アメリカとグローバル市場
今、日本のゲーム関係者にとって無視できないのがアメリカを中心としたグローバル市場の存在である。10年前までは世界のゲーム市場でリーダシップを発揮していた日本だったが、グローバル市場での存在感は薄れつつある。コンテンツへの評価は高いものの、ハリウッドを巻き込んだアメリカの資金力は大きな脅威である。
グローバル市場については原島氏と藤澤氏が言及していたが、共通していたのは「アメリカを追いかけない」だった。藤澤氏は「ドラゴンクエストは日本人が日本人のために作るゲームでいいと思う。自分たちが一番面白いと感じたものを作りたい」と語った。同シリーズのファンにとって心強い発言である。
原島氏は、日本とアメリカの決定的な違いに経済力と政治力の強さを挙げた。アメリカは自分のところだけで閉じこもらず、世界中の英知を集め企業を技術者丸ごと買収する。日本も、産業としての総合力を身につけることが重要になるだろう。だが、かつてコンピュータ業界の覇者だったIBMと、それを追い続けた日本の失敗を例に、安易にアメリカを追いかけるべきではないと訴えた。
大型コンピュータの時代に頂点に君臨していたIBMを、バブルに沸いていた日本が必死に追いかけていたのが1980 年代、「第五世代コンピュータ」や「Σ計画」の時代である。ところが、時代は大型コンピュータからパーソナルコンピュータへと移り変わり、IBM PCのOSに採用されたMS-DOSを提供するMicrosoftが台頭する。大型コンピュータの時代を前提としていた日本の国家プロジェクトは次々と頓挫し、失敗プロジェクトの烙印を押されることとなった。
富野氏も、戦艦大和を例に似たような発言をしている。巨大戦艦を作ることが目的化してしまった日本海軍は、戦艦大和を莫大な費用をかけて建造した。しかし、大戦末期には航空機が主戦力に移り変わっていたため、大和は性能を十分に発揮する機会がないまま海の底へと沈んでいった。今のゲーム業界も同じように新しい道具を使うことが目的化している。それを使って何をするのかを考えなければならないと指摘した。
アメリカの真似をして追いかけるだけでは、過去の失敗を繰り返してしまうだろう。世界から見て面白い「日本のゲーム」を作る必要がある。
時間を消費しないゲーム
テレビの前に何時間もユーザーを拘束してゲームを遊ばせるスタイルも変化していくだろう。この認識も、登壇者の間で共通していたように思える。
原島氏は将来のゲームの例として「バーチャルからリアルへ」をキーワードに、リアル空間での遊び(ゲーム)をバーチャル空間がサポートすると解説した。ネット上の仮想空間と、人が動き回って活動する実空間をGPSやウェアラブルなコンピュータなどで接続するという構想だ。働き盛りの中間世代を対象としたゲームが少ないことも指摘し、10分で終えられる息抜き程度のゲームも求められるだろうと提案した。
最も過激だったのは富野氏だ。ゲームは日常生活を支えるものではなく、世界規模でエネルギーや人々の時間を消費している。ゲームが世界の生産性を低下させているのなら、地球を滅ぼす手助けをしているという。「時間を消費しないゲームを作れるなら、作ってください。きっと無理でしょうけど」と会場のゲーム開発者を挑発した。
堀井氏らゲーム開発者からも、これからのゲームがどうなるのかという話題で同様の発言があった。市村氏は、今後は「やらなくてもいいゲーム」や「観察するだけのゲーム」といったスタイルが注目されるのではないかと分析する。藤澤氏もまた、日常生活の傍らにゲームが置いてあって、たまに覗くと状況が変化しているといった「さわらないゲーム」のようなものがあってもいいと話した。
次世代の主流が携帯機になるのか、または高機能な据え置き型になるのかはわからない。iPhoneやAndroidのようなプラットフォームがゲーム機を駆逐する可能性も否定できない。だが、どちらにしても映画のようなリアルなグラフィックスがゲームの価値と等価になる時代は終わるだろう。PCや携帯電話の普及、インターネットの発達によって人々の時間の使い方が多様化したため、ゲームに消費される時間がさらに減少すると予想される。今後は、違和感なく日常生活に溶け込めるゲームが鍵となるかもしれない。