理化学研究所(理研)は7月5日、「30cm2/Vs」を超える極めて高いキャリア移動度を有し、なおかつ低電圧で駆動できる有機半導体材料を発見したと発表した。
同成果は、理研 創発物性科学研究センター 創発分子機能研究チームのキリル・ブルガレビッチ特別研究員、同・瀧宮和男チームリーダー、同・大垣卓也特別研究員(研究当時)、東北大学大学院 理学研究科 化学専攻の川畑公輔助教、同・堀内信吾大学院生らの共同研究チームによるもの。詳細は、材料科学を扱った学術誌「Advanced Materials」にオンライン掲載された。
有機半導体は近年、軽量でフレキシブルな材料の機械的特性を活かすことで、フレキシブルエレクトロニクスや環境エレクトロニクスへの応用が期待されている。しかし、シリコンなどの無機半導体材料と比較したとき、キャリア移動度が低いため、その応用範囲が限られてしまっていた。そのため、高い移動度を持つ有機半導体材料の開発が課題の1つとなっている。
これまでに、高移動度有機半導体としてペンタセンやジナフトチエノチオフェン(DNTT)、ベンゾチエノベンゾチオフェン(BTBT)誘導体などが開発されてきたが、有機半導体の中で高い移動度というだけであって、1~10cm2/Vs程度と、シリコンの1500~1600cm2/Vsには桁違いで届いていなかった。
研究チームでは、こうしが現状を踏まえ、移動度の向上には有機半導体の分子構造だけでなく、結晶中の分子配列が鍵を握ると考察。分子設計により有機半導体の結晶構造を制御することで、高性能な有機半導体材料を開発することにしたという。
先行研究として、「メチルチオ基」(-SMe)を有機半導体骨格中へ位置選択的に導入することで、結晶中での有機半導体分子の分子配列を制御できることを研究チームでは報告しており、今回はそれを踏まえて、「ペリ縮合多環芳香族炭化水素」である「ピレン」に4つのメチルチオ基が導入された既知の分子「メチルチオピレン」(MT-pyrene)に着目。その構造と半導体特性の調査を実施したという。
その結果、MT-pyreneでは結晶中においてメチルチオ基が分子間相互作用の方向性と強さに影響を与え、母体ピレンとは異なる「二次元π積層構造」と呼ばれる分子配列へと変化することが見出されたほか、FETを作製したところ、26個の素子の平均で32cm2/Vs(最高37cm2/Vs)と、従来の有機半導体と比較すると高い移動度が示されたとした。
また、数V程度の電圧で駆動できること、ならびに急峻なスイッチング特性を持っていることなど、半導体材料として優れていることも明らかとなったという。
一般的な有機半導体結晶中での電荷輸送は、有機半導体分子上に局在化した電荷が隣の分子に跳び移る「ホッピング伝導」だが、実験で得られた移動度の値は、結晶構造をもとにホッピングモデルで予測された移動度(~4.5cm2/Vs)よりも1桁程度高く、MT-pyreneでのキャリアの移動は、結晶中を広がった波として伝播する「バンド伝導」であることが示されたという。
今回の成果について研究チームでは、合成が容易であるMT-pyrene分子が、有機半導体材料として高いポテンシャルを持つことを明示するものであり、今後、MT-pyrene分子によるフレキシブルディスプレイやIDタグなどの実現をはじめとして、さまざまなデバイスへの応用が期待できるとしている。
また、材料技術として、材料分子の分子構造が簡単であっても、分子設計により結晶構造中での分子配列を適切に制御することで、従来の有機半導体の特性を大きく凌駕する材料を開発できることが示されたともしている。