「熱帯林」と聞くとミラーボールのような色彩を放つ昆虫や、奇々怪々な造形をした植物、高級スニーカーのような色合いをした鳥たちなど、筆者には少し刺激的すぎる世界のように思える。もはや筆者にとって熱帯林は、広義の意味で酒池肉林と化している。

おそらく読者の中にも筆者ほど湾曲したイメージは持ってないにせよ、似たようなものを感じているのではなかろうか。心に描く熱帯林のイメージは「緑の砂漠」という表現がしっくりくるほど植物が生い茂り、昼でも薄暗いといったものであろう。

また、こういったイメージを持つ読者もいるかも知れない。

“多様な生物種”

なお筆者の場合、広義の意味であっても熱帯林が酒池肉林と化すほど類稀なる妄想力を発揮していることから、実際に生息する生物種以上の数にまで膨らんでいる可能性があるのだが、今はその封印を解くときではない。

落ち着こう。

一般的に考えて街中より森の方が樹種や昆虫、動物の種類が多いのは容易に想像できるだろう。いうなれば、熱帯林は森のスケールが壮大になったようなものであるから、”多様な生物種”というのは着想しやすいのではなかろうか。

実際に熱帯林は多様な生物種が共存しているのだ。特に東南アジア熱帯林は種多様性の宝庫と言われ、多様な生態系が形成されている。しかし、現在は過度な開発によって毎年1%程度の森林面積が消失し、生物多様性が脅かされている。そのため、SDGs目標15にもあるように生物多様性の損失を阻止する活動が世界的に行われているというわけだ。

そして、阻止するにはその熱帯林の形成過程を理解し、今後の保全・利用につなげていく必要がある。

今回紹介する研究は、その出発点となる熱帯林の形成過程に関するものだ。現在生育している樹木のDNAを調べ、比較することで過去の樹木の分布変遷を明らかにできる。

東南アジア熱帯林で最も重要な樹種であるフタバガキ科樹種※1を研究対象として、森林がどのように形成されたかについての調査を、日本、ドイツ、インドネシア、マレーシアの4カ国10機関の共同研究として実施したものを紹介する。

同研究は、筑波大学、森林総合研究所(森林総研)、国際農林水産業研究センター、愛媛大学などの研究チームによって行われ、詳細は学術雑誌「Tree Genetics & Genomes」に掲載されている。

同研究では、東南アジア広域に分布するShorea parvifoliaを研究対象として、分布域広範(マレー半島、スマトラ島、ボルネオ島)の合計18集団から研究材料を採取した。採取した研究材料からDNAを抽出し、葉緑体DNA※2および核DNAの解析を行った。

その結果、ボルネオ島の集団はマレー半島、スマトラ半島の集団とは遺伝的に大きく異なっていた。また、葉緑体DNAの遺伝的多様性はマレー半島が高く、核DNAの遺伝的多様性はボルネオ島が高い結果であった。

  • 東南アジア熱帯林のフタバガキ科樹種のShorea parvifoliaの核DNAでの遺伝的な違い。保有している遺伝子型を濃淡の違いで示し、円の大きさは分析個体数を表す。ボルネオ島とその他の地域(マレー半島とスマトラ島)に大きな遺伝的な違いがみられる(出典:森林総研)

    東南アジア熱帯林のフタバガキ科樹種のShorea parvifoliaの核DNAでの遺伝的な違い。保有している遺伝子型を濃淡の違いで示し、円の大きさは分析個体数を表す。ボルネオ島とその他の地域(マレー半島とスマトラ島)に大きな遺伝的な違いがみられる(出典:森林総研)

  • 東南アジア熱帯林のフタバガキ科樹種のShorea parvifoliaの葉緑体DNAでの遺伝的な違い。各集団で検出された主要タイプ(A、B、C)とその派生タイプが数字で示されている(例:A1、B2など)。葉緑体DNAではマレー半島では主要タイプ全てが検出され、多様性が高い結果が示されている(出典:森林総研)

    東南アジア熱帯林のフタバガキ科樹種のShorea parvifoliaの葉緑体DNAでの遺伝的な違い。各集団で検出された主要タイプ(A、B、C)とその派生タイプが数字で示されている(例:A1、B2など)。葉緑体DNAではマレー半島では主要タイプすべてが検出され、多様性が高い結果が示されている(出典:森林総研)

これまでの地誌学的な知見と本研究の結果から、Shorea parvifoliaはマレー半島、スマトラ島、ボルネオ島が陸続きになった氷期にマレー半島からスマトラ島とボルネオ島に進出し、ボルネオ島ではその後急速に分布を拡大したことが明らかになった。

これらのことから保全地域は、マレー半島、スマトラ島、ボルネオ島であり、これら地域間での植栽材料の移動は避け、保全地域内で活用していくことが求められるということになる。

同研究チームが過去発表した広域分布のフタバガキ科樹種のShorea leprosulaは、9万~28万年前にボルネオ島へ分布拡大を行っており、ボルネオ島とその他の地域は遺伝的に大きく異なる結果であった。

同研究結果は、地理的での遺伝的違いという意味では同様の結果となり、東南アジアの広域分布種についてはマレー半島、スマトラ島、ボルネオ島などの地理的区分での保全が必要であることが明らかとなった。 研究チームは今後、同研究成果をマレーシアおよびインドネシアの共同研究機関を通じ、それぞれの政府と共有することで、森林保全と持続的利用につなげていくことが重要だとした。

文中注釈

※1:フタバガキ科ラワン材として輸入される樹種のグループで、東南アジア熱帯林では樹冠を構成する個体の半数以上を占めており、林業的にも生態生体的にも非常に重要な樹種群である
※2:葉緑体 DNA 葉緑体内に存在する環状DNAで、光合成関連の遺伝子などがコードされており、一般的には母性遺伝する。