東京大学生産技術研究所(東大生研)の南豪 准教授は、フランス国立科学研究センター(CNRS)のアンソニー・ジェノ リサーチャーと共同で、迅速で精度よく新型コロナウイルス感染症(COVID-19)を検出できるセンサーデバイス系システムの共同研究を2020年7月より開始した。現在、そのデバイス実用化を進める研究開発態勢を固め、画像処理によって陽性判定が簡単にできる仕組みの精度を高める研究開発を進めている。

フランスCNRS所属のアンソニー・ジェノ リサーチャーは、COVID-19向けの新たなRNA検出法として、バイオ系の研究開発で用いられているビーズクラスターを用いた検出法の実用化を進めている。標的となる新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)のRNAに結合するDNAを微細なビーズ表面に固定化し、この新型コロナウイルスのRNAと結合したDNAの相互作用を可視化し、その可視化した色合いなどの変化を画像処理によって検出する仕組みを実用化しようというのである。

実はCNRSと東大は1995年とかなり早い時期からLIMMS/CNRS-IIS (UMI2820) 国際連携研究センターという国際共同研究センターを東大内に設置している。現在は、このLIMMS/CNRS-IISは東大駒場リサーチキャンパス内に設置されている(つまり、生産技術研究所内にある)。

アンソニー・ジェノ リサーチャーは2011年に来日し、2014年からはLIMMS/CNRS-IISに所属してさまざまな研究開発を続けてきた。DNAナノテクノロジー分野などの専門家である同氏は、COVID-19が世界中で急速に広がっている中で、ビーズクラスター利用したRNA検出法を利用する新しいCOVID-19検出法を考案し、迅速に検出する方法を実用化する研究開発を進めている。

「現行のPCR検査法は酵素を用いるために、煩雑(はんざつ)な作業工程が必要になり、かつ検査員に高度なスキルが必要とされ、複雑な工程が必要となる。この結果、大がかりな検査態勢を構築することが求められ、検査コストや検査時間がかかるなどの諸問題が現実に起こっている」と、共同研究者である南准教授は指摘する。

南准教授は、このアンソニー・ジェノ リサーチャーが研究開発を進めているビーズクラスターを活用するRNA検出法の検査結果を、自身が開発している機械学習を用いた画像解析システムと組み合わせることで、迅速かつ正確にCOVID-19を検出できるシステムが実用化できるのではないかと考え、この新たな検査法の実用化をアンソニー・ジェノリサーチャーと共同で研究開発する体制を築いた。

  • COVID-19

    アンソニー・ジェノ リサーチャーと南豪准教授の共同研究体制。新型コロナウイルス感染症の陽性判定の自動化・簡便化を可能とする新たな検査法の実現を目指している (提供:南豪 准教授/東大生研)

この共同研究開発体制は正確には、フランス国立研究機構が新型コロナウイルス対策法などの研究開発提案を募集した際に、アンソニー・ジェノ リサーチャーがビーズクラスターを利用したRNA検出法の研究開発提案として応募し採択されたもので、そこから日本の科学技術振興機構(JST)が「J-RAPID」という国際緊急共同研究・調査支援プログラムの枠組みを活用し、共同研究の形で南准教授のグループを支援する決定がなされた。「この日仏での共同研究プログラムは正確には2020年7月1日から共同研究態勢として進み始めた」という。

この枠組みでは、アンソニー・ジェノ リサーチャーが研究開発を進めているビーズクラスターを利用したRNA検出法を、南准教授の研究グループが開発中の紙基板型センサーアレイに組み込むことを目指している。そして、その計測結果は、紙基板上のアレイが反応した色合いの変化を、例えばスマートフォンのカメラ機能を用いて撮影し、その画像を画像処理することで、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の有無などを判定することを目指している。南准教授は「誰でも迅速にCOVID-19の感染の有無などを判定できる仕組みを粛々と開発している」と解説する。

紙基板型センサーアレイという「低コストで軽く、使い捨てできるやり方がポイントになる」と、南准教授は解説する。この紙基板型センサーアレイは、市販のオフィス用印刷機の「ワックスプリンター」を活用することで、紙の表面に疎水性のワックス製の隔壁をアレイ状に形成し、さらにラミネート加工を紙の背面に施すだけで実現することができる。この紙基板型センサーアレイについて、南准教授の研究グループは現在、「紙基板型センサーアレイのベースとなる、紙質などを製紙メーカーなどと議論して詰めている」と語る。

具体的な検査方法としては、紙基板型センサーアレイ上に形成された無数のアレイ(例えば96個)を受け皿として、そこに標的となるSARS-CoV-2のRNAが結合するDNAを化学修飾した微小なビーズを固定。SARS-CoV-2のRNAがビーズのDNAと結合すると、色合いが変化するのだが、その色合いの変化で生じる濃淡を光学カメラで撮像し、その画像データを機械学習ベースの画像処理技術を活用することで、パターンから感染の有無を判断することが考えられている。

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    上が開発されている紙基板型センサーアレイ。下が一般的な96ウェル(穴)のマイクロプレート。紙基板型センサーアレイでは、このマイクロプレートの穴の部分をワックスで形成することで、同様の効果を実現。また、色素を含むことで、特定のパターンであれば、どういった疾病といったことが分かる仕組みの確立に向けて目下取り組んでいる (撮影協力:南豪 准教授)

「この濃度の色合いからCOVID-19の陽性・陰性を判定するアプリケーションの実現まで進むことができれば、その使いやすさは格段に向上する」と、南准教授は近未来像を語る。

また、「この紙基板型センサーアレイが実用化され、かつ機械学習を適用する画像処理を簡単に適用できるようになると、その利便性を多くの人が享受できるようになるはず」とも語る。

COVID-19の日本での感染患者数は2020年も終わりに近づいた現在も増加傾向にあり、その感染の有無を簡便かつ迅速、そして高精度に判定できるということの社会的な意味合いはかなり高い。安価で容易に製造できる紙製の容器が、人類のCOVID-19に対する新しい検査ツールとして提供される日はそう遠くないだろう。