運命を弄ぶ強風、大波乱の2回戦「ラウンド・オブ・8」

1回戦を勝ち残った8名の選手による2回戦は「ラウンド・オブ・8」。4組の一騎打ちで決勝戦に残る4名が選ばれる。組み合わせは前回タイム順で決定され、室屋選手は1組目の先発、つまり最初のフライトだ。室屋選手のタイムは54.964秒と、再び54秒台をマークした。しかしスクリーンには、ペナルティ2秒の表示が!

太陽が傾き雲が増える中、ラウンド・オブ・8に臨む室屋選手。しかしゲート7(3枚目)で痛恨のインコレクト・レベル! 2秒のペナルティを受け、コックピットで天を仰いだ (C) 大貫剛

室屋選手に与えられたペナルティは「インコレクト・レベル・フライング」。エアゲートを通過するときに機体が水平になっていなかったという意味だ。エアパイロンが2本向かい合ったエアゲートを通過するときは、横に10度以上傾いていてはならない。しかし、コースがわずかに逸れてパイロンに衝突する「パイロンヒット」もペナルティになる。衝突回避のための旋回操作から水平に戻しきれなかったのだ。

室屋選手はコックピットの中で、天を仰いだ。ペナルティが2秒加算され、記録は56.964秒となってしまったのだ。55秒前後での勝負が続く今回のコースで、この2秒はあまりにも大きい。観客席からは室屋選手の健闘を称える拍手が上がった。

そして対戦相手のマット・ホール選手のフライトだ。54秒台の記録も出しているホール選手であれば、堅実な記録でも充分に勝てる。ラップタイムは室屋選手にやや遅れていたが、それは2秒加算前のタイムだ。室屋選手、ここで敗退か…と思われたゴールの直後、スクリーンになんとペナルティ2秒と、室屋選手の勝利が表示されたのだ!

室屋選手を下すかと思われたホール選手、まさかのクライミング・イン・ザ・ゲート! 同じ2秒のペナルティを受けた結果、0.331秒速くゴールした室屋選手が勝利した (C) 大貫剛/Red Bull Content Pool

ホール選手のペナルティは「クライミング・イン・ザ・ゲート」。最後の垂直ハイGターンを、ゲート通過前に始めてしまったという意味だ。これで2秒加算されたホール選手の記録は57.295秒となり、0.331秒差で室屋選手に敗退した。

このあとも2組目のカービー・チャンブリス選手、3組目のピート・マクロード選手が1回目の垂直ハイGターンで「エクシーディング・マキシマム・G」、つまり既定の加速度を超過したことで即時競技中断、記録なしで敗退という大波乱の「ラウンド・オブ・8」となってしまった。

この競技中、筆者は風が強くなってきたことを感じていた。会場に近い千葉測候所の記録によると、「ラウンド・オブ・14」の時間帯の最大瞬間風速は5m前後。しかし「ラウンド・オブ・8」の時間帯には9mまで上がっていた。風が強くなればそれだけ、パイロットの目測も狂う。機体に加わる力も変わる。4名の選手がペナルティや競技中断となる中、室屋選手は相手選手もペナルティを受けるという幸運に救われ、決勝戦「ファイナル4」への進出を決めた。一度は諦めかけていた観客席は、再び大興奮に包まれた。

そして「風」は吹いた…白熱の「ファイナル4」

ついにたどり着いた決勝戦「ファイナル4」は、4名のパイロットが順に飛び、一騎打ちではなくタイム順で順位を決定する。前回のタイム順から決定された室屋選手の飛行順は、またしても1番だ。

ついにファイナル4! 室屋選手は4選手中1番手に飛び、ノーペナルティの堅実なタイムでプレッシャーを掛ける (C) 大貫剛

ペナルティもなく、確実にコースを回った室屋選手のタイムは55.288秒。今回のコースでは特別に速いタイムではない。しかし、決して遅いタイムでもない。後続の3選手はこのタイムを上回らなければ優勝できない。

