京都大学(京大)は2月9日、ペロブスカイト(以下、Pと省略)関連層状酸化物「La2SrSc2O7」が強誘電体となることを実証すると同時に、強誘電性発現の支配因子を原子レベルで明らかにしたことを発表した。

同成果は、京大大学院 工学研究科 材料化学専攻の川崎龍志大学院生(研究当時)、同・Yang Zhang大学院生、同・Wei Yi准教授、同・藤田晃司教授を中心に、九州大学、J-PARCセンター、北海道大学の研究者も参加した共同研究チームによるもの。詳細は、米国化学会が刊行する機関学術誌「Journal of the American Chemical Society」に掲載された。

  • 今回の化合物におけるLa/Srの無秩序分布に誘起される強誘電性

    今回の化合物におけるLa/Srの無秩序分布に誘起される強誘電性(出所:京大プレスリリースPDF)

P酸化物は一般式「ABO3」(AとBにはさまざまな元素が入る)と表され、頂点を共有したBO6酸素八面体の3次元ネットワークの空隙にAサイト元素が充填された構造を持つ。P酸化物では、特定の元素が持つ特有の性質により構造が歪み、結晶構造の空間反転対称性が破れる結果、自発分極が生じ強誘電性が発現することがわかっている。ただし、このような強誘電歪みをもたらす元素は限定されるため、P酸化物の中で強誘電体となる化合物はわずか5%程度しかない。

  • 今回の化合物の結晶構造

    今回の化合物の結晶構造(P層と岩塩層がc方向に積み重なった構造を持つ)。今回の研究では、原型構造より低対称な非極性構造(常誘電相)(a)と、極性構造(強誘電相)(b)が観察された。原型構造から酸素八面体傾斜(X3-)のみが生じると(a)の常誘電体が得られ、酸素八面体傾斜(X3-)と酸素八面体回転(X2+)の両方が生じると、(b)の強誘電体が得られる(出所:京大プレスリリースPDF)

一方で10年ほど前に、P層と岩塩層が交互に積層した構造を持つ「Ruddlesden-Popper(以下、RPと省略)相」のような層状P酸化物においては、元素の性質にそれほど強く依存しない機構によって結晶構造の反転対称性が破れ、強誘電性が現れることが提案された。この新機構では、それ自身では強誘電性を引き起こさない結晶軸周りのBO6酸素八面体の回転や傾斜が、複数軸で生じることで強誘電性が誘起されるという。多くのP関連酸化物は酸素八面体の回転・傾斜を示すため、この機構に基づけば、強誘電体の開発において特定の元素に制限されない物質設計が可能となるとする。

実際、新たに多数の強誘電体が発見され、その典型例は、P層ABO3(層数2)と岩塩層AO(層数1)が交互に積み重なったn=2の「RP型A3B2O7」。これらではP層の構成元素のイオン半径比(許容因子t)が小さくなると(t<0.89)、酸素八面体の回転と傾斜が生じ強誘電相が現れる。しかしこれまで、Aサイトに2種類の陽イオンを含むn=2の「RP型Ln2AB2O7」においては、許容因子tが小さい場合でも強誘電体となる例は知られていなかった。そこで研究チームは今回、RP型Ln2AB2O7の一種として「La2SrSc2O7」(以下、「今回の化合物」と表記)を対象に構造解析、物性評価、ならびに第一原理計算による理論的考察を行うことにしたという。

今回の化合物の結晶は、P層(層数2)と岩塩層(層数1)が積み重なった層状構造を持つ。これまでその構造は「非極性」と「極性」の両方が報告されていたため今回再調査が行われた。すると、室温においては極性が妥当であることが判明。加えて、分極反転が起こることも確認され、強誘電性が初めて実証された。さらに、強誘電体はTC=600K(327℃)以上で常誘電体に構造相転移することもわかった。

  • 今回の化合物の光第二高調波発生(SHG)の温度依存性。SHGの出現は、キュリー温度TC=600K(327℃)で高温相(常誘電相)から低温相(強誘電相)への強誘電相転移が示されている

    今回の化合物の光第二高調波発生(SHG)の温度依存性。SHGの出現は、キュリー温度TC=600K(327℃)で高温相(常誘電相)から低温相(強誘電相)への強誘電相転移が示されている。常誘電相にはc軸周りの酸素八面体回転はないが、TC以下に温度を下げると酸素八面体回転が生じ、それに伴って強誘電相が現れる。挿入図は、今回の化合物に対する室温での電場-分極履歴曲線。自発分極があり、その向きを外部電場によって変えられることがわかる。つまり、これは今回の化合物が強誘電体であることが示されているという(出所:京大プレスリリースPDF)

第一原理計算により、この系では、AサイトのSr/Laの秩序・無秩序分布が強誘電構造の安定化に重要な役割を果たしていることが予想された。このようなSrScO3P層とLaO岩塩層からなるAサイト秩序相では、酸素八面体回転が抑制され常誘電体が安定化する。

一方で、Sr/Laが完全に無秩序に分布する場合は、P層と岩塩層のSr/La分布は共に1:2になる。このような「(La0.67Sr0.33)ScO3P層」と「(La0.67Sr0.33)O岩塩層」からなるAサイト無秩序相では、酸素八面体回転が生じ、強誘電体が安定化する。さまざまなSr/La配列に対する計算から、Aサイトの原子配列の無秩序度合いが増加すると、強誘電体が安定化する傾向が見られたという。今回の化合物において、Aサイトの原子配列の無秩序度合いが高いことは精密構造解析によって示され、元素マッピングからも裏付けられたことから、Aサイトの無秩序な原子配列が強誘電相の出現をもたらしていると結論付けたとした。

  • 今回の化合物の高角度環状暗視野走査透過電子顕微鏡像

    (a)今回の化合物の高角度環状暗視野走査透過電子顕微鏡像(平均原子番号(組成)を反映したコントラストが得られる)。中央は、今回の化合物の結晶構造の模式図(緑はSc、赤/青はSr/La原子)。(b)エネルギー分散型X線分光法による元素分布マッピング結果。ピンクと紫色の箇所はそれぞれP層と岩塩層のAサイトカラムに対応しており、Sr(赤)とLa(青)が混合していることが示されている。定量的な解析から、Aサイトの原子配列の無秩序度合いが高いことがわかる(出所:京大プレスリリースPDF)

Aサイトの原子配列の秩序・無秩序による酸素八面体回転の制御は、P層と岩塩層の界面で生じるランプリング(カチオンと酸化物イオンの相対変位)と関係づけることができるという。Aサイト秩序相では岩塩層が正電荷を持ち、これが隣接するP層の酸素八面体の大きな変形をもたらし、酸素八面体回転が抑制される。Sr/La配列の無秩序度合いが高くなると、岩塩層の正電荷は減少し、それによりランプリングおよび酸素八面体変形の程度が小さくなり、それに伴って酸素八面体回転が促進される。今回の結果は、原子配列の秩序・無秩序によってエネルギー的に競合した多形の安定性(酸素八面体回転の有無)を制御できることが示されており、強誘電体設計の重要な指針になるとする。

今回の研究により、「無秩序な原子配列」によってRP型Ln2AB2O7から初めて強誘電体が開発された。今回の系はまだ氷山の一角で、Ln2AB2O7ではなカチオンの組み合わせを実現できるため、新しい物質設計指針に基づいて強誘電体を開発し、物性・機能開拓につなげられるという。将来的には物質探索空間をさらに拡大することにより、強誘電体材料の潜在可能性を大きく引き出せることも期待されるとしている。