わせてあるため、画質は向上していない)。それに加え、1日の観測でも独立した4つのデータで結果を検証できるようになったとする。

  • グリーンランド望遠鏡

    2018年に加わり、2回目のM87*観測の際に大きく貢献したグリーンランド望遠鏡。(c)Nimesh A Patel(出所:プレス向け配付資料)

そして今回もBHシャドウが確認され、それを取り巻くリングのサイズは、1回目の時は42±3μ秒角で、今回は43.3+1.5または-3.1μ秒角と、ほぼ同一であることが確認された。これにより、一般相対性理論が予言するブラックホールの存在のより強固な証となったとした(地球からブラックホールまでの距離と、ブラックホールの質量でリング(もしくはBHシャドウ)のサイズが決まるが、2回の観測ともサイズが一般相対性理論で導き出される通りだった)。