経済産業省 商務・サービスグループ 消費・流通政策課長 兼 物流企画室長である中野剛志氏は、「現在の物流コストインフレは今後さらに加速し、これまで同様に物を運べなくなる物流クライシスに直面する可能性がある」と警鐘を鳴らす。その対策としては物流コストを抑制するための徹底した効率化が有効だと考えられる。そしてそのために経産省が推進しているのが、水平連携によって物流改革を実現する「フィジカルインターネット」だ。
6月18日に開催された「TECH+セミナー 物流イノベーション 2024 Jun. フィジカルインターネットを実現するために バリューとワークフローの転換期」に同氏が登壇。フィジカルインターネットを推進するための経産省の取り組みを紹介し、2024年4月に改正された物流総合効率化法についても説明した。
物流コストインフレは今後さらに加速する
中野氏は講演冒頭で、この10年近く続いている物流コストインフレについて、「売上高や物流コストは上昇しているのに、ドライバーが稼げないといういびつな状況」だと説明した。道路貨物輸送サービス価格は90年代から右肩下がりだったが、2010年代半ばから急上昇した。売上高物流コスト比率も90年代には下がり続けていたが、2012年から上昇し続けている。その一方で、トラックドライバーの年収は80年代には上昇していたが、90年代から2000年代に伸びが止まり、現在でも平均年収を下回っている状況だ。
90年代以降の動きを物流需要量と物流供給量から見ると、供給は規制緩和によって急増したのに対し、需要はバブル崩壊によって伸びなくなり、物流コストは下がらなかった。その結果、2000年代は物流コストデフレ時代になったのだ。しかし2010年以降は、デジタル化で需要が高まったのにドライバーが不足し続けて供給が減り、物流コストインフレとなった。今後については、時間外労働規制や人口減少によって供給は減る一方である一方、需要はさらに増加することが見込まれる。つまり、さらなる物流コストインフレ時代に突入すると考えられるのだ。
こうした「物流クライシス」を生き抜くには、運賃を上げてドライバーを確保しつつ、物流コストを抑制しなければならない。そのためには、物流コストに占める非効率性の部分を効率化して圧縮する必要がある。例えば積載効率は現在4割を下回る水準だが、これを6割にすれば生産性は1.5倍になる。ただしこれは発荷主と着荷主の両者が共に改善を行わなければ実現しない。つまり効率化には荷主の努力が重要な要素となるのだ。
水平連携を徹底的に進めるのがフィジカルインターネット
新たな物流システムの構築も重要で、とくに重視すべきはサプライチェーンマネジメントだ。販売部門で高精度の需要予測を行い、調達や生産、物流、販売と同期する。予測情報を他部門に早めに伝えられれば、必要なだけ生産して必要なだけ運べるため、在庫を減らし、リードタイムを圧縮することができる。デジタル技術の活用によって、こうした上流から下流までの垂直方向の効率化、サプライチェーンを通じた平準化こそが目指すべき姿なのだ。
一方、水平領域での標準化、すなわち企業間の連携による物流改革も必要だ。例えば共同輸配送は積載効率を上げられる。そのためにはパレットや外装、コード体系などの標準化や、納品のリードタイムなど商慣行の改革も必要だが、これを実現したのが、2015年から始まった加工食品メーカー6社による「F-LINEプロジェクト」だ。加工食品メーカーにとって物流は重要であったため、早くから物流コストインフレ時代の課題に気付いて手を打ってきたのだ。
こうした対策のうち、とくに業種を越えた水平連携を徹底的に進めるものとして考えられているのがフィジカルインターネットだ。インターネット通信の考え方を物流(フィジカル)に適用した新しい仕組みのことで、簡単に言えば共同配送を徹底するものだ。データのパケットが端末から交換機を経て、専有ではないインターネット回線で運ばれ、その先でルーター、端末へと送られるのと同じように、規格化された貨物を物流拠点に集め、シェアしたネットワークで配送する。海上輸送ではコンテナ船というかたちですでに実現されているが、それを陸上で行うものと考えれば良い。
経産省と国交省が描くフィジカルインターネット導入のロードマップ
経済産業省と国土交通省はフィジカルインターネット実現会議を立ち上げ、フィジカルインターネットの国内導入のためのロードマップを描いている。2036年から2040年頃にフィジカルインターネットを実現することを目指し、それまでを5年ごとに準備期、離陸期、加速期と名付け、輸送機器や物流拠点、垂直統合/水平連携、データプラットフォームなどについてすべきことを定めた。
その中でも、「2025年までの準備期における垂直統合と水平連携がもっとも重要になる」と中野氏は言う。容器や商品コード、Electronic Data Interchange (EDI、電子データ交換)の標準といったことをまず整備しておく必要があるためだ。これらが整備されれば、同業種や同地域内において共同で輸送するという動きが加速し、まず業界内、地域内でのミニフィジカルインターネットが実現する。そして2030年代前半の加速期には、それが業界や地域を越えてつながり、データプラットフォーム事業も民間ベースで増加し、統合が図られていくことになる。
経産省と国交省は、荷主や事業者間での問題意識の共有や情報交換を促す狙いで「北海道地域フィジカルインターネット懇談会」も立ち上げた。ここでは、物流課題の先端地域と考えられる北海道を対象にミニフィジカルインターネットの実証を行っている。実証の結果、全国平均を下回っている積載率を共同輸配送により50パーセントまで向上させられれば、全道の輸送力不足が解消できるという見通しが示されたという。
業界ごとの取り組みも進んでいる。政府主導で、スーパーマーケット、百貨店、建材・住宅設備、化学品の4つのワーキンググループをつくり、それぞれが2030年を目標としたアクションプランを策定している。スーパーマーケットの場合は、データプラットフォームのためのコード体系とデータの標準化、物流資材の標準化による水平連携、商習慣の見直しによる垂直統合、自動化・機械化による物流拠点改善というように、どこから着手すべきかを明確にしてアクションプランを策定した。さらに、とくに重要と思われるコード体系標準化、物流資材の標準化、商習慣是正、データ共有による効率化の4項目については、サブワーキンググループで主要企業の実務担当者が議論を進めている。
改正された物流総合効率化法の内容とは
物流については今後、2024年問題への対応も課題だ。2024年度から、ドライバーの時間外労働が年間960時間までという上限規制が設けられ、このままでは輸送力が14.2パーセント不足すると試算されている。そこで、発荷主、着荷主、物流業者の三者に商慣行是正や物流改善の取り組みを促す目的で、2024年4月に改正されたのが物流総合効率化法だ。これは、一定規模以上の事業者に中長期計画の策定と定期報告を義務付けるものだ。例えば荷待ちの作業時間がどの程度あるかといったことを報告させ、取り組みが不十分であれば勧告を行い、命令に違反すれば罰則も科せるようにした。
この法律で取り組むべきとされている措置は主に3つだ。まずは荷待ち時間の短縮で、具体的には適切な引き渡し日時の指示や予約受付システムの導入などが必要になる。次に荷役時間の短縮で、パレットの利用や標準化、荷下ろし施設の改善などを行うことが求められる。さらに積載率の向上のために、余裕を持ったリードタイムを設定することが必要になる。
この改正法は2025年度から施行される。事業者が何をすべきかという判断基準の策定、特定事業者の指定を経て、2027年度から定期報告の提出が義務化される。経産省では、この法律もテコにしながら、フィジカルインターネットの取り組みを進めていきたい考えだという。