2番手で飛んだのは「ラウンド・オブ・14」で室屋選手にわずか0.007秒差で敗れたものの「ファーステスト・ルーザー」として生き残り、「ラウンド・オブ・8」を突破して室屋選手に再挑戦するコプシュタイン選手。こちらもペナルティなしでゴールを果たしたが、タイムは55.846秒と届かなかった。

3番手は昨年の年間王者、マティアス・ドルダラー選手(ドイツ)だ。大きなウィングレットを装備したドルダラー機はターンに強い。垂直ターンを終えたラップ2では0.865秒差と室屋選手を大きくリード。このまま突き放してゴールかと思われたが、最後の垂直ターンに入るゲート11で、まさかのパイロンヒット! タイムは54.943秒と室屋選手より速かったが、ペナルティ3秒を加えた記録は57.943秒で敗退してしまった。

このとき筆者を、武者震いのような感覚が襲った。前回のサンディエゴ大会でも、「ファイナル4」の最初に飛んだ室屋選手を抜き去るかと思われたドルダラー選手が、最後の垂直ターンに入るゲートでパイロンヒットして敗退していたのだ。サンディエゴの再来…そして最後に舞台に上がったのは現在のチャンピオン、ソンカ選手だ。

ラウンド・オブ・14から敗者復活で室屋選手に挑んだコプシュタイン選手だが、タイムで及ばなかった (C) 大貫剛

ラップタイムで室屋選手をリードし続け、優勝かと思われたドルダラー選手だったが、最後の垂直ターンでパイロンヒット。3秒のペナルティを加算されてしまった (C) 大貫剛

最後は、今期トップの座を賭けて飛ぶソンカ選手。しかしゲート4(1枚目)でインコレクト・レベルのペナルティを受け、勝負は決していた。強い風でパイロンがしなっている (C) 大貫剛

ソンカ選手は今シーズン初戦のアブダビで優勝したものの、サンディエゴでは「ラウンド・オブ・8」で室屋選手に敗退したため「ファイナル4」に進めなかった。優勝した室屋選手から見れば、ソンカ選手を直接倒して優勝したことでポイント差を大きく詰めることができた。ここで室屋選手に勝利すれば、再び突き放すことができる。

ソンカ選手がスタートし、垂直ターンからシケインに入った。ラップタイムは室屋選手より速い。しかしこのとき筆者は、急に強い海風が入ってきたのを確かに感じた。この風は、ソンカ選手のフライトに影響するのではないか? それでもソンカ選手は練習でのコース最速タイムに迫る54.533秒でコースを飛び切った。しかしスクリーンに表示されたのは、2秒のペナルティを加えた56.533秒の記録と、室屋選手の勝利! 6万人の大観衆は千葉での2年連続、そしてサンディエゴから連続という「ダブル連覇」を目の当たりにし、熱狂は最高潮に達した。

ソンカ選手に何が起きたたのか? 実は最初の垂直ターンで、すでに勝敗は決していた。急上昇から急降下して通過するゲート4で、機体が傾いたままの「インコレクト・レベル」となっていたのだ。

ここからは本当のことかはわからない、筆者の想像だ。ソンカ選手のフライト中に感じた強い風が観客席に届いたのはゲート4の通過後だが、風がコースから観客席に届くまでには数秒から数十秒かかる。ソンカ選手は垂直ターン中に突風を受け、コースが乱れたのではないか。「ファイナル4」の時間帯の瞬間最大風速は10mを超えていた。

本戦前、「女神は誰に微笑むか。ベストを尽くせばチャンスはある」と語った室屋選手の言葉が頭をよぎった。女神の微笑みは、ベストを尽くした室屋選手のために風を吹かせたのではないか。筆者はそう感じた。

次回は室屋義秀選手の優勝記者会見の模様とその後のインタビューの模様をお伝えする。