日本における2045年問題の第一人者はマッドサイエンスティスト!?

というわけで、それではトークショーに話題を移すことにしよう。今回はワイヤードの主催ということで、同誌編集長の若林恵氏(画像16)が、今回のイベントの主役である、宇宙物理学者・理学者で、神戸大学名誉教授、NPO法人あいんしゅたいん副理事長で、自らを「マッド・サイエンティスト」とする松田卓也博士(1943年生まれ)を迎えて、対談形式で行われた(画像17)。

画像16(左):ワイヤードの若林恵編集長。画像17(右):松田博士と若林編集長の対談形式で行われ、参加者の松田博士への質問も行われた

さて、なぜ宇宙物理学者で理学博士が、人工知能の話に関わってくるのか、専門外では?、と思う方もいるかもしれない。が、実はそうではない。松田博士は1980年代からスパコンを利用してきており、この四半世紀から30年という時間のコンピュータの進展を利用する形で見続けてきた人物なのだ。

そうしたことから、日本ではいち早く2045年問題に危機感を覚え、そのものズバリの「2045年問題 コンピュータが人類を超える日」(画像18)を2013年に廣済堂出版より出版。同書籍の初版は2013年1月1日であることから、原稿が2012年に書かれたことがわかるわけだが、その時点の日本の主要メディアからブログまで、あらゆるメディアの中で2045年問題を取り上げたのが、松田博士のブログのみだったという具合で、日本における2045年問題の第一人者というわけだ。

画像18。2045年問題 コンピュータが人類を超える日(廣済堂の公式Webサイトから抜粋)

そんな松田博士が、現在、強い人工知能を開発する可能性が最も高いのは、いわれてみればなるほどという感じだが、米政府(の予算を受けた研究機関や企業)でもなく、前述のEUのHBPでもなく、Googleだろうという。1企業ながら1年間に使う新技術に向けた研究予算は莫大で、実は日本の科学研究費と同程度の額なのだそうだ。国家規模の資金力と影響力、技術力などを持つ超多国籍企業というのはSFなどのフィクションの世界でお馴染みだが、現実にすでに存在しているのを改めて理解させられる。よって、「悪意はないだろうけど、最終的にはGoogleが世界を征服することになるでしょう(もしくは、Googleが作り出したものが征服する)」と松田博士はいう。

そして話は変わり、人工知能開発に関して、日本はイニシアチブを取れるのか?という話では、ズバリ、「取れないでしょう」と断言。先程紹介した著書を読めばわかるのだが、EUのHBPもそうだが、やはり米国での脳研究や人工知能の予算のかけ方が半端ではないのがまず理由だ。何しろ、米国では、シリコン・バレーのNASAのエームス・リサーチセンターにその名も「特異点大学(Singularity University)」(画像19)という研究機関まで設立されてしまっているほどで(NASAに加え、カーツワイル氏が設立に関わっているほか、Googleや米政府も設立に協力しているという)で、それも2008年の話である。人工知能、応用コンピュータ技術、バイオテクノロジー、ナノテクノロジー、情報技術などが研究分野の中心だそうだ。

さらに、米国ではDARPAが予算を出しているIBMの「SyNAPSE(Systems of Neuromorphic Adaptive Plastic Scalable Electronics:シナプス)計画」(画像20)といった人工知能研究もあるし、そもそもGoogleだって米政府の管理下にないとしても結局は米国企業であることは変わらないわけで、技術特異点的人工知能は、米国から生まれそうな気配が漂っているのである。

画像19(左):特異点大学の公式Webサイト。画像20(右):IBMのSyNAPSE計画の一環として、研究されたニューロシナプティック・チップのネットワークをシミュレーションした際の様子を映像化したもの

こうした欧米の動向に対し、日本も前述の[利根川博士ら理研BSIなどの研究機関や多数の研究者らが脳研究においてはがんばっているが] http://news.mynavi.jp/articles/2014/01/15/brain_riken/ )、人工知能研究そのものに関しては、どうも欧米とは違う雰囲気である。もちろん同分野の優秀な研究者も多数いるし、人工知能学会も活発に活動しており、各種IT系企業も人工知能分野内の部分的な技術の研究は行っている(ヒトの顔の画像認識とか、ビッグデータの処理なども含まれる)。しかし、日本ではかつて人工知能開発プロジェクトが失敗した経験があるからなのか、あまり「強い人工知能そのものを開発しよう」という国家的な研究は今はないようだ(ロボットや宇宙などのように、日本の政府から人工知能という言葉はほとんど聞かれない)、また国内の大手企業も表立って強い興味を示していない。

そのほかの大国はどうかというと、米国はもとより中国なども前述したようにスパコンでここのところトップを維持しているし、人工知能研究も同国のインターネット検索大手の百度(バイドゥ)がシリコン・バレーにAI研究所を設立するなど、かなりやる気を見せている感じだ。ロシアについても、13才の少年が実は人工知能でチューリングテストに合格したとか、その人工知能には3割の人が騙された、という話が伝わってきており、日本だけが国家として興味を示していないように感じられるのである。よって、日本の支配層はもちろんのこと、メディアもそれを認識して覚醒しないとまずいと、松田博士は語った。