Globalfoundriesが特許侵害でTSMCを提訴
私はGLOBALFOUNDRIES(GF)について、今回とほぼ同じタイトルで過去にもコラムを書いた。
昨年のちょうど今頃、7nmの最先端プロセス開発の無期延期を発表したGFは、その後半導体市場全体の在庫調整期の影響をまともに食らってしまい売り上げは大きく落ちこんでいる。しかし落ち込みの理由の最大の理由は、最大の顧客であるAMDが7nmの最先端プロセスを求めてTSMCにファウンドリー契約を切り替えたことであろう。このAMDの決断は正しかった。現在AMDは最先端プロセスによるCPU/GPUの新製品群で競合Intelに大きなプレッシャーをかけている。
そこへきてGFのTSMC相手の提訴のニュースである。最初にその報道を見た時の私の反応ははっきり言って「当惑」しかなかった。ここ一年のGFの動きを見るとかなり迷走をしている感じである。私は、AMD勤務時代にGFの母体となった旧AMDのドレスデン工場に何度も訪れたこともあり、AMDの知人でGFに移動した人々も多く知っている(もっともファブのエンジニア/オペレーターなどは別として、ほとんどの私のAMD時代の知人は既にGFを去っているようであるが)。ということで、GFの動きについては特別の思いで関心を持っているので、あえて過去のコラムと同じタイトルで最近の展開について書いてみた次第である。
提訴の内容とその不可解さ
訴状自体は公開されていないようなので、提訴の内容はGFの8月26日に発表したプレスリリースおよびその後世界中で書かれたいろいろな記事から判断するしかないが、それらを総合すると下記のような状況が見えて来る。
- GFはTSMC相手にGFが保有する16の特許についてTSMCが侵害しているとし、それらの特許を使用した製品の即時出荷停止を求める。
- 提訴の地域は米国とドイツ。GFは過去10年間において米国では160億ドル、ドイツでは60億ドル以上の投資をしており、提訴の理由はこれらの多額な投資の結果であるGFの技術を防衛するためである。
- 今回のGFの提訴は25件に及び、その対象はTSMCの他に20社に及ぶカスタマー、ディストリビューターが含まれる。それらは主にTSMCとのファンドリー契約に基づいた製品を「作る/売る/使う」という半導体のサプライチェーンの広範囲に及んでいる。
- 20社はすべて大手企業で、代表的なブランドではQualcomm、NVIDIA、Xilinxなどのファブレス企業、Avnet、DigiKeyなどのディストリビューター、加えて半導体デバイスのエンドユーザーであるApple、ASUS、Google、Lenovoといった有名どころがずらりと挙げられている。
最初にこのニュースに触れた時に感じた私の「当惑」の反応は、その後の業界紙に掲載された記事のトーンとかぶる点がかなりある。今回のGFの提訴の真意がなかなか見えてこないのである。
- 対象の企業からAMDとIBMが外されているのは容易に理解できる。両社ともGFのかつての大顧客であり、ファウンドリー契約を結んでいたので特許に関してはクロスライセンスをするのが普通であり、特許を根拠とする提訴はできない。提訴に挙げられたファブレス半導体ブランドの多くはGFの既存顧客とは重なっていない。
- 提訴の地域が米国とドイツであるのも容易に理解できる。GFの工場は米国、ドイツ、シンガポールにあり、それらの地域では多くの労働力を産み出しており、地域での貢献は法律上の優位性にも影響する。
- GFはその発表文の中でしきりに米国、ドイツでの投資の結果としての技術の防衛を上げるが、これは「最近急激にアジアへの市場シフトが起こる中、敢えて米国、ドイツに投資している」という前置きを読むと特に米中貿易で角を突き合わせる両国にアピールする意図が見え隠れする。しかし、GFの主な資本はアブダビのMubadalaという投資会社からなされていて、その取締役会の筆頭はアブダビの会社の代表である。米国の利益を声高に主張するトランプ大統領へのアピールとして成立するか?
- あくまでも半導体デバイスのメーカー/ユーザー間の知財をめぐる訴訟のように見受けられるが、その間に入るディストリビューターも巻き込んでの訴訟というのは異例である。通常、メーカーブランドと商社機能を果たすディストリビューターの取引契約の中には「Indemnification(補償/賠償)」に関する一文が必ずあって、「製品の知財についてのもめごとは全てメーカーが保証/補償する」というのが常識であるので、今回の訴訟の対象にディストリビューターの名前があげられているのはかなり不可解である。
- 今回のケースは基本的には単なる競合間の民事訴訟であるが、カスタマーを巻き込む訴訟は弁護士費用などの膨大なコストに加え営業などの他部門を巻き込む大きなエネルギーを必要とする。私はAMD時代にIntelを相手とする独禁法違反に関する訴訟にかかわったので、それがどのようなものか経験上理解できる。あの時は「Intelの独禁法違反行為によるユーザーの選択権の恣意的妨害を取り除く」という大義があった。それにしても、今回のGFのこれだけ広範囲に対象を広げる特許侵害の訴訟の真意やいかに? 大義はあるのか?
半導体業界での生き残りの新たな模索?
昨年7nmの最先端プロセス開発の中止決定とその後のAMDの離反以来、GFについてはあまりよろしくない状況が続いている。一方、業界の半分以上のシェアを保有するTSMCはさすがに弱含みな市況全体の影響をものともせずに、将来へ向けての投資を果敢に進めている。GFは世界中で一万人以上の雇用を抱える大企業であるが、筆頭株主がアブダビの投資会社であるので公開企業ではなく財務状況などはわからないが、ある情報によれば研究開発への投資額はTSMCの4分の1に満たないという。
ファウンドリ市場ではSamsungその他の追い上げもかなり激しくなっている。こうした状況で知財や地政学的力学を利用して生き残りの道を探るというのは半導体業界での新たな生き残りへの道の模索なのかもしれない。今回の訴訟の特徴は「トロール網的な特許訴訟」であるように思える。ある特許に基づいて「トロール網的に」できるだけ広範囲に対象を広げて優位に持って行けそうな何かを探るという方法である。もしかすると地政学的な、あるいは企業間の異なる力学/アジェンダから出てくる「瓢箪から駒」的な期待を持っているのではないかと訝ってしまう。しかしそのような目的で多額のコストがかかる訴訟には動くまい。GFはどこへ向かうのだろうか?