産業技術総合研究所(産総研)は、電解質や電極材料に液体や有機材料を用いずに、無機化合物の固体だけで構成された新型リチウム-空気電池を開発したことを発表した。

同成果は、産総研 エネルギー技術研究部門 上席研究員 兼 エネルギー界面技術研究グループ 研究グループ長の周豪慎氏、同 エネルギー界面技術グループの北浦弘和 研究員らによるもので、詳細は英学術誌「Energy & Environmental Science」オンライン版に掲載された。

近年の環境・エネルギーに関する問題意識の高まりから、蓄電池としてエネルギー密度が他の電池に比べ高いリチウムイオン電池に注目が集まっている。しかし、リチウムイオン電池であっても電気自動車(EV)に求められる長距離走行にはエネルギー密度が十分ではないため、より高性能な蓄電池の開発が求められている。

次世代蓄電池候補の1つであるリチウム-空気電池はリチウムイオン電池の発展型の蓄電池で、理論的にはリチウムイオン電池の5~8倍の重量エネルギー密度を持つことが期待されている。現在のところ、従来よりリチウムイオン電池に用いられてきた有機電解液などの材料をリチウム-空気電池に用いると充放電中に分解・反応してしまうため、より安定な材料が探索されているほか、電池を大型化した際の発火などを防ぐ安全性の向上も求められている。

今回の研究成果は産総研が次世代リチウムイオン電池の実現に向けた取り組みの一環として進められたもので、これまでにリチウム-空気電池として空気中での作動を可能としたものなどが成果として発表されている。

リチウム-空気電池は空気中の酸素を電気化学反応に利用して発電する電池で、理論反応では放電時は空気極(正極)中でリチウムイオンと酸素が反応してリチウム酸化物を生成し、充電時はリチウム酸化物が分解されるものとなっている。

有機電解液を用いた従来のリチウム-空気電池(左)と無機固体電解質を用いた新型リチウム-空気電池(右)のイメージ図

放電時は酸素が活性な状態となり、空気極中に活性な酸素と反応しやすい物質が存在するとリチウム酸化物以外の化合物が生成してしまうため、充電時にすべての生成物を分解するために必要な電圧が大きくなってしまう。つまり、放電時と充電時の電圧の差が大きくなりエネルギー効率が悪くなってしまっていた。これまでに、リチウムイオン電池で一般的に用いられてきた有機電解液と、電極材料粉末を電極中に固定化する高分子材料であるバインダーは、活性な酸素と反応しやすいことがわかっており、安定な材料の探索が焦点となっていた。

また、燃えやすく反応しやすい有機電解液の代わりに、燃えにくく安定な固体電解質を用いると、性能や安全性の向上が期待できるほか、液体の電解質を用いない場合、電極材料を電極に保持するためのバインダーが不要となるため、性能向上につながることが期待されていた。今回、固体電解質材料として安定な無機化合物であり、10-4S cm-1台の比較的高いリチウムイオン伝導度を持つLi1+xGe2-yAlyP3O12(LAGP)に着目して研究が進められた。

一方、空気極全体を有効に使うためには、反応に関わるリチウムイオンと電子、空気(酸素)の通る経路を空気極全体に作る必要がある。今回、固体電解質とカーボンナノチューブ(CNT)を空気極の材料として採用。固体電解質とCNTを混合し焼結することで、固体電解質同士が接触している部分をリチウムイオンが通り、CNT同士が接触している部分を電子が通り、各粒子間の隙間を空気が通る構造を採用した。

構築した空気極の断面の電子顕微鏡観察を行った結果、断面に凹凸があり、必要な空気を取り込むのに適した構造となっていることが確認された。また、リチウムイオンの経路となる固体電解質の粒子と外部回路からの電子の経路となるCNTが、空気極中にある程度分散できており、空気極全体にリチウムイオンと電子の経路を作ることができていることも判明した。

今回開発した全固体型リチウム-空気電池の断面の電子顕微鏡写真(左)と模式図(右)。リチウムはイオンになって固体電解質中をリチウム負極から空気極内の反応サイトまで移動し、空気は空気極内の空隙を通り、電子はCNTによって空気極内を伝導する

この空気極を用い、LAGPを有機電解液の代わりの固体電解質として全固体型のリチウム-空気電池を作製。リチウムイオン電池では最初に充電が必要なのに対し、リチウム-空気電池は負極にリチウムを用いているため、作製時に充電せずに放電することが可能であり、最初の放電初期に約2.5Vの電圧を示し、放電が進むと徐々に電圧が低下、2.0Vに達した時点で放電を終了させたという。その時点での放電容量は約1700mAh/gであり、比較となるリチウムイオン電池で同様の条件での放電容量が150~200mAh/gであることを考えると、開発されたリチウム-空気電池はリチウムイオン電池比で10倍程度の放電容量を示すことが確認された。

一方、放電後、この電流値で充電する際は3.6V以上の電圧が必要であることがわかり、約900mAh/gと放電時の半分程度の容量が回復することも判明。これらのことから、固体電解質を用いた全固体型のリチウム-空気電池が、常温、空気中で放電と充電が可能であることが確認された。

一定の電流(500mA/g)で放電と充電を行った時の充放電特性。まず放電電流を流し、電池電圧の時間変化を測定し電圧が2.0Vに達するまで放電を行った後、充電電流を流し、4.2Vに達するまで充電を行った。横軸の容量は電流を流した時間(h)と電流の大きさ(mA/g)の積で、電流値が一定であるため時間変化と同意義。この測定により、電池から500mA/gの電流を取り出した時に、2.0V以上の電圧が得られる状態で使える容量(時間)がわかるほか、充電に必要な電圧と回復する容量(次回使える時間)も調べることができる

次に、同電池が実際に放電時の電圧と充電時の電圧の差を小さくすることができるを調べるために、電流の大きさを変化させて、充放電時の電池の電圧変化を観測し、各電流を使用した時の、電池の放電時と充電時の電圧差を調べたところ、従来の電解液を用いたリチウム-空気電池では、電解液の分解などが原因で1.3V以上の充放電時の電圧差が報告されていたが、同電池では、液体に比べ固体中をリチウムイオンが移動しにくく電池の抵抗が大きくなるため、電流値が大きくなると分極も大きくなるが、電流値が小さく分極がほとんどない場合には、最小で0.2Vの電圧差であることが確認された。これは、安定な無機固体電解質を用いることで、活性な酸素による分解・反応を抑制でき、放電時と充電時の電圧差を小さくできる可能性があることを示す結果であり、この全固体型リチウム-空気電池を用いることで、安全性を確保しつつ、従来のリチウム-空気電池で問題となっていた充放電時の電圧差が大きいという問題を解決できる可能性が示されたこととなった。

電流値を変化させた時の電池の電圧変化。点線枠内表示の電流値(緑)でそれぞれの容量(時間)(20~50mAh/g)を設定して放電を行い、放電終了後同じ様に充電を行った結果。放電時のグラフと充電時のグラフを重ねて表示することで、各電流値での放電時と充電時の電圧差がわかるようになっている

なお研究チームでは、今回作製された電池はまだ実験の初期段階のため、充電性能や分極などの問題があるものの、従来のリチウム-空気電池が抱えている問題を解決できる可能性が示唆されたとしており、今後は、反応機構の詳細な分析と共に、リチウムイオン伝導度の高い固体電解質材料の適用、空気極材料と電極構成の最適化、作動環境の検討などを行い、より優れた性能のリチウム-空気電池の開発を目指すとしている。