広島大学と東京大学は8月25日、小惑星「ベスタ」由来の隕石の年代測定を実施し、従来「後期重爆撃」が起こったとされてきた約39億年前ではなく、もっと前の約44億年前から約41億5000万年前にあったとする証拠を発見したと発表した。

同成果は、広島大学大学院先進理工系科学研究科の小池みずほ 助教、東京大学大気海洋研究所(AORI)の佐野有司 教授、東京大学院理学系研究科の飯塚毅 准教授、東京大学総合研究博物館の三河内岳 教授らの共同研究チームによるもの。詳細は、「Earth and Planetary Science Letters」オンライン版に掲載された。

アポロ計画で月から持ち帰られた石が分析され、その多くが約39億年前の天体衝突を記録していたことから、月にはその時期に大量の隕石が降り注いだと考えられている。この現象は「後期重爆撃」と呼ばれており、その後の研究から地球や火星、さらには小惑星など、太陽系の広範囲に及ぶ隕石衝突現象だったと考えられるようになった。

しかし、この仮設には惑星軌道計算やクレーター年代分布などとの矛盾が指摘されており、大量に隕石が降り注いだのが約39億年前だったのか時期的な問題に加え、そもそも後期重爆撃が実際にあったのかどうかという点でも疑問の声もあり、50年にわたって科学者の間で議論され続けてきた。

そうした中、共同研究チームが注目したのが、小惑星ベスタ由来の隕石だ。その理由は、小惑星が46億年前に太陽系が誕生した当時の記録を残しているからだ。小惑星には風化や地殻変動がないことから、その当時の状況がそのまま残されており、「太陽系の化石」、「太陽系のタイムカプセル」などとも呼ばれている。そうした小惑星のひとつであるベスタを母天体とする隕石の分析を行うことで、同小惑星が実際に後期重爆撃を体験したのか、体験したのであればそれがいつだったのか、ということが確かめられるのである。

ベスタの隕石衝突史については、過去にもカリウム-アルゴン年代測定を用いて分析されてきた。同測定方法は、岩石中にわずかに含まれる放射性元素であるカリウム-40が、半減期12億5000万年で安定したアルゴン-40(40Ar)に壊変することを“時計”として利用したものだ。つまり、古い岩石ほど40Arが想定的に多く蓄積されていることになるのである。同測定方法は適用範囲が広くて便利ではあるが、課題は希ガスであるアルゴンが岩石中から逃げやすいこと。要は古い情報を保持しにくく、以前の衝突の痕跡が、後の時代の衝突イベントによって上書きされてしまいやすいのである。

このような上書きの危険性を避ける年代測定方法が、ウラン-鉛年代測定法だ。こちらは、リン酸塩鉱物中にごく微量に含まれる放射性元素のウランを利用する。ウランの同位体のうち、ウラン-235は半減期7億年で鉛-207に、ウラン-238は半減期45億年で鉛-206に壊変することを時計として利用するのである。アルゴンと比べて、ウランや鉛は岩石から逃げにくいので上書きされにくいという大きなメリットがあるが、ナノメートルスケールの化学分析技術が求められるため、高性能な分析装置を必要とする測定方法だ。

そこで共同研究チームが活用したのが、AORIが所有するナノスケール二次イオン質量分析計「ナノシムス」の局所分析技術である。隕石中に含まれるリン酸塩鉱物粒子はひとつひとつが直径100分の1ミリメートルほどの微小サイズだが、ナノシムスならそのスケールでも問題なく、ウラン-鉛年代測定が実施された。

その結果、複数のベスタ由来の隕石で約44億年前から約41億5000万年前に大量の衝突があったことが判明。逆に、約39億年前の衝突の痕跡は、1件も発見することができなかったという。つまり、ベスタは約39億年前の後期重爆撃を経験しておらず、それよりも古い時代に活発な隕石衝突を受けていたことを示唆する結果となったのである。

地球にとって大量の隕石衝突や巨大隕石の落下は、惑星の環境変動や生命の進化・絶滅に大きな影響を与えるイベントだ。後期重爆撃が従来通りの約39億年前とすると、その時期、地球では最古の生命が誕生したとされる頃。つまり、大量の隕石衝突が約39億年前にあったのか、それとも約44億年前から約41億5000万年前にあったのかでは、地球の生命誕生にも大きな影響が出てくる可能性がある。

また、近年では、地球の生命は火星からやって来たとする仮説もより信憑性が増している。火星は小さいために地球よりも先に冷えて温暖な環境となり、海や湖なども太古には存在したことから、火星でまず生命が誕生し、その生命が隕石に乗って地球に運ばれたとする内容だ。

今回の研究成果は、地球や火星の隕石衝突史が書き換わる可能性がある可能性がある。後期重爆撃がいつ発生したのかが変わってくれば、地球の生命がどこでいつ誕生したのかという研究も大きな影響を受けることは間違いないだろう。共同研究チームは、今後のさらなる調査によって、より普遍的な「太陽系の隕石衝突史」が解明され、太陽系最古の生命環境の理解が進展することが期待されるとしている。

  • 後期重爆撃

    隕石Aは「Juvinas」、隕石Bは「Camel Donga」と命名された、小惑星ベスタ由来の隕石の電子顕微鏡写真。赤の破線で囲んだ粒子がウラン-鉛年代測定を行ったリン酸塩鉱物で、赤丸がAORI所有のナノシムスによる分析位置を示している。Juvinasでは41億5000万年前、Camel Dongaでは約44億年前の隕石衝突が確認された。画像は、Koike et al.(2020)EPSLより改変されたもの (出所:広島大学プレスリリースPDF)